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魔術師と相談

 イリアス・クランツ。

 軍事国家である、クランツ王国。

 僕は彼の台詞に違和感を覚えたが、もう自分で考えることには疲れていた。

「少し城の外で待っていて下さい。この国の宮廷魔術師に相談します」

 僕が平坦な声で言うと、彼も諦めたように頷いた。

「仕方ないな。協力者が増えて動きやすくなった、と後で言えるよう願うよ」


 舞踏会を明日に控えて、城の中は騒然としていた。

 たくさんある客室はほぼ満員だし、他国の王族の人間はイスガルド国王陛下と謁見の間で挨拶をしているようだし、騎士団の人間は色々な場所の警備に当たっているようだし。

 僕はできるだけ皆の邪魔にならないように城内に入り、花々を運ぶふりをしながらジーンの部屋へ入った。

 しかし、当然といえば当然だが、彼の姿はなかった。陛下の警備に出ているのは、騎士団の人間だけではないのかもしれない。

 何とか彼と話ができないかと城内をうろつき、しかし姿を見つけることができずにどうしたらいいか悩んでいると、突然彼から姿を現した。

 僕はその時、自分が運び込んだ鉢植えの横に立っていた。そこは廊下で、時折召使いたちも通る場所だったが、宮廷魔術師が通りそうな場所ではなかった。

 でも、外にイリアスを待たせているという焦りからか、それを不思議に感じることもなく、会えたのはラッキーだと思いながら声をかけようとして。

「寒気がするわ」

 開口一番に彼が言った。


「風邪じゃないわね、何か変よ」

 ジーンの表情はどこか緊張していた。

 話の出鼻をくじかれた感じで、僕は何と言ったらいいのか解らず、とりあえずこう言ってみた。

「嫌な予感ってやつですか」

 ジーンは僕の顔を不機嫌そうな目つきで睨みつけ、薄く笑った。

「何か厄介事を持ってきたんじゃないでしょうね」

「あ、すみません」

「持ってきたのね」

 彼は乱暴に自分の髪の毛を掻き回し、その場をうろうろと歩き回った。

「あの、実は」

 とにかく説明しようとした時、ジーンは苛立ったように手を挙げてそれを遮る。

「私の部屋にいってなさい。すぐに適当に役目を済ませて私もいくから」

「すみません」

 僕が頭を下げると、彼は何事かぶつぶつ呟きながらその場を離れた。

 廊下を足早に歩くその背中を見送りながら、やっぱりこれって大事だよなあ、と落ち込んでいた。


 イリアスを迎えに城外へと出ると、ラースの姿もそこにあった。

 なるようにしかならないし、と開き直りつつ、僕は彼らをジーンの部屋へと案内した。

 ラースの魔術とやらのおかげか、イリアスたちの姿を見咎める人間は誰もいなかった。

 そして、僕はその後、部屋に戻ってきたジーンに僕が聞いたことを説明することになる。


「全く……」

 一通り話を聞き終わると、ジーンは疲れたようにテーブルに肘をついて額を抑えた。

 彼は長い足を組んで椅子に座っていたが、僕やイリアスたちは立ったままだ。

「陛下に話をしないと」

 やがて、ジーンは唸るように言う。「私たちだけで留めておける話じゃないわよ」

「あの……」

 僕は思い切って質問した。「あなたは知ってたんですか?」

「何を? 邪神とか死の山とか門番とか?」

 彼が顔を上げて僕を睨む。「知ってるわよ、何のための宮廷魔術師だと思ってんの!」

 ――じゃあ、本当なのか。

 こんな、嘘みたいな話なのに?

 僕が沈黙したまま考え込んでいると、ジーンは立ち尽くしたままのイリアスとラースを交互に見やり、苦々しく笑った。

「生け贄ですって?」

 ジーンの声は困惑の響きがあった。「どこ情報か教えて欲しいわね。いいえ、解るわよ。あなたのお父様かしら。クランツ国王陛下はお元気?」

「……気分を害したのなら謝罪しますが」

 イリアスは苦笑混じりに口を開く。「しかし、確かに聞いたことなので訂正はしません。あなたはご存知ではなかっ……」

「知らないわよ!」

 ジーンが椅子から勢いよく立ち上がる。「前任の宮廷魔術師からはそんな話は聞いてないし! もしそれが本当なら、胸糞悪いってもんじゃないわ! あなたのお父様も散々だったけど、まさか……」

 ジーンはそこで少しだけ呼吸を整え、目を閉じる。落ち着こうとしているようだ。

 やがてジーンはまた椅子に腰を下ろし、平静を装っているのが解る口調で言った。

「とにかく、話を整理すれば、あなたの国の誰かが、イスガルド国王陛下を攻撃するかもしれないってことよね」

「……ええ、簡単に言えば」

「難しく言っても変わらないけど」

 ジーンは眉間に皺を寄せた。「ただ、あなたの話は情報不足なのには間違いない。わざと隠してるの?」

「情報不足?」

 そこでイリアスが奇妙な表情をした。「何かご存知で?」

 そこで、降りる沈黙。

 何だか物凄く居心地悪い。

 ジーンはしばらくの間、イリアスを観察しているようだった。

 イリアスが嘘をついているのかいないのか、見抜こうとする鋭い視線。

 しかし、イリアスはそれを受けても僅かに微笑み返すだけの余裕があった。多分、自分の言葉に自信があるからなのだろう、と僕は感じた。

 やがて魔術師はため息をつき、考え込んだ。それは長い沈黙だった。

 随分長いこと彼は考え込んだ後、ふとその視線を僕に投げた。

「気になることがあるわ」

 ジーンは静かに言った。「あなた、服を脱ぎなさい」

「は?」

 僕は一瞬身体を強ばらせた後、クリスティアナ様が彼のことを『変態魔術師』と呼ぶよなあ、と思って冷や汗をかく。

「何だかよく解らないけど遠慮します」

 慌てながらそう言って後ずさると、ジーンが眦を釣り上げて叫んだ。

「何か変なこと考えてるでしょ! 私だって、どうせ脱がせるなら巨乳の女の子のほうがいいわよ! もちろん、貧乳の子が悪いって言ってるんじゃないわよ? 貧乳には貧乳の味わいってもんがあるんだし!」

「いや、あの、手つきが卑猥なんですけど!」

 どっちにしろ変態には間違いない。

 僕が変な魔術師を目の前にどうしたらいいのか慌てていると、視界の隅にイリアスの姿。助け舟を求めて、彼らを見やる。

 しかし、イリアスは頭痛を覚えてるかのように頭を抱えていたし、その隣にいるラースは憮然とした様子で「何が起きてるんですか?」と呟いている。

「お前は見えなくて幸せかもな」

 イリアスが小さく応えているのが聞こえて、僕は思った。


 この二人は頼りにならない。

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