―chapter3 戦闘員の休日もしくは……(後編)―
「あー、くー、じぃぃぃーーーー!」
その声を聞いたとき、俺の背筋が凍りついた。いや、凍りついたのは俺だけではなかった。駅で行き交う周囲の人々も皆、ピタリと歩を止めて固まっていた。
何とかして、首を恐る恐る声のほうに向けると、まず視界に映り込んだのは腰まで届くほどの長い髪、さらに向けると、俺へ見据える気の強さがこもった瞳を向けていた。
「ぎ、銀子。これは、これは違うんだ」
しまった! なんでやましいことなんて無いのに、言い訳する男みたいになってるいんだ俺! そもそも違うって何が!?
「へぇ~、かわいい子じゃない。私がせっかくデートなんかに誘ってやったのにすっぽかして、余所の女とだなんていい度胸ね! しかもご丁寧に、人助けなんてご立派な理由を付けちゃって!」
今の銀子から伝わって来るものは、純然たる殺意だった。
「俺はメールで書いた通り、この捺香さんと彼女の落とし物を一緒に探していただけだって」
「捺香……もう下の名前で呼んでいるんだ」
銀子の放つ殺気がいっそう濃くなった。
「銀子。彼女の名前は串枝捺香さんと言って……」
「彼女? それはいったいどういうことなのか説明して」
だめだ、これ以上俺が口を開いても、ろくなことが無いような気がする。ここは捺香さん。説明をお願いします。俺は必至な目でもって、捺香さんにアイコンタクトを送ってフォローを頼もうとする。
「そんな……彼女持ちの人をお茶に誘っちゃたんですか私……。彼女持ち……彼女持ち……」
当の彼女は、銀子の殺気にあてられてしまったのか、上の空でぶつぶつ言いながら、ぼんやりとしてしまっていた。
「捺……串枝さん。起きてください。彼女は俺の彼女じゃなくて、ただの幼馴染なんですって。だから起きて――!」
「ふ~ん。あくじにとって、私はただの幼馴染だったんだ――へぇ~」
わ~、バカバカバカか俺は。せっかく、捺香さんの下の名前を回避して話せたのに。今の状態の銀子にうかつなことを言ってしまったら、火に油どころか、ジェット燃料をブチ込むようなもんだろうが。
何故か口をついて出てしまった否定の言葉を悔やみつつ、事態はさらに炎上していく。
「ちょっと旅行へ行こう二人で。……地獄巡りに」
「彼女さんじゃ……ない? だったら私にもチャンスが……」
銀子方は深い闇へ、捺香さんの方は意識が戻ってきたが、何やらブツブツ呟いている。
捺香さんはまだ、若干怪しい状態だったが、それでもチャンスだ。
(本当に、落し物を探していただけだったんだと説明してくれ)
俺は再度アイコンタクトを試みる。
「うん。分かった。銀子さん、で合っていますか」
俺との意思疎通が成功したらしく、捺香さんは銀子に話しかけた。
そうそう……そのまま誤解を解いてくれ。
「私、初めて男の人に優しくしてもらいました。それがとても嬉しかった……」
ン? アレ? オカシイゾ。
「だから、このアクジさんが好きになりました。あなたには渡せません!」
…………。
…………。
――――。
「「!!」」
「「えっえええぇぇぇぇぇぇええええ!!」」
俺と銀子は揃って驚く。
「何をナニを下のよおおぉぉぉぉ」
「ポッ(頬を染めながら)」
「落ち着け! 落ち着けって、何もナニもしてねーよ」
優しくされたってアレだろ? 落し物を一緒に探しただけでか? それ位で惚れるって、どれだけ男に免疫が無くて且つ、優しくされなかったというんだ。
「ナニも無いの! 無いの! 無いのぉぉぉ!」
無い無い無い。落ち着けって、だから。
心当たりどころか完全に無縁なのに、既成事実なんてものをでっち上げられてたまるか!
「なーんだ。無いんじゃない。どーせ、そんなことだろうと思ったわよ」
今さっきまでむっちゃ騙されていたよね? 銀子。
「大体、私の方はずっと前から好きだったんだから、そう易々とはあくじを渡せないわよ」
「えっえええぇぇぇぇぇぇええええ!!」
今度は俺一人だけが驚いていた。
いやっ、分かってはいたんだよ? 銀子の好意を昔っから。
俺だって近いうちに告白なんてものを考えてなくもなかったんだよ。たださあ、驚いたのはそういうことじゃなくて……。
「見て見て生の修羅場」『痴話げんかナウ』「男の子が二股かけていたんだってさ」「こんな昼ドラみたいなドロドロ現場ってあるんだ」「刺しちゃえ刺しちゃえ」「駅員さーんこっちです」「もしもし、警察ですか」
既に周りには沢山の人だかりができており、ある人はこの修羅場の行く末を、ある人は場を煽り、ある人は人をさらに呼び込み、ある人はこの場を沈めるための一次策をしていた。
こんな状況で告白をすることなくない?
とにかくここに居つづけたら、間違いなく面倒事が増すことは確かだ。
「おい逃げるぞ! ちゃんと掴まれ」
「きゃっ!」
「ちょっ!」
とりあえず喧嘩中の二人の手をシッカリ掴み、すたこらさっさと現場からにげだした。
* * * * *
「アクジさんって、自分に正直で心の裏なんて作らないのが良いですよね」
「そうなのよ。あんた確か捺香だっけ? さっき会ったばっかのくせに、あくじの事よく分かっているじゃない」
信じられますか? 今は小粋に喫茶店でアッサムティーなんてものを嗜んで楽しく談笑していますが、あの二人、さっきまで修羅場っていたんですよ。
「気に入ったわ。私とあなたのケータイのアドレスを交換しましょう」
「私もお願いしようと思っていたんです」
女心は複雑怪奇。俺の事について二人は激しく討論し合って、突然二人の間に「へっ。お前やるじゃないか」「そっちこそ」な感じの、まるで男同士みたいな友情の生まれ方をして意気投合してしまった。女心なんて言ってみたが、絶対女心じゃないと思う。
すでに机はガールズトークの場と化しており、男の俺はただただ疎外感を感じるだけだった。
ふと視線を感じ後ろを見ると、いたたまれない感じで可哀そうに俺を見るおっさんがいた。余計なお世話だよ!
「あくじ! あたしたち二人を惚れさせたんだから、ちゃんと責任取りなさい!」
「そうですよ! もしも、片方だけを泣かすことがあったら承知しませんからね!」
仲良く喫茶店を出た二人は、当初の予定通りデパートでショッピングを満喫し、俺は二人の荷物持ちに任命されたのだった。
がんばれ俺! 男は甲斐性だ!
周りの反応を見るに、どうやら、あの時の俺の背中は心なしか煤けていたらしい。
チョロインなヒロインの新キャラが出てきたchapter3でした。
オチが、すんくご都合気味なのはご愛嬌でお願いします。
全体での構想の中では1話はまだまだ「起」部分なのでキャラにスポットが当たるのは先です。○○の話が見たい。なんて人は気長に待ってください。
では、chapter4でお会いしましょう!




