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地下室

 人間は、あまりにも信じたくないことを言われると笑うのだろうか。

 僕は自分の唇が笑みの形をしているだろうことに気づいていた。

「嘘でしょう」

 そう言ってから、僕は椅子から立ち上がる。

 やっと唇から笑みが剥がれ落ちた。


 父の背中。

 涙。

 あれはどういうことだった?

 釘で打ちつけられた棺。

 病気だったからじゃない。

 遺体がなかったから見せられなかった。

 そういうことなのか?

「僕じゃ無理だ」

 自然と口をついて出る言葉。「誰かに相談しないと。こんな、信用できるはずがない……」

「大事にはしたくない。もともと、自分たちだけで収束させるつもりだった」

 イリアスの口調は静かだ。それすら苛立つ。

「収束? 何の収束ですか? 何が起きてるんですか?」

 僕の口調は完全に詰問のそれだった。

 解らないことはたくさんあるし、訊きたいこともたくさんある。ただ、それよりも先に、あまりにも酷いことを言われて、話を理解することに拒否反応が出ていた。

「簡単に言おう」

 イリアスは疲れたように片手を上げ、僕を見る。「イスガルド国王が手に入れたとされる恩恵を、欲しがっている人間がいる。彼らは門を開いて邪神と交渉するよりも、イスガルド国王から奪ったほうが簡単だと思っているということだ」

 馬鹿馬鹿しい話だ。

 大体、恩恵って何だ? 奪えるものなのか?

 しかし、目の前にいるイリアスの表情は真剣だし、僕をからかっているわけでもなさそうだった。

 言葉を失って立ち尽くす僕を、彼は困ったように見つめている。

「君を襲った夜盗は多分、彼の手下だろう。門を――死の山と呼ばれる場所を監視している者たちもいるが、危険すぎて近寄れない。でも、門番がいないのなら……解らないな。もしかしたら、そっちを攻める可能性もあるのか」

 その台詞の後半は、独白に近かった。

 僕はしばらく彼を凝視していたけれど、このまま話を続けていても何も変わらない気がして、こう言った。

「帰ります」

 意外なことに、イリアスはそれをとめなかった。


 僕はどうしたらいいんだろう?

 その宿屋を出て、自分の家へと向かいながら考える。

 このままこの話を放置していいはずがない。それに、イリアスの話が本当に信用できるかといえは自信がない。もしかしたら、気まぐれにからかってあんな話をしたのかもしれない。


 ――本当だったら?


 家はいつもと変わりがなかった。鍵もいつも通りかかっていたし、荒らされた形跡どころか、父が帰ってきた様子もない。

「なんでこんな時にいないんだよ……」

 僕はしばらく椅子に腰を下ろして、誰もいない家で考え込む。

 そしてゆっくりと立ち上がり、一番奥の部屋へ移動する。物置のような部屋。本棚、小物が並ぶ小さな棚、衣装ケース。

 でも、部屋の中央には木のテーブルと机があり、床には色褪せた敷物もある。

 僕はテーブルと敷物をよけた。そこには、地下室へと続く扉が隠してある。

 子供の頃、一度だけそこに入ったことがある。強盗がこの家に入ってきた時、父がこの地下室に僕を隠してくれた。

 今となって考えてみれば、あの時やってきた奴らが強盗だったのかは解らない。ただ、父がそう説明したから信じた。

 でも。

 僕は木でできた階段を降りて、地下へと入る。

 暗闇の中、手探りでランプを探し、灯りをつける。

 そこに現れたのは、それほど多いとはいえないまでも、武器庫と呼んでもおかしくない部屋。

 よく手入れされた長剣が十本ほど、短剣や何かの罠らしき金属の塊も多数。

 僕はただ、認めたくないから見ていなかったのかもしれない。

 平凡で、穏やかで、何も困らない生活だったから。

 だから、地下には入るな、と言った父の言葉に従っていたし、何の質問もしてこなかった。

 でも、父が普通の庭師じゃないことは間違いないんだ。

 普通の庭師なら剣の練習なんかしない。そういうことだ。


 僕はやがて地下室へと続く扉を敷物とテーブルで隠し、また家を出た。

 城へと向かう道のりの途中で、ふと僕は振り向く。

 きっと、イリアスは僕を見張っているだろうと思ったからだ。

 そしてそれは当たっていた。

「僕はシリウス・ローズウッドといいます。あなたのフルネームを聞いてもいいですか?」

 僕はいつの間にか近くへ歩みよってきていたイリアスに小さく訊いた。

「イリアス・マグリッド」

 彼も小声で応えた。「最近はイリアス・クランツと名乗ることも増えたけどね」

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