―chapter3 面白い旅行の条件は移動時間でも楽しめること―2/2
彼女ら曰く、同時に歌えば、どちらが劣っているかが歴然とするそうな。
「じゃ、任せたよあくじ」
俺が二人の仲裁役ということで、カラオケ勝負の審判役を務めることになった。
「もし不平なんかして、シニードリンさんが勝つような真似をしましたらどうなるか、分かっていますわよ――ねぇ?」
「ちょっと、あくじを脅さないでよ。ねーあくじ、。もしもわたしが負けたら、腹いせにあくじのパソコンのDドライブを初期化してもいい?」
「おい、露骨すぎんぞお前ら! どっちが勝っても負けても、俺に八つ当たりが来るじゃねえか!」
キル・オア・ダイ。そうともとれる二者択一を迫られた。
選ばせるつもりがないなら、俺にどうしろと?
「だいたい、この勝負はシニードリンさんの方が有利じゃありませんの。あなたは、そこの戦闘員と幼馴染じゃないですか。だったら不利な判断を、私に下してもおかしくありませんわ」
「俺は公平にしますけど」
銀子の勝負に、俺が特に肩入れをするつもりはない。
「ふん、口では何とでも言えますわ」
「それは違うよ!」
「銀子、お前が言っても……」
「――あくじはわたしの旦那さんだよ」
「お前が訂正したいのはそっちかよ! しかも、全然訂正になってない上に捏造はやめろ!」
「結婚ですって!?」
「いや、だから根も葉もない真っ赤な嘘だから」
はい、そこ信じない。さっき当の本人が、捏造だって否定したよね?
「あら、そうですの、わ、私は始めから嘘だと見抜いておりましたよ」
嘘だろうな。だってウルリカの目は、分かりやすく泳いでいる。
「ともかく、勝負を始めますわよ。アクジさんお願い!」
歌う曲まで反りが合わない二人は、歌う曲をランダムにすることを選んだ。お互いに知らない曲だった場合はやり直しとなる。
ただし、片方が知っている曲の場合は続行となる。運も大切な要素となるわけだ。
歌本を開き、カラオケのリモコンから適当に目に入ったリクエスト番号を入力。待機状態だったカラオケの画面が暗転した。
数秒待つと画面が再び点くと、入力した曲名が浮かび上がる。
入力した曲、果たしてその曲名とは……。
『哀れ貧乳娘の没落人生とその末路』
やっちまった!
けど誰だよ、こんな酷い歌をカラオケマシンに入れた奴は。
タイトルの酷さもそうだけど、この選曲はどう考えてもここにいる特定の人物を狙った悪意としか思えない。
「ちょっと、なんなのよその酷い選曲は! 絶対にわたしのことを狙って選んだでしょ。なんてものを選んでくれたのよ!」
身内びいきの目でみたとしても、決して有るとは言えない胸を持つ特定の人物(銀子)が、悪意ある選曲に俺の胸倉を掴んで早くも怒ってらっしゃる。
「ですが、私は知っていますわ。明るく笑えるコミックソングですのよ。
きっと楽しいことになること請け合いですわよ。こんなこともあろうかと、練習したこともありますの」
どうやらウルリカは知っている曲らしい。これで残念ながら歌の続行が決定した。
ウルリカが、腕組みをしてその豊満な胸を持ち上げる。これにより、彼女の巨乳は強調される事となり、対照的に貧乳であるギンコは更に貶められる。
胸を嫌いな相手に強調されて殊更悔くなったのか、銀子も腕を組んでウルリカの真似をした。
しかし、悲しいかな。シニードリンがいくら組んだ腕を持ち上げようとも、持ち上がるのは寄った服のシワだけだった。
この時、彼女の目の端に微かに浮かんだ雫の正体には触れないでおこう。それがきっと優しさだと思うから。
バスが付いたらシニードリンの心ケアをしておこう。
イントロダクションが始まり、こうして巨乳から貧乳への残酷な公開処刑が開始された。
歌詞の内容は、それはもう酷いものだった。歌詞の随所には、つるつる、ぺたぺた、ナイチチ、まな板、洗濯板、ぺったんこなど、貧乳を想起させる言葉が散りばめられ、軽快なメロディーにミスマッチな貧乳への滑稽さと自虐がシュールな笑いを引き出している。
これには堪らず、観客である乗員は笑い出す。
しかも、ウルリカの歌唱力は普通に高かった。歌に合わせて緩急を付け、声色を変え、時にはアドリブを織り交ぜて熱唱する。
みんなはノリノリになった。
――ただ一部を除いて。
「銀子、大丈夫か?」
「ふえ、あくじぃ……」
この空気はまずいと感じた俺が、シニードリンへと顔を向けると、そこには羞恥で顔を赤く染める可愛い女の子が居た。
俺は吸い込まれるように少女へと手を伸ばし……冷っ!?
