―chapter7 電化製品は叩けば直ったあの時代―2/2
「さあ、あくじ。洗脳される準備はいい?」
「ちっとも良くないけど!?」
ふへへ、逃げようとしたって無駄なんだからね。
わたし――シニードリンは、記憶を失くしたあくじを、逃げられないように洗脳装置にしっかりと拘束具で固定していた。
さっすが、宿泊場所とはいえ悪の組織が運営する施設。洗脳装置の一つくらい簡単に配備してある。
あくじはこれから自分の身に起ることを予期して、動かせない身体を懸命に動かそうともがく。
しかし悲しいかな。どんなにあくじが暴れようとも、固定された手足が痛く食い込むだけで徒労に終わる。
こんなことして、ごめんねあくじ。でもこれも、全ては記憶が戻らないあくじの為にしてあげていることだから。
さあ、あくじの頭に付けるに電極は全て繋ぎ終わった。これで後は、洗脳装置の横についている赤いレバーを降ろすだけ。
「ちくしょう、拘束している金具が食い込んでほとんど動けない」
そりゃもうしっかりと、洗脳装置に固定させましたから。
「ちょっと、シニードリンさん。装置の取説は読みましたの?」
あんな分厚いマニュアルなんて、読む気にはならない。
「いんや、全然読んでないよ。だってわたし、活字が嫌いだもん」
「正しく使っても、ろくでもないってことは分かっているけど、使うならせめて正しい使い方をしてー!」
「大丈夫だって、大丈夫、大丈夫。使えばなんとかなるから。
わたしは、取説を読まなくてもGコード録画ができる女だよ」
ちっちゃい頃、日曜の朝番組を起きて見るのが辛くて、代わりに録画するために鍛えた腕は伊達じゃない。
「色んな意味で、聞いた後は不安しか残らない発言だー!」
「シニードリンさん。せめて取説の注意事項だけでも呼んでおきなさいな」
冷や汗をたらすウルリカからの横やりが入って、わたしは握りかけていたレバーの柄を一旦離した。
ウルリカが心配する気持ちは分かるけど、そんな心配はご無用。
だってわたしは……。
「必要ないって。わたしはレコードの針を交換することができる腕前があるんだよ」
「…………」
「…………」
その言葉に、あくじとウルリカが不安な面持でわたしを見た。一体どこが不満があるというのか。
だってすごいでしょ? 今時、レコードを扱える人だって少ないのに、それが針の交換まで出来るんだよ?
「やはり、ここは私が代わりをするしかないようですわね」
「洗脳される身としてもぜひ貴方でお願いします」
なぜかウルリカとあくじが共謀して、わたしが装置を扱うことから遠ざけようとする。
せっかく、このわたしがしてあげるというのに。
わたしの役目を奪ったウルリカは上機嫌だ。
「オホホ。これであくじさんに洗脳をかけて都合よく調教することができますわ。――ジュルリッ」
「わー! この人も危ない人だった! チェンジ、チェンジで!」
どっちに代わっても、洗脳装置をあくじに使うことは変わらないので、本人の要望もあって、わたしは洗脳装置を作動させる役割をウルリカに譲る。
「洗脳装置は多量の電気エネルギーを消費します。あらかじめ、施設のブレーカーは使う場所は覗いて全て落としておきましょう」
わたしは取説の分かりやすい場所に書かれていた注意事項その一を読み上げた。
「していますわよ」
続いて、その二。
「電極は正しく繋ぎましょう。面白がって局部や乳首などの、変な場所に繋いてはいませんか?」
「していません」
お次はその三だ。
「洗脳装置についているランプが全て緑色に灯ったら装置の準備は完了です。後はレバーをガコッと降ろしましょう」
「ランプは……緑色のランプが点いていますわね。よいしょっ」
――ガッコン。
ウルリカの手によって洗脳装置のレバーが降り、装置が低い唸り声を上げて起動を開始した。
あくじの頭上に位置するニューロンシグナルチェンバー内に電気が蓄えられてゆく、この蓄えられた電気を生体電気として擬似的に流し込むことによって洗脳が行われる。
洗脳が始まるあと一歩手前で邪魔者が入り、洗脳装置が破壊される。
「そこまでだ! アトス!」
