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少年

 ジュリエッタ様はだんだん憔悴していっているように見えた。

 遠くからこっそり観察していると、さすがにこの舞踏会の主役ともいうべき彼女は、次から次へと男性から声をかけられている。

 緊張していながらも笑顔だった彼女だったが、どんどん無表情になりつつある。大丈夫なんだろうか。

 キャロライン様とクリスティアナ様もたくさんの人たちから声をかけられていて、それぞれ忙しいようだ。

 僕はといえば、不釣り合いな場所に紛れ込んだ小動物みたいなもので、できるだけ目立たないように壁を背に立っているだけ。

 ――やっぱり、家に帰りたいなあ。

 そんなことを考えつつぼんやりしていると、視界の隅に気になるものが見えた。

 アストール王子と一緒にいた少年。彼はアストール王子から離れて、大広間から中庭へと続く階段を降りようとしている。

 それだけだったら気にならなかったのかもしれない。ただ、彼の進む先には、舞踏会の熱気に疲れたのか、夜風を求めて外に出て行こうとしている少女がいた。

 普通なら、看病か、それとも口説くつもりだろうか、と考える。遠目にも見て取れる、可愛らしい子だったから。

 でも、追う少年は明らかに気配を消そうとゆっくり歩いていた。

 僕はそっと辺りを見回した。ジーンは陛下のそばに立っていて、こちらを見もしない。

 僕は近くのテーブルにあった水差しを取り、触れるのも躊躇うほどのグラスに水を注いでから、グラスを手に後を追った。階段を降りて、あちこちに明かりが灯された中庭に立つ。しかし、目立つところに人気はない。

 ただ、庭石に腰を下ろして休んでいる少女、その背後に近寄る少年が見えて。


 直感的に解った。

 少年は危険だ。


「大丈夫ですか?」

 僕はことさらに明るい声を上げた。

 途端に、肩越しに振り返る少女、足を止める少年。

 少女は近くに立っている少年に初めて気がつき、びっくりして小さな声を上げた。それから、僕に視線を向けて立ち上がる。

「大丈夫です」

 そう言った彼女に近づき、僕はできるだけ無邪気を装いつつグラスを渡した。顔が引きつりそうだった。

「よければどうぞ。外は涼しいですが、虫が出ます。中に入りませんか?」

「すみません」

 少女は申し訳なさそうにグラスを受け取り、それから上品な笑みを見せた。「ご心配をおかけしてしまったみたいで。ありがとうございます。失礼します」

 彼女は軽く会釈をして、ゆっくりと階段を上がっていった。

 その場にいた少年が、無表情で僕を見る。どこにでもいそうな風貌の少年。ただ、その瞳はどこまでも暗く、少年らしさがなかった。

 マズいことになったかもしれない、と僕も表情を消した時、暗闇から声がした。

「失礼します。声が聞こえましたが」

 多分、警備のために中庭を見回りに出ていた騎士の誰か。僕はほっとして、声の聞こえてきたほうへ目をやった。

 すると、少年が僕の横をすり抜けて階段を上がっていく。

 それは、あっと言う間の出来事。

「シリウスじゃん」

 そこに、聞き覚えのある声。近寄ってきた騎士は二人。そのうちの一人がアイザックだった。

「お前、何してんの」

「いや、ちょっと困ったことに巻き込まれて」

 僕が焦りつつ何て応えるか考えていると、アイザックがばんばんと僕の背中を叩く。痛い。相変わらず乱暴だ。

「お前もやるじゃん! さっきの女の子は誰だ?」

「知らないですよ。ただ、本当に無理やり参加させられて……」

「まあいいさ。俺だって役目さえなければ参加したい」

 アイザックは笑顔を崩さない。しかし、その笑顔を貼り付けたまま、小声で言った。

「何か変だ」

 僕はアイザックの言葉に息を呑み、すぐに踵を返して階段を上がる。

 アイザックともう一人の騎士は、何か言葉を短く交わした後、僕とは違う方向へ駆けていく。 大広間に入った瞬間、その場の空気が乱れていることに気づいた。楽隊の手が止まり、賑やかであった音楽も消えている。

 辺りにいる人間たちの視線の先には、国王陛下とアストール王子。

 明らかに何かがあった。

 アストール王子は笑顔であったが、国王陛下は怒りにも似た光を双眸に灯していた。

「申し訳ないが、今夜はこれでお開きとしよう」

 国王陛下がそう低い声で言って、マントの裾を引きながら隣室へ向かおうとする。しかし、アストールがわざとらしい仕草で肩をすくめた。

「その必要はない」

 彼の声は朗々と大広間に響き渡る。「むしろ、この国の人間にはっきりさせたほうがいいだろう。この国の王妃のことだ」

 敬語もなく、敬意もなく、ただ上から他人を見ることに慣れていると解る声。国王陛下を嘲笑うかのように聞こえる。

 陛下が足を止めて振り返る。そして何か口を開く前に、陛下の後ろに控えていたジーンが一歩前に進んだ。

「あなた様は来客です。お控え下さい」

「お前こそ控えろ」

 アストールは侮蔑の眼差しをジーンに向ける。そして、視線はそのままに続けた。

「この国の王は自分の妻を邪神に生け贄として捧げ、強大な力を得た。私もその力が欲しい。どうすればその力は与えられる?」


 大広間の中に、少しずつ広がる驚きや疑いの声。

 しかし、他国の王子の中には平静なままそれを聞いている人間もいる。知っていた、ということだろうか。

「もう、与えられることはないだろう」

 やがて、国王陛下は静かに言った。しかし、その表情は怒りよりも苦痛に満ちていたと思う。

「それに、私が生け贄として差し出したわけではない。あれが自分から行ったのだ」

 陛下はそう言って、苦々しく笑った。

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