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不協和音

 僕は何も喋らず、ただそこにいるだけだった。

 陛下や父、ジーンや騎士団の人たちの間では、色々決まったみたいだったけれど、僕はほぼ部外者みたいな感じで存在感はない。

 やがて、ジーンが陛下に頭を下げて僕たちのそばにくると、身振りでついてこい、と示す。

「どうするんですか?」

 僕がジーンの背中に問いかけると、彼は振り向かずに応える。

「準備でき次第いくわよ。馬は乗れる?」

「それなりには」

「門番は……どうかしらね」

 ふと、ジーンが低く呟いた。


「怯えてますが」

 僕は眉を顰めながら言った。

 厩舎に寄り、その扉を開けた時、そこに繋がれていた馬たちが明らかに怯えた嘶きを上げ始めたのだ。

「やっぱり動物は感じるのねえ」

 馬たちは門番を見つめたまま、必死に後ずさり始めた。ロープで繋がれているから、逃げることはできないでいるけれど。

 それを見てジーンは困ったように頭を掻いたが、門番はただ首を傾げる。

「何?」

 彼女は僕を見やり、小さく訊いた。

「移動のために、この馬の背中に乗るんだよ」

「必要ない。わたし、走れる」

「人間の姿で?」

「違う」

「じゃあダメだな。あの姿は目立つから、人間の格好じゃないと」

 ――だよね?

 と視線でジーンに問いかけると、彼は頷いた。

 すると、門番は眉を顰めたまま一頭の馬に近づく。嘶きが激しくなる。

 しかし、彼女が手を伸ばしてその馬の鼻先に触れた瞬間、嘶きは途切れて大人しくなった。

 そして、馬は門番に対して服従の意を示すためか、低く身を屈める。

「ああ、魔術を使うのね」

 ジーンが少し感心したように言った。「変わった構成式だわ。見たことがないけど……綺麗ね」

「魔術か……」

 僕はふと自分の右手の包帯に視線を落とす。

「そっちも何とかしなくちゃね」

 ジーンはそう言いながら身を翻した。


 城の武器庫やら衣装部屋みたいなところを回り、色々試された後に与えられたのは、簡単な造りの手甲。

 ちょうど、手首の辺りから腕にかけて現れた印を隠すことができる大きさだった。

 表面はただの皮製に見えるけれど、戦う時に身につけるものだろうから、内側には細かい鎖が編み込まれていて少し重い。

 しかも、片腕だけつけているのはおかしいから、と左腕分ももらった。

 この重さでは、剣の扱いがさらに下手になるだろうか、とため息をつく。

 そして、ジーンに連れられて中庭へ。

 そこには、父やイリアス、ラース、騎士の男性らしい人間が五人。

「よう」

 騎士の中の一人、アイザックが僕に手を上げてくる。

「一緒に行くんですか」

 と彼に声をかけた時、残りの四人の騎士が僅かに警戒した様子で僕を見たのが解った。

 四人とも若い。

 そして、宿舎で見たことがある。

「俺は腕利きだからな、当然の結果だ」

 ふふん、と自慢げに笑う彼。アイザックだけは自然体。僕や門番を見ても、あまり変化が見られない。

 少なくとも、門番のことは知っているはずだ。あれだけの騒ぎになったのだから。

「で、剣が苦手なお前は大丈夫なのか。お前もそいつみたいに変身すんのか?」

 アイザックは門番を指差して、首を傾げる。

 ――ああ、僕のことも知っているのか。

 だとしたら、随分と心臓が強いと言うべきか。

「変身なんかしません」

 僕はぎこちなく笑った。「すいません、相変わらず弱々で」

「そりゃ残念! まあ、仕方ない、腕利きの俺たちが頑張るか」

 彼の笑顔は意外なほど明るい。それは本心だろうか、と疑いたくなるけれど、剣の稽古をさせてもらった時のことを考えると、これが素の彼なのかも。

「とりあえずそろそろ出よう」

 父が言って、厩舎から連れてきた馬の首を撫でる。「これから、俺たちは傭兵だという体で動く。持ち物だが、イスガルドの者だと解る物は禁止だ。万が一、クランツの者に捕らえられた時は、残念だが国には帰れないと覚悟してくれ」

 その言葉に、アイザック含む騎士たちが緊張の面持ちを見せた。

 そんな彼らを見て、父が静かに笑った。

「こっちには魔術師が二人、門番がいる。多少は心強いぞ」

「失礼ねー。多少なんかじゃなく心強いわよ」

 ジーンが冗談めかして言ったが、騎士たちの表情は硬いままだった。

 大丈夫だろうか。

 何だか空気が悪い気がする。

 でも、どうしようもないことだ。

 僕らは空が白みかけている中、必要な荷物だけを持って、国を出ることになった。


「で、本当のところはどうなんだ。お前、変身は無理でも何か他にできるのか」

 隣で馬に乗っているアイザックは興味津々な視線を僕に向けていた。

 他の人間はそれぞれ馬に乗り、少しずつ離れた場所を歩く。

 門番は僕のすぐ後ろから離れようとはしない。邪魔にならない位置で、僕を見張る。

「残念ながらないですよ。あれば良かったのにな」

「よく解らんけど、何か凄い神様だかの子孫なんだろ?」

「神様なんかじゃないみたいですけど」

 僕が苦笑すると、背後から騎士の一人が小さく言った。

「化け物だって噂もある」

「ん?」

 アイザックが少しだけ困惑した様子で振り向くと、その騎士は強張った表情で続けた。

「王女様たちを助け出すのはいいとして、門番とか……、どうなんだろう。人間とは違うし、信用はできないんじゃ」

「そんなの考えても仕方ないだろ」

 アイザックは呆れたように言う。「利用できるものは化け物だろうが門番だろうが使う。俺は生きて帰りたいし。そういうもんだろ?」

 あまりにも簡潔なその言葉に、その騎士は沈黙した。

「騎士団の人間は真面目だね」

 父が先頭になって馬に乗っていたが、そう言いながら肩越しに振り向いた。目が笑っている。

「そういうのは嫌いではないね。ただ、柔軟性がないと生き残れないこともある」

 騎士の男性からの返事はない。そして、その表情は硬い。

 何だかどんどん空気が重くなる。

 どうしたらいいんだろう。

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