―chapter6 まだまだ戦闘中―
「今のチャンスを逃すな! イエロー!」
「モチロン!」
痛みと意識の混濁でもうろうとする中、シニードリンの背後で、武器を構えて襲い掛かる二人の姿が見える。
このままでは、俺たちが仲間割れをしているうちにやられてしまう。何とかしないと。
「シニードリン、どけ!」
脳震盪と打撲で、満足に動けない体に無茶をかけて俺はシニードリンを突き飛ばす。
「生意気よ、馬鹿あくじ! まだ私の怒りは――」
俺を怒っていた時のままの表情で固まってしまったのは、本当に怒っていて周りが見えなくなっていた証拠だろう。俺みたいなやつに真剣になるなんて、お前こそ本当の馬鹿だと言い返してやりたい気分だ。
でもそんな言葉を言い返す事が出来ない。俺は鉄臭い液体が喉をせり上がり、気道を塞いで盛大にむせてよろめいた。
「あくじ、血が……」
倒れそうだった俺の体を、銀子が受け止めて支えた。
「……あたり……前だろ。…………あんな一撃を……2つも……喰らえば誰だって……そうなる」
よかった、まだ声なら出そうだ。
「はぁはあ……今回ばかりは擁護できねぇ……お前が悪い」
「ゴメン、ゴメン……ゴメン」
今回ばかりは前を見なさすぎだ! 全部がお前のせいだ。でもな……。
「……こればっかりは勘違いスンナよな、……俺は好きでお前を庇ったんだ。……そこに一切の後悔はねぇ」
もう駄目かな。すごく眠い。
「だから気にスンナ。後は……た……の…………ん…………」
この日、俺がはっきりとした記憶があるのは、ここまでが最後だった。
* * * * *
私はぐったりとしたアクジの体を抱きしめ、少し離れた位置にあったベンチへ寝かせてあげた。
別にあくじは死んだ訳じゃない。ただ深いダメージを受け過ぎたせいで、戦闘員の持つ超回復モードに入っただけだ。あと三時間もすればきっと目を覚ましてくれる。
だから……。
だから私! まずは冷静になってよ!
そのぐちゃぐちゃになってしまったの頭の中を沈めて! その爪が突き刺さるほど強くまで握りしめた拳を解いて! お願いだから。
自分勝手だった自分が許せない――分かる。
結局最後までアクジにとって迷惑をかけた嫌な自分だ――分かる。
いくら責めても足りない自分がいる――分かる。
泣きたくて消えたくなる――分かる。
嫌で嫌でたまらない自分が嫌だ――分かる。
でもそんなもの全部さ、全部が済んだ後で後悔しよう、思いっきり泣こう。そんな感情、全部最後にとっておいたのでいい。
そうやって、自己暗示をかけながら取り乱していた感情を徐々に押さえていく。
あくじは最後になんて言い残してくれた?
後悔してないってこと? 違う、そこじゃない!
だったら気にスンナっていってくれたこと? うん。それで半分正解だった。
でも、そうじゃなくてもっと大事なこと、私の事だけじゃなかったはず。
『だから気にスンナ。後は……た……の…………ん…………』
あくじは言ってくれた、気にしないでと。
そのすぐ後に私に頼んだんだ。信用して自分の事も何もかも全部私に。
大総統が、今回の事について言っていたのを思い出す。
『自分の不始末は自分でつけろ!』
そうだよね。ここまで来ておいて、それでもまだあくじに頼っていたんじゃ駄目だよね。全部自分の事なんだから。
「ねえ、どうせ全員倒すのだから、もうまとめてかかってきてよ」
決して自棄になった訳では無い。ただ、それなりの覚悟が無いことには私のケジメはつけられない。
「分かった。それなら遠慮しで行くよ!」
戦うことでこんなに緊張したのはいつ以来だろう。幹部になってからはずっと味わっていなかった感覚だ。
ちゃんと思った通りに、体は動くだろうか? 鞭の扱い方は? 能力の正しい使い方は? 大勢に囲まれての戦闘訓練をどうしたっけ?
手下任せで、最近使うことが無くなっていた、積み重ねで覚えた技術を私は一つ一つ思い出す。
「来る」
私は目の前に出て来たイエローとピンクを、ウェザーウィップを振るって払い飛ばす。
初撃の二人を退けたもののすぐに第二陣がやって来る。すでに目の前には、三人の影が迫る。V字に並んで走るその三人は、先頭両端のグリーンとブラック、そして真ん中後方にはレッドだ。
グリーンとブラックは大きく旋回して、グリーンは巨大な木刀、ブラックは真っ黒な鋏を分解したような形の変則的な双剣を握り、挟撃を図ってくる。
私は二人が近づく瞬間にカウンター狙いでウェザーウィップを構えつつ、バックステップで後ろへ下がっていく。
あと少し、こらえろ、こらえろ。十分に引き付けてからだ。
1……、2……、3。
今だ!
