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夜道

「どうしてそう思われるんですか?」

 僕はつい気になって、小声で訊いた。すると、クリスティアナ様は困ったように微笑む。

「理由はよく解らないけど、そう思うの。わたし、勘が鋭いってよく言われるけど、本当にびっくりするくらい当たるのよ」

「例えば?」

「うーん、雨がぽつぽつ降り始めた時、この雨は明日には酷くなるなー、とか。その時の危険な場所が、川のどの辺りなのかとか。崖崩れするから、道を封鎖しなくちゃなーとか」

「危険な場所が明確に解るんですか?」

 僕は多分、目を見開いていただろう。クリスティアナ様がそんな僕を見て慌てて手を振った。

「あ、でも、そんなにはっきりは解らないの。だって、勘だし。ただ、今回は何か変というか……」

「変?」

「ねえ、あなた、どんな人なの?」

「え?」

 クリスティアナ様の視線は、僕がたじろぐくらいにまっすぐだ。僕を真っ正面から見つめ、僅かに心配そうな色をその瞳に浮かべている。

「あなたは庭師なのよね。普通なら、わたしとは接点がないはずなのに、でも、絶対何かがあるの」

 そんなことを言われてもな……。

 僕はただ困って笑い返すことしかできなかった。

 すると、僕のそんな様子に気づいたのか、彼女は冗談めかして続けた。

「だから、まずはお互いが知り合うところから始めないと。で、趣味は?」

「いや、あの」

 僕がさらに困って言葉を返していると、また背後から不機嫌な野太い声が響いてきた。

「あんたたちムカつく、帰れ!」

 そして、僕らは手に持っていた石を取り上げられ、部屋を追い出された。


「あんたたち呼ばわりは酷いわー」

 あまり酷いと思ってなさそうな口調で、クリスティアナ様は言った。

 城の外はもう夕方で、少し薄暗くなりつつある。空がうっすらと赤い。

「まあ、あまり真面目にやってなかったですから」

 怒られても仕方ない、という意味を声に滲ませたつもりだったが、クリスティアナ様にはそれが聞こえたのか聞こえないふりだったのか。

「また明日ね、庭師」

 彼女が無邪気に笑って言うので、僕も微笑み返した。

「シリウスです、クリスティアナ様」

「シリウスね」

「はい」

「じゃあシリウス、寄り道しないで帰ってね」

 クリスティアナ様はそう言い残して、城の門のそばで足をとめた。

 見送りに出てくれたのか。

 僕は内心では驚いていたけれど、何も気づいていない素振りで頭を下げた。


「シリウス、いい酒が入ってるよ、親父さんにどうだい?」

 食料の買い置きが家に残り少ないことを思い出して、行き着けの商店に寄ると、店の主にそう声をかけられた。

「父はまた仕事で家にいないよ」

 僕が応えると、彼は寂しくなり始めた頭髪をかき回しながら笑った。

「またかい。何か、気づくといつもいないね」

「うん、でも、仕事が忙しいのはいいことだよ」

 僕はそれほど広くはない店内を見回して、いつになく客の姿が多いことに気がついた。「ここも繁盛してるみたいだね」

 そんな会話をしてるそばから、酒を買い出しにくる客、その店で焼いているパンを買いにくる客が入れ替わり立ち替わり現れる。

「門が開かれたからねえ」

 主はカラカラと上機嫌に笑う。「舞踏会ってことで、もう他の国から旅人も来始めたし、宿屋は大忙しだろう。酒や食料もたくさん必要だから、当分は大変だよ」

「あ、そうか。僕も食料買いだめしておかないとな」

「そうしなよ」

「とりあえず今夜はパンと干し肉とチーズ」

 そして、必要な食料を紙袋に入れてもらっていると、主が小声で囁いた。

「色々なとこから、たちの悪い連中も国に紛れ込んでるみたいだから、気をつけな」

「え?」

「親父さんがいないとシリウスは一人暮らしだろ。金目のものは持ち歩かないほうがいい」

 ……なるほど。

 人が多いところでは、犯罪も起きやすい。盗賊とか紛れ込んだら――。

 僕が主に礼を言って店を出ると、辺りはもうすでに暗くなっていた。

 足早に家路を急いでいると、ふとどこからか小さな話し声が聞こえてきた。

 辺りには民家がなく、あるのは鬱蒼と茂る木々。

 いつも通る道だけれど、人気のないこんなところで人間を見かけることはほとんどない。逆に、誰も通らない場所だからこそ、密会とかには使えるかもしれないけど。

 盗賊、まさかね。

 僕は一人で苦笑したが、暗闇の中で立ち止まったまま悩んでしまった。このまま近づくのは危険だろうか、と。


「門番がいないらしい」

 暗闇の中、結構若そうな男性の声が響く。「あまり近寄れないからはっきりは解らないみたいだが」

「死んだんじゃないのか。門番ってアレだろ、死にぞこないって話の」

 ――何の話だろう?

 つい、僕は耳を澄まして彼らの会話に集中する。

「死んでるなら助かるな。門番と戦うよりイスガルドに攻め入るほうが絶対に楽だろ」

「違いない」

 くくく、と低い笑い声が響いた。

 そして僕は、心臓が冷えるという感覚を味わっていた。

 イスガルドに、この国に攻め入る? 冗談で言っている?

「下調べし始めたところだが、この国の警備はクソだな。平和ボケしてやがる」

「仕方ないだろ。俺たちとは違う」

「陛下も何で動かないのか解らん。年だからかね」

「安定を求める年頃なんだろ。世代交代か」

 下卑た笑い。

 嫌悪感しか感じられない口調。

 ――どうしよう。

 このままここにいたら気づかれるだろうか。逃げたほうがいいだろうか。

 しかし辺りは静かすぎる。自分は足音を消せるだろうか。

 わずかな逡巡。

 しかし、空気が動いたのを感じて、僕は慌てて踵を返した。

 男たちが動いたのだ。こっちにくるかも、と恐れて急いだのが失敗だった。僕の足元で草を踏む音が聞こえた。

 それはほんの僅かな音。風が吹いていれば、聞こえないくらいの。

 しかし、背後で地面を蹴る音が聞こえた。


 ――気づかれた!

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