―chapter3 戦闘員の休日もしくは……(前編)―
地獄のような特訓の日々にも息抜きはある。出撃の数日前に銀子が休息日をくれた。
その日の前日に、俺は銀子に、「あくじ。ちょっと買い物に付き合って」と頼まれたので、駅前のデパートで待ち合わせをしていた。
銀子はおめかししてくると言って、いったん元の家に帰っり、服を決めるのに時間がかかって遅れてくるらしく、俺は一人で待ちぼうけをしていた。
「ん? なんだろう?」
暇なので、あまり動いていない範囲で辺りをウロキョロしていたら、腰をしゃがめている少女がいた。
俺と同じくらいの歳に見える少女は、地面を注意深く見つめて、まるで落とした何かを探すかのようにしている。
少女の見た目は綺麗だし、下心が全く働かなかったとは言えなかったのだけど、それよりも、手のかかる幼馴染を持っている性で困っている所を見ると放って置けなかった。
「そこの御嬢さん、何を探しているんだ?」
悪の組織になんか入っているけど、別に俺は冷たい人間なわけではない。困っている人がいれば手ぐらい差し伸べる。
「あなたはいったい、だれですか?」
少女は俺を訝しんだ目で俺を見つめた。
当然か、知らない男にいきなり話しかけられたら、誰だって怪しく思うよな。
「いや、君が何か探し物をしているみたいだったから、力になりたいと思ってさ。落とし物を探していたのであってる?」
少女は怪しんでいたが、それでもゆっくりと頷いて質問に答えてくれた。やっぱり落し物で合っていたのか。
「良ければ、探すのを手伝わしてくれないか? もし、落し物を触られるのが嫌なら、見た人がいないか聞くだけでもいいだろ? だから手伝わせてくれ」
「そういうことなら……分かりました」
相手に俺の善意が伝わったようで、相手は少し警戒を緩めてくれたようだ。
「それで、どんな物を落としたんだ?」
まずは、落し物が何なのか分らないことには探しようがない。
「これくらいの大きさのカードで……」
少女は指で四角を作り、文庫本サイズの大きさを示す。カードとしてはちょっと大きめだ。
「色はピンクに白のラインが入っているんです」
地味ではなく、ちょっと派手目だな。それなら目につきやすいかも。
「落とし場所に心当たりはない?」
「確か駅を降りた直後はあったんです。でも駅を出てからすぐに気付いて、戻って駅員さんに尋ねたんだけどそんな落し物はまだ来てないって」
「よし行こうか。まずはもう一度駅員さんに聞いてみよう。もしかしたら入れ違いに届いているかもしれない」
俺は探し物の旨を銀子にメールで送り、待ち合わせ場所を離れて駅へ向かった。
「あれが無いと、私、クビにされるんです」
「それは何として見つけないといけないな。それにしても、俺とそんなに変わらない年に見えるのに、君はもう働いているんだ」
クビという単語がちらついて穏やかではない話に、俺も気持ちを改め直し、同時にまた、俺と変わらない歳に見える彼女が社会人だったことに驚く。
「そうなんです。私は社会人ですよ。それで、そのカードというは社員証みたいなもので、しかも個人情報から機密事項まで入っているから大変なんですよ」
機密事項とはまた大層な。いったいどんな関係の仕事をしているんだろう?
「いったい、どんな仕事なの?」
ほんの些細な好奇心に動かされて何気なく聞いてみる。
「それは……」
「やっぱりいいや。機密事項なんて言葉が出てくる位だから、無理しなくていいよ」
答え辛そうな顔になった少女を見て慌てて考え直し、質問を取り消した。
「良いんですよ。答えられる範囲で言いますから。わたしは、しいて言うなら警備関係の仕事をやっています」
そうか、警備の仕事なら、確かに大っぴらにできないことがいろいろあるか。警備情報が犯罪に利用されても困るし。
「ごめんね。さっきは無神経な質問をして。困ったでしょ?」
「優しいんですね」
「何をいっているんだよ。元々俺が言い出したことじゃないか。自分で自分のフォローをしただけさ」
「それ、自分で言うことじゃないです」
「一応名前を言っておくよ。俺は山田アクジ。君は?」
「私は枝串捺香。枝葉の枝に竹串の串。名前の方は、奈良の奈に手偏と香りの香で捺香です」
少女は人柄が良くて、警戒時が嘘かのようにあっさりと打ち解けたのだった。
* * * * *
「ありがとうございました」
俺と捺香さんは二人で、駅の職員さんに頭を下げていた。
あれから探すこと数分後、俺たちよりも先に、親切な人が落し物を見つけて届けてくれていた。
見つけた人にもお礼をきちんとして時計を見ると、遅れてくるといって変更になった待ち合わせ時間から少々過ぎてはいるものの、まだ許される範囲内に済んでいた。
「ところで、もしよかったらでいいんですけど、今度時間があればお礼をしたいので一緒にお茶しませんか?」
結局俺が見つけたわけでも、見かえりが欲しくて人助けをしたわけでもないからいいのだが。もらえる好意はありがたく貰うのがポリシーだ。
「分かった。それじゃ来週のこの時間ならどうだ?」
特に断る理由もなかったので快諾した。
「あっ、それなら大丈夫です。じゃあ、その時間にしましょう!」
これでまた一つ、女の子のいい笑顔を見ることができた。偽善なのかもしれないけれど親切にするっていいよな……。
「あー、くー、じぃぃぃーーーー!」
その声を聞いたとき、俺の背筋が凍りついた。いや、凍りついたのは俺だけではなかった。駅で行き交う周囲の人々も皆、ピタリと歩を止めて固まっていた。
―chapter3 戦闘員の休日もしくは修羅場(前編)― 続く。
chapter3は力を入れているので文章量が多くなり、やや休憩をはさんでの読文がし辛いと思いこのような形になりました。
それと話の進行状況上、現在(投稿日)タグ付けしていませんが、主人公ハーレム構想が密かに企まれています。
また次回で!