―chapter0 エスプガールだ―(先行版)
これは、遅筆でなかなか作品を書き上げられない作者が、少しでも早く作品の日の目を見せたいが為の先行版です。
第五話が完成した連載再開時に、完成原稿に差し替えます。
悪の秘密結社アトスでは日夜、侵略活動が行なわれている。
しかし、正義の組織JUNASに所属する五人の特務隊員「鎧装戦隊アーマーズ」によって、その野望は尽く打ち砕かれている。
アトス本部大総統謁見の間にて、アトスの誇る五大幹部が組織のトップである大総統の前に一同に介していた。
豪華な装飾の施された椅子の上で、大総統が大幹部の一人に問いかける。
「ニョルズ君、今回アーマーズに敗れたのは。如何なる理由だい?」
「それは、敵も力を確実に付けており、私の持つ部下の力ではいかんともし難く……」
しどろもどろに敗北理由を述べるのは、『紫電』の死神ミョルズだ。
「ええい見苦しいぞミョルズ! 負けた理由を手下のせいにするか。お前がキチンと教育しないからこうなるのだ」
ミョルズの見苦しい態度に耐えかねた『猛火』の将軍ブロアが、ミョルズを叱りつけた。
「ブロア。そういう君も以前と比べて苦戦続きだったような気がするが?」
「うぐぅ、それは……」
大総統に、自分の事を棚に上げたことを指摘され、弱った顔でブロアは口をつぐむ。
「しかし、我がアトスの戦力が、今のアーマーズに対して力不足であることは、私も薄々感じてきていたところだ。早急な対応が必要だ」
「お言葉ですが大総統。その様な事を申されましても解決するのは難しいかと」
大総統に苦言を呈したのは『腐土』不死者ミュルトンだ。
このところ大幹部らはアーマーズを相手に苦戦を強いられており、戦力の強化にはそれ相応の力が求められている。
手っ取り早いのは新しく戦力になる人員を追加することだが、相手が相手なだけに、育てるにしても探してくるにしても時間るのは避けられない。
「そこを考えるのが君達の仕事だろう――と言いたい所だが、今回は私が即戦力になる人物を用意しておいた。もう呼んでいる」
「そうなのですか大総統。しておいたと過去形ということは、まさかここの場に?」
「ああ、既に来ているよ。さあ、出てきてくれたまえ」
しかし、大総統の呼びかけとは裏腹に件の即戦力が現れる気配はなかった。
大幹部たちは肩透かしをくらい、つい脱力してしまう。
「来ないですわ」
「来ないな」
「来ないわね」
「来ませんね」
「来ませんな」
「あれー、おかしいな。そんなハズは……」
大幹部達が訝しむ中、幹部たちの頭上から声が降って来た。
「何処を見ている? 私はずっとココにいる!」
「まさか上に!? わたし達全員が気付かなかったというの!」
驚くシニードリンが上を見ると、そこにはカーキー色の軍服と軍帽を被った少女がいた。
歳はシニードリンと同じか少し下くらい、身長は小柄で、よく見ると大き目のサイズなのか軍服の所々が少々タボついている。
不思議な事に、少女は天井がまるで地面であるかのように、そこに二本の足を立てるだけで平然と立っている。服も髪も帽子も重力は上に向いて働いているかのように垂れ下がってはこない。
「あんなちんちくりんのガキが即戦力だって!? 笑わせてくれる。あんなに弱っちそうな小娘であいつらに敵う訳がない」
少女の姿を見て、ニョルズただ一人だけが嘲笑していた。
「むーっ!」
頬を膨らませ、顔を赤くして怒った少女の敵意は、ニョルズへと向けられた。
少女が小さく跳ねて両足が天井から離れる。
すると、少女をとりまく重力が、ふと向き先を思い出したかのように地面方向へと働きだして、少女の全てを下方向へと引っ張り始めた。
少女は頭を下にしたまま加速しながら床へと接近していく。
落下先は先ほど彼女をあざ笑ったばかりのニョルズ。
少女はニョルズとぶつかる直前、左足を突き出して体を捻ってドリルのように回転させた。
「エスパァァァーーーキィィィーーーック!」
落下の勢いを利用した少女の高速キックがニョルズに迫る。
「無駄だ!」
一方のニョルズは、避けようともせずに余裕の表所を浮かべて少女を迎え撃つ。
それもそのはず、ニョルズの能力は自身を雷へと変えて受け流すことができる。
彼自信の反応速度を超える攻撃か、絶縁体でもない限り、彼に物理的なダメージを与えることは難しい。
「雷化ッ!!」
少女からの攻撃を捉えるニョルズは、既に己が身を雷へと変えていた。
