―chapter7 そしてやってくるオールドたち―
怖がっていた私の目の前で、レッドの拳を受け止めているあくじの姿があった。
「――――」
あくじはただ無言で、灼熱の拳をその身で受けている。ダメージなんてまるで感じてなんかいないかのように、身じろき一つ無くそして堂々と、ジッとレッドを睨みつけていた。
「なんだあくじ。起きていたなら、起きていたってくらいいってよね。私を心配させるなんて、あくじはあくじ失格だよ」
本当は嬉しくて仕方がないのにこういう時に限って、真っ先に嫌なことが口をついて出てくるのが嫌になる。
目元からこぼれる涙を拭って、私はすぐにでも飛びつきに行きたい感情が強くなる。
でも今は戦闘の最中、そんなことはできない。
「――お前はいったい何者なんだ?」
驚きのレッドはあくじから拳を引いて、私たちから一歩引いて距離を取る。
「あくじ、レッドのあの攻撃から私を庇って大丈夫なの?」
「――――」
「……あくじ?」
未だ無言のままでいるあくじに違和感を覚える。おかしい、いつものあくじなら私を安心させるために何かの一言でも言ってくれるはずなのに。
そして、あくじが私に振り向いてくれていた時に、わたしはレッドがもう一つの理由でも驚いていたことをしった。
怪我がない。あれだけ、正面からまともに受けていたはずなのに、火傷した痕とか殴られた痕とかが見当たらない。それどころかさっきまでの戦闘で付いていたはずの怪我が一切見当たらない。
あくじが倒れてから、まだ一時間すら経っていない。回復したにしても、いくらなんでも早すぎる。
「――」
あくじは、もう一度レッドに向き直ってユラユラと不気味な歩みで進んでいく。
私のもとへ駆けつけてくれた嬉しさがさっきまではあったが、今は虚ろな状態で黙っていてばかりのあくじに恐怖を覚えた。
「おい、シニードリン。あの戦闘員、本当にただの戦闘員なのか?」
知らない。私は本当に何も知らない。
お父さんは普通の戦闘員だった人だし、お母さんの方は面白おかしいだけで普通の人だった。
「うわあぁぁぁぁ!」
ゾンビのような足取りで、徐々に近づくあくじに恐怖を感じ取ったレッドが、携帯銃であくじを狙い撃つ。だが、当の本人はそれではちっとも仰け反ることなく、真っ直ぐ進んでいく。
「来るな! 来るな!」
とうとうレッドの前までやってきたあくじ。
「なんなの!? あれは」
あくじは左手が真っ黒に染まっていた。
もともと戦闘員のスーツは真っ黒ではあるのだけれど、私の言っている黒は、反射や光沢など一切なく吸収した光を一切逃さない闇のような色だった。
「――――」
あくじはその左手でレッドを掴むと、その黒が腕からレッドへと流れ込みレッドを覆っていこうとする。
「あくじ、止めて!」
このままでは、あくじはどこか引き返せない所へ行ってしまう。
そう感じた私はあくじの所へと駆け寄ってレッドとあくじの左腕を引き離そうとする。
「いやっ! 止めて!」
引き離そうとして掴んだ左腕から、私の方にも黒が流れ込んできた。
黒は私の操る力なんかよりもずっと冷たく、長く触れている所では、じわじわと何か大事なものが奪われていく感覚がしてくる。
気づけば私の体の半分は、もう黒に飲み込まれていた。レッドの方は、もうすべてを包み込まれていて、視認ができない。
体から力が抜け出していき、立てなくなると、黒は今度は私の意識を飲み込みだした。
意識が曖昧になりそうでも、私はあくじを決して離さず、声をかけ続けた。
だけど、私の思いは全部あくじには届ずに……、私の意識は掻き消えかけて……。
「ここで前途ある若者を失うことは、私にとっては大きな痛手だ。何としても避けなければいけないな」
声がした後、唐突に凄い力でもって、私はあくじから引き剥がされた。
「大総統! 邪魔しないでください。私は今、あくじを助けないといけないんです!」
私をあくじから引き離した張本人に、私は抗議すべく立ち上がった。
「落ち着きなさい。言っただろう? ここで前途ある若者を失うことは避けたいと」
「そんな理由で私だけ救って、あくじを見殺しにするつもりなんですか? どいてください。私行きます」
例え大総統が止めようが、私は抵抗して助けに行く!