「――ちょっ!」
隠し通路に繋がっているはずの洗脳装置部屋の出入り口を破り、アーマーズが侵入してきた。
洗脳装置を炎を吹き、煙を上げて、火花を散らすこんな姿にしたのは、やってきた彼らの仕業によるものだ。
「どうしてこの場所を見つけましたの」
ウルリカがアーマーズにここまで来られた理由を尋ねる。
あくじを攫った際に、追手は完全に撒いてからここに来たはずなのに。
「あくじ君が攫われた際に、ピンクがこっそり発信機を付けておいてくれたのさ」
わたしの疑問をレッドが答えてくれた。ありがとう。
それはそれとして、この状況は非常にまずい。
屋内ということもあって、今いる場所はそんなに広くない。わたしもウルリカも攻撃と言えば大技ばかりで、十分な力を発揮して戦う事ができない。
しかも頭数があちらが五つに対して、こちらは二つと不利な事しかない。
ともなれば、方法は一つしかない。
「あくじを今はお前たちに預けておく。しかし、また必ず取り返しにやってくるからな」
戦略的撤退あるのみだ。
あくじをアーマーズから取り返した時に、あくじは平気だったみたいだから、しばらく預けていても平気だと思う。
だから、あくじを取り返す機会をまた窺えばいい。
「じゃあね」
「逃がさない!」
逃げだすわたしの事を捕まえようとアーマーズのメンバーが飛びかかる。
そこでわたしは、ウルリカを突き飛ばし、襲い掛かるアーマーズへと送る。
「あわ、あわわっ! ――ですが、なんのこれしき」
ウルリカが胸を反らせて重心を後方へと移動、転倒しようとする体をなんとか踏みとどませ、アーマーズへ突っ込んでいくの回避した。
ちいっ。あわよくば、目障りなウルリカを自ら手を汚すことなく始末できるチャンスだったというのに……しぶとい奴め。
「シニードリンさん。貴方、こんな時にまで……」
わたしに突き飛ばされたウルリカが何やらギャースカ言っているけど、わたしはそんなことよりもっと鬱陶しいことがあった。
――ボイーン。
わたしの眼前で、ウルリカの豊乳が揺れていた。しかも胸を突き出す形で踏ん張っているから、ただでさえ大きいウルリカのものが強調されていた。
揺らすことが出来ないわたしに対する当て付けか、この野郎!
「このことは、本部に帰ったら必ず報告させていただきま――ギャヒンッ!」
「さっさと倒れろ。バカボインめ。それと死ね」
わたしは絶妙なバランスで倒れないように保っていたウルリカの体を背中から蹴飛ばした。
「せっかくのベストショットに何をするんだ、この洗濯胸板女!」
この状況にも関わらず、ウルリカの胸を鑑賞していたらしい。
まさかのアーマーズのグリーンから野次を飛ばされた。
「悪かったね。洗濯胸板で……」
――ゾクリ。
背筋も凍るような殺気がとぶ。
そこには、そんなグリーンの野次を聞いて、わたしと同じく貧乳保持者であるイエローがグリーンに殺気のこもる視線を向けていた。
向けられていないはずの、わたしにまで伝わって来る程の凄まじい間での殺意だ。
「いや、イエローに言ったんじゃなくて……」
「あぁん?」
――ゾクリ。
再び、イエローの刺すような冷えた殺気が届く。
「さーせんでしたーっ!!」
そんなつよい殺気を当てられて、グリーンは屈服。体育会系のような喋りで謝罪の言葉を述べつつ、直立姿勢からの腰を110度に折り曲げる完璧なザ・謝罪スタイル。
鮮やか過ぎるまでに、それは無駄の無いキレのある流れの動きを見せていた。
「喧嘩は駄目ですよ」
「今は揉めている場合じゃないぞ」
「…………落ち着こう」
「これが落ち着いていれるか!」
これをみて残りのアーマーズメンバーが仲裁に入る。
思っていたのとは違うけど、一応アーマーズの気を他へと引く事に成功した。意識を他に向けいている間に、早くここからおさらばしーようっと。
わたしが出口に足を向けたそのときだった。
――ズン。
上の階で大きな音がして部屋の中が重く揺れた。何が起こっているのか知れないけど同じことがあればここが崩れ……。
――スゥン。
もう一度大きな揺れ襲って、部屋は、軋んで、たわんで、そして潰れた。




