破壊する者
「あの、何か」
僕が恐る恐る言うと、彼は顔を上げて僕を見つめる。
「ガラムの子供は魔術を使えるものなの?」
「え」
僕が言葉に詰まっていると、門番が首を振った。
「普通、使えない。彼は特別」
「えっ」
僕は門番を見やる。それから、もう一度ジーンに視線を戻した。
「一応、僕はあなたの弟子という形でしたよね。言うの忘れてましたが、石、温かく感じました」
「そういう次元の話じゃないわよ」
ジーンは額に手を置いてため息をついた。「元々、あなたには何か特別な力があるって話。何だか、酷く危ない気がするんだけど」
「危険ですね」
そう言ったのはラースだった。彼の虹彩のない瞳は、真っ直ぐに僕に向けられていた。
「元々、彼にかけられていた魔術は、凄く特殊なもののように感じました。あれは、門番による古代語を使った構成式ですよね。とても複雑でした」
「そう」
門番が頷いた。「あなた、特別な力を持ってる。だから封印、とても強い。何人か門番の命を使ったはず」
命を使った?
僕が眉を顰めていると、ジーンが厳しい表情で言った。
「だから、あんなに完全に人間を擬態していられたってわけね。人間以外の何の気配も感じなかったもの」
「擬態って……」
僕が口を開きかけた時、アイザックが軽く手を上げた。
「俺にも解るように説明してくれ。だいたい魔術って、そんなに凄いものなのか?」
「基本的には凄くないわよ」
ジーンはアイザックに視線を投げる。「魔術は万能だと勘違いしてる人も多いけど、全然違う。基本的には、私たちは万物の元々持っている力を借りるだけ。だから、未来を予言したり、誰かの肉体の構造を変えるなんてできない」
「そうなのか?」
アイザックは納得していないようだ。
そして、僕も。
構造を変える。つまり、僕の腕にある『印』を消したのは? 門番が特別な力を持っていて、それを使ったということ?
「例えば、あなたが怪我をしたとしましょう」
ジーンはアイザックを見つめたまま言った。「私がその怪我を治す魔術を使ったとする。でも、それは魔術師の命を削るくらいの力が必要となるの。もし、あなたが腕を切り落とされて、それを私が再生するとしたら、術の途中で死ぬでしょうね」
「縁起でもないこと言うな」
アイザックが渋い表情で唸った。
「何人か死んだ」
門番が言う。「彼の力を封印して、敵から見えないようにした。多分、わたし、できない。一人じゃできない」
僕はただ言葉を失っていた。
門番やジーン、他の皆の顔を見回して、この会話がどこに向かっているのか考えた。でも、よく解らない。
「で、どんな力だ?」
父が門番に訊いた。
門番はただ無表情に、平静を保ったまま応える。
「彼は、破壊する者」
「ちょっと待って下さい」
僕はやっとの思いで口を開く。「そんな凄い力があったら……」
「もしかして、ジュリエッタ様たちを救出するのは簡単か?」
アイザックがぽん、と手を叩く。
「力を制御できればね」
ジーンの表情は硬い。「ま、期待はしないでおくわ」
「うーん……」
僕は唸りながら右手を見つめた。
「我々は別行動したほうがいいでしょう」
夜が明けて、僕らは食事を済ませた後に出発した。馬を歩かせながら、イリアスが父に言っている。
「私はクランツ王国ではあまり公式の場には出ません。しかし、私の顔を知っている者もいるでしょう。できれば、国に入ってから合流のほうが安全です」
「確かにな」
父は頷いた。「じゃあ、馴染みの宿があるからそこで合流するか」
「馴染みって」
アイザックが驚いたように言った。
父は苦笑して見せた。
「俺はただの庭師じゃないからな。陛下の命令で色々なところを見回ってる。ここにいる王子殿下ほどではないが、そこそこクランツの地理には詳しいぞ」
「はー」
アイザックは少し呆れたような視線を僕に向けた。「お前の親父さん、すげえな」
「僕もそう思う」
ぼんやりしたままそう応えた後、僕は手綱を握る自分の手を見下ろした。
破壊する者。
本当に?
どうやってその力を使う?
「力の暴走ほど怖いものはないわよ」
黙り込んでいた僕に何か感じたのか、ジーンが馬を僕の隣に寄せて話しかけてくる。
「暴走も何も、使い方すら解らないのに」
僕が言うと、彼は苦笑した。
「使わずに済めば一番いいかもね。あなたの力のせいで、大切な人が傷ついたら立ち直れないでしょ?」
「そりゃそうですけど」
僕は前方の父の背中を見つめる。
でも、破壊の力とやらを使いこなせたら、僕だって戦力となれる。皆の足を引っ張ることもなく、むしろ頼りにされるかもしれないのに。
「余計なことは考えないで」
ジーンは明るく笑った。「だから、もう私の頭を殴ったりするのはやめてちょうだい」
「じゃあ、彼女に手を出さないで下さい」
僕が小さく笑いながら応えると、ジーンは若干渋い表情で頷いた。
「解ったわよ、あなたの見てるところでは手を出さない」
「見てないところもです!」
「ちっ」
舌打ちされた。全く、ムカつく。
「それより先に名前、つけてあげたいです」
僕はやがて小さく言った。
門番は自分の名前がないという。でも、ずっと彼女を門番と呼ぶのは気が引けた。
ただでさえ、彼女は厳しい状況で生きてきたのだ。誰かが彼女に優しくしてもいいはずじゃないか。
ジーンが優しく笑った。
「そうね。私もそう思うわよ」
僕とジーンが門番を見つめると、彼女は首を傾げて見せた。
クランツ王国には明日には着くらしい。
その夜、また僕らは野宿をする。
また僕は料理の腕を振るい、皆と色々会話しながら食事をした。
そして皆で交代で睡眠を取る時になって、僕は地面に落ちていた石を拾った。
その石を握りしめて考える。
力を制御できますように。