大総統は飽きれたらしく、一つ溜息を吐き――、
「だから……」
右手を伸ばし、曲げた中指を親指で抑え、ちょうどデコピンの形を作ってその手に左手を添える。
そうやって作ったデコピンを、大総統はあくじたちの方向へ向ける。
「落ち着きなさといっただろう?」
押さえた親指をズラして放たれたデコピンは空を打つ。
すると、あくじとレッドを覆っていた黒が散り、あくじはストンとその場に倒れ込む。
「君たち二人は私にとって大事な虎の子なのだよ。安心しなさい、彼は眠っているだけだから。……ふむ、だいぶ覚醒が早まっているようだ」
よかった……。ひとまずあくじは大丈夫になったらしい。
「お前が大総統なのか?」
あんな状態になったのに、レッドにはまだ意識が残っていた。
「如何にも私が君たちの真の敵、大総統だ。お見知りおきを」
「こんな近くで、敵の大ボスが来るなんて好都合だ。覚悟しろ!」
何処にそんな力を残していたのかと思えるほどの勢いで、真っ直ぐに大総統目掛けてレッドは走ってくる。
「今回君は、止した方がいい」
大総統の少し後ろの方で、新たな影が二つ浮かび上がる。
あれって――あくじのお母さんだ。それじゃあその隣にいる戦闘員はお父さんの方?
「増援か……。でもそんなの構うもんかっ」
レッドは刺し違えてでも大総統を仕留める気のようで、お構いなしにさらにスピードを上げて突っ込んでいく。
大総統は、なんでも無いかのように身構えもせず、自然体のまま。そんな大総統のピンチでも、後ろの二人は微動だにせずただ見ているだけだ。
どうして動かないのかは、私も、そして後ろの二人も、一番よく知っている。
どんどんレッドは大総統との距離をつめ、大総統に殴りつける。が……、
「どうしてだ。なぜ平気なんだ」
大総統は殴られる前と変わらず、無防備のままで平気で立っている。攻撃は確かに一見して当たっているように見える。
けど……。
「誰だって当たっていない攻撃なんて、平気だよ」
「何だと!?」
「よく見たまえ。お前の拳は、私に届く一センチ手前で止まっている。私はお前の攻撃を今もずっと弾き続けているのだよ」
エスパー。それが大総統の持つ強力無比の力。おそらく大総統は念動力でレッドの拳を止めているのだろう。
レッドは大総統の見えない力によって弾き飛ばされる。飛ばされたレッドは、まるで車にでも撥ねられたかのようだった。
「地震!」
――ズンッ!
足を大総統がダンと鳴らすと辺り一帯が大きな揺れを起こす。
「雷!」
――ピシャァ!
大総統が天に向けた指を下に向けるとそこに雷が落ちる。
「火事!」
――ゴオッ!
大総統が上を向けた手のひらから炎が巻きあがる。
「親父!」
大総統は指を自分を指して言う。
最後のは、大総統のお茶目なジョークであるが、大総統の超能力としての力は、自然災害級の事象を扱うことができるレベルだ。それが私たちの組織トップの持つ力。
「ふざけるなっ!」
大総統の態度に起こるレッド。当然と言えば当然の反応だ。
「そういえば、後ろで控えている二人の自己紹介がまだだったね。分かりやすい方からが良いだろう、女の方は『鬼女』と言えば分かるかな?」
「何だって!?」
怒り心頭だったレッドも一瞬で青ざめる。『鬼女』それは昔アトスにいた初期の大幹部で、戦歴は五百戦無敗。五百戦の中には当時のアーマーズとの戦闘も含んでおり、今でも語り草だ。
常勝無敗を続けていた彼女は、ある日突然組織を止めたと聞いていたけどもしかして……。
「この私の隣にいる戦闘員が、私の旦那さんでーす」
「どーも。恐縮です」
「君から寿退社をする話を聞かされた時は、他の幹部を納得させるまでに骨が折れたよ」
「あの時はお世話になりましたね。大総統には頭が上がりませんよ」
悪の女幹部が寿退社って……いいの?
「レッドくん、ここは君ひとりには分が悪いと思うんだが。見逃すから帰ってくれないかな?」
「分かった、引き下がる。でもな、今度現れたときには絶対強くなっていてやるからな」
「楽しみにとっておくよ」
こうして私の首を賭けた戦いは、完全ではないものの無事に幕を閉じ、大総統、アクジのお父さんお母さん、そして私とあくじは本部へと帰還していった。
バトル編終了です。これであとは後日譚を残すのみとなりました。
最終チャプターは今までと比べてとても短く、そんな最後をあまり待たせても悪いと思ったので、この更新2時間後の21時に投稿することにしました。お楽しみに。