私は、二人が攻撃の動作に入ろうとした直前のタイミングでウェザーウィップを振るうが……、
「しまっ――!?」
二人は私の攻撃が来ることを読んでいたのだろう。フェイントで攻撃を止め距離をそのままに保ち、私の横をとったままでいる。
「いい仕事をしてくれた。ブラック! グリーン!」
私に追いついてきたレッドが正面から迫る。
回避行動をとりたいけど、両端にはグリーンとブラックがいるため横には逃げられない。残るのは後ろと上だけどどちらも体制を崩されやすい。
それっだったら!
「来るか! 受けて立つ」
私が選んだのは正面突破だった。もしも私が、ここで止められれば、一斉に三人に囲まれてしまう形になり、危なくなる。私は男ほどは体格はよくない。だから一か八かの賭けだった。
私はレッドに向かって盾にウェザーウィップを振り下ろした。
「残念だったな」
冷気を纏わせたウェザーウィップの先は、レッドのすぐ手前を通りレッド足元の地面に当たった。
「ぎりぎり届く範囲を見計らっての先制だったんだろうけど、目測を外したな。俺には当たっていない」
「いや、これでいいのよ」
私の狙いは見事的中した。
「これは!?」
先ほどまで、私に迫っていたレッドのスピードがガクンと落ちた。
それもそのはず、地面が氷漬けになっていれば、滑って前には進み辛くなる。
私が狙っていたのは、レッドのすぐ足元の地面。私は地面をウェザーウィップで凍らせていた。
「レッド、大丈夫か!」
「馬鹿! グリーン、よそ見をするんじゃない!」
私にとってそれは好機だった。
「アイボリーランス!」
私は、ウェザーウィップを真っ直ぐに伸ばした状態で雪を固めて凍らせる。
そうして作った氷でできた簡易槍を、私から気を逸らしていたグリーンに、素早く無駄のない動きで突き立てた。
「スパーク!」
ウェザーウィップが放つ高電圧が火花を待ち散し、同時に纏っていた氷を炸裂させる。
グリーンは背中から、吹き飛ばされた先の遊具に当たって動かなくなる。
「「グリーーーーン!」」
仲間の最初の脱落に、叫ぶレッドとブラック。
「まずは一人。これであと四人ね」
なんだ、私。本当は、やればできる子だったんじゃない。
私の技はちゃんと通じる。それが自信になった。
「グリーン先輩の敵です!」
「ピンク! お前一人じゃ無理だ!」
「レッド。私がフォローに入ります」
今度はピンクとイエローが同時に攻めてくる。
データのない新メンバー、ピンクが持つ武器は2メートルを超す長い棒状の杖。
「トランスシャフト!」
ピンクが杖の先端を私に向けると、その先端は三叉槍に形状を変えて、グネグネと不規則な起動を描き、私に伸びてきた。
あの杖、形状を自由に変えることが出来るの!?
「ボクもいるよー」
イエローは豪快なスイングで、私目掛けてハンマーを打ち下ろす。
三叉槍の先端は私の喉元を捉え、続いてスパークハンマーによる電気の奔流が私を飲み込んでいく。
「やりましたね!」
「僕達やったよ!」
……そういう風に二人の目には映ったのだろう。
「もっと周りを見た方がいいわ。あなた達、ちっとも見えてないもの」
すっかり油断していた二人を私は背後から襲う。
「スケープシミラー」――雪でできた身代わり人形を、幻覚で対象そっくりに見せる私の魔法。
「――これで二人目と三人目。もう二人しかいなの?」
足元で崩れ落ちる、イエローとピンク。私は残った二人――レッドとブラックの方へ視線を向けた。
アーマーズはもちろん強敵なことに変わりないが、この他三人よりも、経歴の長いこの二人だけは別格だ。
ブラックの双剣――ブラックシザーはとても頑丈な金属でできており、なんでも切り裂くことができる。
身も蓋もなく言ってしまえば、切れ味が良すぎる剣というコトなだけだ。他に影を操ったり、危険な猛毒を生み出すことが出来たり、といった特別なことはない。そんなことで私たちには、脅威足りえない。
ただそんな剣も、超人が扱うとなれば話は別だ。ブラックのスピードはチーム随一で、彼自身の卓越した剣の技術と合わさって、攻撃力ならレッドを押さえてアーマーズトップとまで言われている。
でも勝機ならある。私には彼を倒すことのできる自信があった。
私はブラックへ勝負を仕掛けるため、身体の周囲に冷気を集め特攻した。
勝機その一。
双剣は両手で剣を扱うという特性上、扱いやすくするため短く造られている。その分リーチも短く攻撃を届けるには近づかないといけない。だから冷気で近づけない状況を作れば、簡単に手を出すことができなくなる。
ウェザーウィップの攻撃圏内へブラックを入れた私は、横薙ぎにウェザーウィップを振るう。
勝機その二。
重量を根元から先端まで徐々に軽くして作られている鞭。そのしなやかなにうねって放たれる先端部分は驚くことに、速度は音速を超え衝撃波が発生している。ブラックが、いくらアーマーズのスピードスターと言っても、音速を超える速さを出して回避はできなはずだ。