これで少女は、雷と化したミョルズに突っ込むことになり、避けられるばかりか電撃までもらう――と思われた。
「そんな攻撃、僕の雷化した体には効かな――ゲゴラポペッ!?」
少女からの狙い澄まされた鋭いキックが、雷化したはずのニョルズの下顎側部を的確に捉えた。
小柄で華奢な体格はずの少女の放った蹴りは、恐るべきことに標準的な成人男性の体格のニョルズを勢いよく吹っ飛ばして、彼を二転三転バウンドさせる。
さらに、顎を蹴られた事によって頭を激しく揺さぶりを受け、ニョルズに脳震盪を起こすまでに至った。
ニョルズは倒れてピクピクとはしているものの、彼はしばらく目覚めることはない。
少女は倒れたニョルズの顔に唾を吐きかけ、蔑んだ目で見降ろした。
「下品で無礼で愚かな奴め。この私を誰だと思っている。私は大総統に次ぐ者――準総統だぞ!」
大総統の名前を笠に着て自らの事を自慢げに語る少女を、ブロアが真っ先に批判した。
「大総統。大総統の名を騙る、この不遜な娘はいったい何者なのですか。恐れ多くも、大総統に次ぐなどとのふざけたたまうふざけた輩ですが」
ブロアは「いくら即戦力でも、こんな者は不敬罪で罰を与えるべきです」と言って、少女を追い出そうと大総統に迫えう。
「彼女は私の姪だよ。どうだねブロア君、可愛いだろ?」
「はいそうですな。いやー、実に可愛い姪っ子さんだ」
解説しよう、ブロアは『長い物には巻かれよ』の精神により、僅か0.0003ナノ秒のタイムで変わり身することができるのである。
「最低ですわ。大幹部としての誇りは何処へやったのかしら」
「あのおっさん駄目ね。尻尾振っちゃって完全に犬になってるよ」
ウルリカとシニードリンの二名から漏れる呆れの声が、ブロアの耳に届く。
「どうとでも言うがいい。可愛い妻と娘がいる儂は、上司に嫌われてこの地位を追い出される訳にはいかんのだ!」
新戦力として幹部だけの集まるこの場に現れたということは、この準総統と名乗る少女は大幹部と同格に扱われる存在となる。
ともなれば、新幹部の準総統を迎える為に大幹部枠を空ける必要が出てくる。そうなれば、大幹部の残存ポストをかけた蹴落とし勝負の必要が出てくる可能性は十分にある。
現状の最高幹部の地位を守るため、早くも大総統に媚びを売っているのだった。
「ブロア、あなたは仮にも五大幹部のナンバーワンではありませんか。不必要に脅えすぎです。私達年長者が情けない姿を見せるのは如何なものかと」
横からミュルトンがブロアをたしなめる。
「お前もか、こういうことは用心するに越したことが――」
「ミュルトンの言う通りだよブロア。それに今回の所は、あくまでもアトスに新戦力を迎え入れるだけの話だ。幹部の地位をどうこうしようなんて考えていないから安心してくれたまえ」
「そうなのですか!? そうならそうと仰ってくれればよかったのに。いやはや大総統もお人が悪い。あっはっはっは!」
大幹部解任される危惧がなくなってブロアは一安心、元の調子が戻り、ゴマをするのを止めて高笑いをはじめた。
先ほどまでの態度とは打って変わって、準総督を恐れた様子もなくバシバシと背中を叩く。準総督から嫌な顔を向けられるも、ブロアは全く気にしていない。
ブロアという男、実に調子がいいことこの上ない。彼の態度は揺らめく炎のようにかくも傾きやすいのだ。
「いくらなんでも、ちょっと強く叩き過ぎじゃないの?」
準総統を心配したシニードリンがブロアに声をかける。
「上に立つものは心が広くなければならない。少々の粗相や慇懃無礼なら構わない」
「ほら、彼女もそういっていることだし、他人が勝手に口を挟むようなことではないのだ……あ」
調子に乗ったブロアがバシンと準総統の背中を強く叩くと、彼女は転んでしまった。
片や大柄な中年男性、片や小柄な少女。体格差を考えれば当たり前のことだ。
ブロアは凍りついたように固まり、他の大幹部は彼女を心配して周りに集まった。
「痛くなど……ぐすっ……ない。私は準総統、大総統に次ぐものがこれしきの事で……ぐすっ……、泣くものか……ぅぅ」
準総統は強がっているものの、嗚咽も、涙の浮かぶ赤くなった目も全然隠せていない。
「あーらら可哀想に、膝を擦りむいちゃって、ここなんて血が滲んじゃってるよ」
準総統の膝は、シニードリンの言った通り、擦り傷が出来ていてじんわりと赤くなっていた。
「ブロア、君はしばらく謹慎ね」
――ガシャン。
と、大広間に鎧が崩れ落ちる音が悲しく響いた。




