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助けにきてくれる?

「無駄だ。失敗する」

 国王陛下は強張った表情のまま言ったが、アストールは肩をすくめて見せる。

「失敗したらまた次の手段を考えればいい。やってみなければ何も変わらん」

 誰もが何も言えずにいた。

 ジュリエッタ様の喉に巻きつく赤い輪は、相変わらず彼女の喉を締め上げていたし、下手に動けば危険だ。

 しかし、彼女を今ここで殺したらアストール自身が困るだろう。生け贄にしようとしているなら、なおさらのこと。

 そう考えていたのは、多分僕だけではないはずだ。

 視界の隅に、ほんの少し動きがあった気がする。ジーンが陛下に目配せしたり、剣の柄を握る父の手が僅かに力が込められたり。

「動くなよ」

 アストールは辺りを見回しながら言った。「一人死んでも王女の代わりはいる。ああ、予備が必要かもな」

 そう口にしている途中で、彼の声が何かに気づいたように大きくなった。

 気づけば、僕の腕にしがみついていたクリスティアナ様の手の爪が、痛いくらいに僕の皮膚に食い込んでいる。

 嫌な感じがして、僕は彼女を見た。

 青白い頬。

 暗い陰が落ちた瞳。

 彼女は小さく囁いた。

「助けにきてくれる?」

 その声は震えていた。

「クリスティアナ様」

「わたし、待ってるから」

 彼女が僕を見つめる。苦痛、不安、必死な色が混ざった瞳。

 ダメだ、と僕は思って、彼女の腕を取る。

「お姉様だけじゃ無理だと思う。わたしもいかなきゃ……」

 僕は慌てて辺りを見回し、ジーンの視線をこちらに集中させようとした。

 しかし、その前に彼女は言った。

「あいつらに右手を見られてはダメよ。今見られたら、全部ダメになりそう」

「何を……」

 ――言っているのか。

 と、僕が彼女に目をやった時。

 彼女は僕の腕を振り払って、アストールへと一歩近寄った。

「志願者か」

 アストールは意外そうに目を細め、クリスティアナ様を見つめる。でも、その瞳に怖じ気づいたかのように後ずさる彼女に気づき、失笑した。

「クリスティアナ、下がれ!」

 陛下も慌てたように叫ぶ。

 どうしよう。

 どうしたら。

 僕は眩暈すら覚えた。

 このままじゃ、殺されてしまう。

 ジュリエッタ様だけではなく、クリスティアナ様まで。

 どうしよう。

 どうしたら!


 その時、急に右手に痛みが走った。

 まるで、ジーンやラースの魔術に触れた時のような。

 背中がぞわぞわする。総毛立つかのような、とはこういうことなのだろうか。

 城の外から、悲鳴が聞こえたようだった。

 この場の空気も乱れる。

 アストールが大きな窓の外に視線を走らせ、何かに気づいたように目を見開く。

 そして、ガラスや何かが壊れる激しい音。

 飛び散る窓ガラスの破片。

 辺りに響く悲鳴。

 そして、僅かな地響き。破壊される床。

 そこには、黒く巨大な魔物がいた。

 さっき、陛下が操って見せた『影』ではない。それには実体がある。

 四つん這いになり、輝く鱗に全身を包まれた、しなやかな動きの魔物。青白く光る双眸、鋭い牙、石造りの床をやすやすと砕く鉤爪。

「門番……」

 陛下が驚いたように声を上げる。

「何故、ここに」

 アストールが茫然と呟くと、その魔物――門番が咆哮した。

 それは、凄まじいまでの声。窓ガラスや食器が共鳴した。

「引け!」

 アストールがさすがに顔色を悪くさせて叫んだ。

 気づけば、大広間の中に紛れていたと思われる彼の部下が、クリスティアナ様やジュリエッタ様へと走り寄っていた。 ジュリエッタ様は魔術が解けたのか、咳き込みながら床に膝をついている。その彼女を担ぎ上げる男性、クリスティアナ様の腕を掴んで引き倒す男性。

「クリスティアナ様!」

 僕がそう叫んで、無駄と頭のどこかで理解していながらも短剣を手に走り寄ろうとした時。


 咆哮。

 そして、門番が床を蹴って、僕の前に降り立った。

 僕は息を呑んだ。


 門番は僕を見てはいなかった。

 逃げるアストールたちを威嚇し、門番から逃げる奴らを見送った……ように見えた。


 一体、何が。

 クリスティアナ様が。


 そう、僕が混乱して両手で頭を抱えようとして。

 僕の右腕に、何かが見えた。

 手の甲から、二の腕にかけて、びっしりと埋め尽くされた黒い鱗。

 ――あいつらに右手を見られてはダメよ。

 クリスティアナ様のさっきの台詞。

 何だ、これは。

 僕は左手でその鱗を掻き毟った。しかし、それは皮膚から生えてきているようで、剥がれる様子もない。

「何だよ、これ!」

 僕の心臓の鼓動が早い。そして、激しい頭痛。

「シリウス!」

 父さんが素早く僕のそばに駆け寄り、僕の左腕を引いた。バランスを崩して床に膝をつくと、僕の目の前には門番。

 そして、僕を庇うように立っている父の背中。

「それが『印』よ」

 ジーンの声が、まるで夢の中にいるかのように、酷く遠く聞こえた。

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