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成り行き

「わたし、役目」

 門番がゆっくりと、少しずつ僕に近寄る。

 自然と僕は後ずさったが、その異形の獣に敵意がないことは感じられた。

「門に戻る……って、死の山のこと?」

 僕は恐る恐る訊いたが、門番は首を傾げ、動きを止めた。

「リグローのことだ」

 父が急に口を開いた。

 すると、門番は頷く。

「リグロー。そう、皆、そう呼んだ」

「何?」

 僕が父を見上げると、父が小さく応える。

「門番たちが住んでる村のことだよ。彼らがそう呼んでた。村はもう、廃墟だが」

 ――何故、父さんは知ってるんだろう。

 それに、もっと色々訊きたいことがある。

 何から訊いたらいいのか、と言葉を探していると、門番が大きく息を吐くのが聞こえた。

 皆の視線が門番に集まる。そして、僕たちが見ている前で、その躰が小さくなっていった。

「どうして」

 誰かが驚いたように声を上げている。

 門番の躰は小さくなり、やがてその肉体を覆っていた鱗が砂のようにボロボロと崩れ落ちていく。

 そして、そこにいたのは真っ黒なざんばら髪の若い女性。しかも、全裸。

 見ちゃダメだ、と慌てて目をそらした時、ジーンが自分のマントを彼女の肩の上からかける。結構、彼は誰かに気遣うことに慣れているのかもしれない。

「わたし、帰る」

 門番はジーンを見もしない。その視線は僕に向けられたままで、あまり他人には興味を持たず、無表情だった。

 二十歳くらいの女性。言葉はぎこちなく、片言だ。

 僕はゆっくりと言葉を選んだ。難しい言葉は通じないかもしれないと思ったからだ。

「僕は、ここにいます。あなたとは帰れない」

「駄目。帰る」

「僕は役目があります。やらなきゃいけない」

「役目」

 そこで、彼女は困ったように唸った。「わたし、手伝う。それから、帰る」

「手伝う?」

 ふと、僕は考えた。

 門番が戦ってくれたら、クリスティアナ様たちの救出は簡単なのでは?

「いい考えね」

 ジーンもそう思ったようだった。彼は薄く笑いながら、陛下へ向き直った。

「私も城を留守にしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだが」

 国王陛下はキャロライン様と寄り添い、少しだけ困惑しているようだった。

「できれば私も協力させていただきたい」

 さらに、少し離れた場所にいたイリアスが声を上げた。

 ただ、その言葉に対する陛下の反応は当たり前だが悪かった。

「兄のしたことは、謝罪して許されることではありません。それは理解しています」

 陛下は何も応えなかった。イリアスはそれでも、必死に続ける。

「兄は多分、国に戻るはずです。儀式の準備があるでしょうし、門に近づくのは危険なので、何かしら手を打たねばならない」

 じゃあ、直接向かうわけではないのか。

 僕は考える。

 クリスティアナ様とジュリエッタ様は、一度クランツ王国に入る。まだ、時間の余裕がある?

「私が国への道をご案内します。城の隠し通路も知っています。それに、まだ我が国には秘密がある」

「秘密か」

 陛下はそこで苦々しく笑い、やがて頷いた。「ここで話すより、私の部屋へ。他にも確認したいことがある」

 そう言って、陛下は一瞬だけ視線を父へ投げた。


「門に近づくには、門番がいなくてはならない」

 イリアスの声が響いている。

 陛下の部屋はとても広かった。陛下はキャロライン様を椅子に座らせ、彼女のそばに立っている。

 この部屋に入ることが許されたのは、僕、父、ジーン、ラース、そして門番。

 門番は僕の近くに立っていて、何だか気になって落ち着かない。彼女はただ無表情で何も考えていないようだったが。

「邪神との会話は、門番を介してしかできないとされています。だから、どうしても門番は必要です」

「じゃあ、我々も危険じゃないの? 確か、門番はこの子しかいないって噂でしょ? 狙われるんじゃない?」 ジーンが壁に寄りかかり、腕を組みながら言った。

 しかし、イリアスは首を振る。

「我が国には門番がいます。ここにいる彼女ではなく、別の門番です」

「どういうことだ」

 陛下が鋭く訊いた。

「前回の戦いの時に、味方の門番たちを裏切って我々の配下になりました」

 イリアスが静かに応えた。


 裏切って。

 僕は何かが引っかかった。


「彼がいれば、邪神と会話できる。きっと、連れていくはずです」

 彼。

 男性か。


 ――裏切り者がいる。

 そんな夢を見たんじゃなかったか。

 僕は頭を必死に働かせた。


「なるほど、解った」

 陛下は頷いた。「しかし、一つ訂正しよう。君はあれを邪神と呼ぶ。だが、あれは邪神でも神でもない。この世界に人間という種族がいるように、あちらの世界にもガラムという種族がいるだけのこと」

「……それが何か」

「君の兄も、勘違いしているのだ。邪神だと。何か供物、生け贄を捧げれば神の力をもらえるのだと。だが、違う。彼らはただのあちら側の種族だ。魔術によって門を開けた我々を何と思っているか。勝手に侵入し攻撃してきた人間のことを、彼らは害虫としか捉えていない。害虫駆除に罪悪感は生じると思うかね?」

「それは……」

 イリアスは眉を顰めた。

「どうやっても失敗は確定なのだ。しかし、興味深い話ではある」

 陛下はため息をついた。そして、ゆっくりと僕を見やる。

「前の戦いで、門番は一人を残して死んだとされていた。しかし、裏切り者が生き残っているという」

 陛下の視線は鋭い。「さらに、ガラムの子供たちは全員クランツの者によって殺されたと言われていた。なのに、今ここにガラムの子供がいる」

 それから、その視線が父へと向かう。父は困ったようにその視線を受け止めている。

「しかも、君の子供として。どういうことだ、カイト・ローズウッド」

「申し訳ありません」

 父は苦笑した。困ったように頭を掻き、申し訳ないなんて考えてもいない雰囲気で続けた。

「成り行きというか、何というか。わざとではないのです」

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