奪還準備?
カーテンのすぐ向こうで水音が聞こえる。
召使いたちが使う風呂場なのだろうか、そんなに広くないし、豪華でもない。
僕はジーンに怪我の手当てを受けた後、適当に服を押し付けられてここにいる。とりあえず、右腕にはその場しのぎの包帯。
ジーンは門番の湯浴みとやらを召使いにやらせようとしたが、「嫌です」「嫌です」「嫌です」の返事の連続となった。
まあ、当たり前だろう。いつ凶暴化するか解らない魔物と風呂なんて、普通考えられない。
で、どうなったかといえば、カーテンの向こう側、湯煙の中に門番とジーンという危険な組み合わせだ。
ジーンは確か男のはずだ。女みたいな口調で変態だけど、男のはずだ。
「役得だわあ」
ジーンの声が陶然と響いた。「やっぱり、巨乳こそ正義! 巨乳こそ完璧な美! 少年、そう思わない?」
ムカつく。
僕は近くにあった木の椅子に座り、不満を正直に口にした。
「状況を解ってます? クリスティアナ様たちが危険だというのに、あなたは悠長すぎる!」
「黙りなさい、貧乳好き」
「ひ……」
「クリスティアナ様は貧乳じゃないの。だから巨乳の良さが解らないのよ」
「違います!」
僕は椅子から勢いよく立ち上がり、ジーンを怒鳴りつけようとカーテンを思い切り開けた。
そして、閉めた。
「……胸の大きさについて話している場合じゃないです」
僕は椅子に座って頭を抱えた。
――見てしまった。
気まずい。
「まあ、焦る気持ちも解るわよ」
ジーンがくくく、と笑うのが聞こえる。
笑うな変態。
「正直、ジュリエッタ様だけだったら、もっと焦ってたかもね。でも、クリスティアナ様も一緒だから、少しは救出の可能性が出てきたと思うのよ。彼女の野生の勘は、危険を避けるためによく働くみたいだから」
「本当にそう思います?」
僕は顔を上げた。
「ええ」
ジーンは少しだけ声のトーンを落とした。「ただ、楽観はできない。時間が経てば経つほど、生存率は低くなるでしょうし」
「だったらのんびりしてる暇なんかないはずなのに」
「のんびりしてるんじゃないの、準備をしてるのよ」
彼は苦笑した。「クランツ王国に乗り込んでいって、姫様たちを奪還するとして。そう簡単にいくと思う?」
「そりゃそうですけど」
僕は考える。
真っ正面から戦って勝てる相手とは思えない。軍事国家というからには、多分たくさんの兵士がいるだろう。
僕たちは何人で乗り込む?
門番がいるのが強味だといっても、あっちにも門番がいるなら意味がない。
じゃあ、どうすれば?
「奇襲しかないでしょ」
ジーンが僕の考えを読むかのように言った。「それなら、チャンスは一度。二度は奇襲なんて通じない。相手が油断してる時を狙わないとね」
――油断、するだろうか。
「まあ、多少は油断してるはずよ。あのクソ王子は、首飾りを奪って安心してるだろうから」
カーテンの向こう側で、髪の毛を切っている音が聞こえる。それと、ジーンの鼻歌。
僕はただ唸るだけだった。
「……これはこれは」
父が驚いた声を上げている。確かに、驚くのも無理はない。
伸び放題だった髪の毛を肩の上で切りそろえ、動きやすそうな服に着替えた門番は、確かに美人だった。
少しきつい目つきで、無表情なのは最初見たときと変わらない。しかし、どこの浮浪者だ、と言いたくなる雰囲気はなくなり、今は女騎士みたいな凛々しささえ感じられる。
僕はそんな彼女を引き連れて家に戻ってきていた。おまけにジーンも一緒についてきている。
「見違えるもんだなあ。俺が遠くから見たときは、女だとも気づかなかったが」
父はそう言いながら、地下室へと降りていく。
それに続いて僕らも地下室――武器庫へ降りた。
「こっちこそ、これはこれは、だわ」
並んだ武器を見て、さすがにジーンが驚いたようだ。「やっぱり、陛下の個人的な仕事を請け負っていたのかしら?」
「そういうことだ」
やがて父は無造作に一本の剣を取り、僕に渡した。「細身の剣だから軽い。その分、骨に当たれば折れやすい」
「相手の剣を受けたら?」
「折れるから受けるな。逃げろ」
――無理じゃないかな。
僕は眉を顰めた。
そのまま近くにあった大剣を見つめる。重そうだけど、折れそうにない。
父はそんな僕を見つめて笑った。
「無理するな。お前は足が速いんだから、それを生かせばいい」
――まあ、それが無難なんだろうけど。
僕がため息をこぼした時、ジーンが口を開く。
「陛下の与えた任務って? 門を見張ったりすること?」
「……それもある」
父は少しだけ言いよどんだ。「雑用が多くてね。定期的に遠くからリグローを観察して、異変がないか見たり、他にもまあ、色々と」
「人を殺したりとかも?」
「ジーン」
僕はつい口を挟んだ。ジーンの口調は責める感じではない。ただ、興味津々といった雰囲気があった。
父は一瞬、僕を見やる。
それから、ジーンに向き直って続けた。
「俺は傭兵上がりでね。基本的に汚い仕事が主だ」
「傭兵が何でこの国の庭師に? 王妃様との噂は?」
「詮索好きだな」
父が目を細めて魔術師を見たが、ジーンは怯まなかった。
父は肩をすくめて続けた。
「俺がただの傭兵だった時。依頼の任務の一つに、貴族の娘が誘拐されたので助け出す、というのがあってね。簡単にいえば、それが王妃様……結婚する前の彼女だった」