触れようとした指先に冷たいものを感じて慌てて引っ込める。見れば、伸ばした手に霜が付いていた。
いや、手だけじゃない。さっきからシニードリンの座る側が冷たいと思ったら、服やシートにも霜が付いていた。
「あくじぃぃぃ」
「ぎゃあぁぁぁ。その状態で抱きつくな。しバれるゥゥゥゥ」
「おーほっほっほ。良い気味ですこと」
周囲が霜を張るほどの冷気をまとった状態で、銀子が俺に抱きついてきた。
ウルリカは悔しさで瞳を濡らす銀子と、寒さに苦しむ俺をみて愉悦に浸っている。
寒い、寒い、寒い、寒い、寒い! ジンジンと寒さが針のように突き刺さってくる。
「やっぱりあくじは昔っからあったかいなー。わたしの体、温泉に浸かったみたいにぽっかぽかになっていくよぉー」
「それは俺の体温を奪っているからだ」
俺はそろそろ、首から下の感覚が無くなくなりつつあるんだが。
ああ、なんだか眠たくなって……。
徐々に重たくなる瞼には耐えきれず。そこで俺の意識はプツリと事切れた。その後、俺はバスが宿泊先に辿りつく昼までの間、気を失う事になる。
* * * * *
俺が目覚めた時、そこには銀子とウルリカを除く全員が車内で座席から投げ出されたかのように倒れる光景が広がっていた。倒れている誰もが青白い顔を見せていて、非常にグロッキーな状態だった。
被害者の口から漏れ出る呻きからは阿鼻叫喚が漏れ出し、当事者たちにとってよほど強烈なトラウマを植え付けられたものと思われる。
結果、精神的にこれ以上旅行を続けることが困難だと判断された人間は、早々から途中棄権が行われた。
こうして旅行初日、しかも半日目にして、俺と銀子とウルリカを除く全ての旅行メンバーが居なくなる事態が発生した。
ある意味取り残されてしまった俺は、果たしてこの二泊三日の間を無事に乗りきれるのか。まだ一日の半分しか経っていない開始早々から、脱落しかねない現状に早くも心配になってきた。
来たバスで帰って行く仲間達を見送り、俺は今回の旅行の宿泊施設である洋館に改めて向き直す。
屋根が高く尖がっている如何にもな、ザ・洋館だ。
この建物で殺人事件が起きたとしても、全く違和感がない。
事前に配られた旅のしおりによると、この洋館には人が居ないものの、設備や備品等は好きにしていいのだという。
屋敷の後ろは整地された林と小さな山が、前には綺麗な海と砂浜が広がっている。レジャーにはもってこいの立地といえる。
「ねぇねぇ、あくじ。ここの天井、スッゴク高い!」
荷物をバスから降ろしたのを放置したまま、持っていくことも忘れて真っ先に洋館に入って行った銀子が、テンション高くはしゃいでいる声が奥から聞こえる。
「こんなホコリ臭い場所で、シニードリンさんと三日も過ごさないといけないなんて最悪ですわ。アクジさん、荷物持ちをよろしく」
ウルリカはナチュラルに自分の鞄を俺の前に置いて、中に入って行った。お前もかよ!
各々が好きに決めた部屋に、荷物を置くと、夕方まで自由行動になった。
というか、当初との人数が減り過ぎて、出来る事が減ってしまったというのが正しい。
銀子は部屋に入るなり、四十秒で水着に着替えて早々に海岸に走って行った。
ウルリカもまた、銀子を追いかけて直ぐに出て行った。その時のウルリカの顔が露骨に何か企んでいる悪い顔が出ていたのが、不安で仕方が無かった。
洋館で一人になった俺は、夕飯は海岸でのバーベキューで、洋館には都合よく釣りざおも用意されていることだしと、竿を手に取った。
「さあ、俺もそろそろ海に向かうか」
ドゴォン!
そういって出た時、目の前の砂浜が大きな音を立てて爆散した。
次回はいよいよバトル回。
じゃあまた明日。