「――!」
私の読み通り、来るとわかっていても避けることができなかったブラック。反射的に彼は持っていた双剣で私のウェザーウィップを防いだが、鞭はそのまま双剣に絡みついた。
よし、成功だ。
勝機その三。これで最後。
彼の武器ブラックシザーが金属製だということ。金属は熱をよく通すけど、冷気もまた通しやすい。
「凍てつけ!」
ウェザーウィップを通して一気に冷気を送り込む。その冷気は、鞭の絡みついたブラックシザーを経由してあっという間にブラックの体を蝕み、彼を物言わぬ氷にさせた。
「瞬間冷凍ってやつよレッド。このまま放って自然解凍して置けば、後遺症も残らずに元の体に戻るわ」
残すのはいよいよ最後。レッドだけになった。
彼の操る力は炎。氷を操れる私の力とは真逆のものだ。
「なぁ、シニードリン。提案なんだけど、お互い全力をかけての一撃必殺で決着をつけて見ないか?」
レッドがこんな提案をする理由は分かっている。
私が攻撃の一撃一撃に全力を籠めて戦い、もう決定力のある技が使えるのは後一撃分しか残っていなかった。
もう五対一の対決ではなくなっているので、回避に全力を注げばある程度戦えるほど体力を回復させることができる。でも、それでは長い時間を必要としてしまう。
お互い、そろそろ決着をつけたいと思っているのだ。だから私はレッドの提案を受け入れた。
「そうしましょうかレッド。でもその前に、仲間が巻き添えをくわないように場所を移しましょう」
「そうだな。みんな、行ってくるよ」
私とレッドは、さっきまで戦っていた場所から、百メートルくらい離れた場所に場を移した。
「いいか? カウントファイブで同時にくり出すんだ」
「分かったわ」
向き合って十歩ほどでぶつかり合える距離をとり、本当の全力を掛けた最終決戦が始まった。
――1。
「バーンフィスト、リーサルモード起動! バーニア全開! 」
――2。
「術式魔方陣を展開。第一から第最終魔方までの制限を解除」
――3。
「最終セーフティーを解除! バーニア点火!」
――4。
「展開魔力の術式の収束を確認。特上級魔法発動!」
――5。
「ブレイジングマグナムオーバーバースト!!!」
「フリージングマテリアル!!!」
持てる力のをすべて使い切っての大勝負。
私は触れるもの全てを凍らすといわれる氷結物質を召喚し、膨大な熱量をその身に宿して小さな太陽と化して突っ込むレッドへと落とす。
氷結物質の冷気とレッドの熱波で膨大な量の蒸気が発生し、霧があたりに立ち込める。
私とレッドは完全に拮抗していた。。
「行けぇ、行けぇ!」
目の前に展開する魔方陣を介し氷結物質へと魔力を注ぐ反動で、仰け反りそうになるけどそこは気合でカバーしてなんとか踏みとどまる。
膠着状態がしばらく続き、勝負が再び動き出したとき、勝利が私に傾いてくれた。
少しづつだが着実にレッドを押している。このまま抑え込めれば私の勝ちだ。
私があと一歩というところで抑えにかかった時だった。
「正義は、負けるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁぁあああ!!」
風前の灯だったハズのレッドの体が突如大きく燃え上がり、私の氷結物質を押し返し始めた。
レッドの力は、私なんかよりもずっと高いところまで上昇し、私がどんなに残りわずかな力で、氷結物質に魔力を注ごうともびくともしてくれなかった。
「壊れろぉぉぉ!」
レッドは私の氷結物質を身体で抑え、腕を一旦引いて再度伸び戻すと、氷結物質を砕いてしまった。
「きゃっ」
氷結物質が壊れたことで魔力が逆流を起こし、私は展開魔方陣の前から弾き飛ばされた。
「これで決着だ」
私との一騎打ちに勝ったレッドは、燃える拳をふるって私を狙う。
ゴメンね、あくじ。私、頼まれたのにできなかったや。
――――。
「どうして?」
咄嗟で顔の前に腕を交差させて身構えていたのだけれど、相手からの全く攻撃が来ない。
「なぜお前がここに……?」
驚くレッドの声が聞こえ、恐る恐ると腕を下す。
「あくじっ!」
そこには最高に頼れて、最高に私の大好きな人が、脅える私の前でレッドに立ちはだかっていた。
ついついガチちゃって5496文字と、前後編に分けた4592文字のchapter3よりもchapter最長記録を樹立したchapter6でした。
携帯とか長文とか苦手の人ゴメンね。今回は区切りどころなかったんです。でもその分、気合い入れて頑張りましたよ!
さて、前後編と言っておきながら3編構成のバトル編ですが次で片付きそうです。1話終了間近に迫れました。
終了後の活動が気になる人は、マイページの活動報告にでも上げようと思うので、たまには来てやってください。
ではまたさらば。