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ノンヒーロー/アンヒロイン  作者: Iso Rock
第三話 開園!謎のランドの正体とは?
34/64

―chapter6 小休止と誰かと誰かと誰か達―

 ぐぅー。

 お腹が空いたのが気になって腕時計で時間を確認すると、指針の示す時刻は昼と呼ぶにはやや早かった。

 もう三つ四つくらいはアトラクションを回ったし結構並んだ気もするけど、まだそんなに時間は経っていなかったのか、意外だ。

「あくじさん。まだ早いですけどお昼にしますか?」

 俺のお腹の空いた様子も見て、気使ってくれる捺香。

「俺は確かにいいんだけど、捺子の方はお腹空いていないんじゃないのか?」

 俺はともかく捺香の方はお腹空いてないような気がするから、今からにしてもそんなにご飯は入らないのではないだろうか。

「アクジさんほどでないにせよ、私も普段ならそろそろお腹の空き出す時間ですから気にしなくてもいいですよ。それに今から食べておけば、ランチタイムになったら並ぶ人がへって早く乗り物とかにも乗れそうです」

 そうか、それなら早めに食べるのもいいかな。

 時間をうまく使って一杯遊びまわりたいもんな。

「それじゃあ、早い気もするけど昼飯にしよっかな!」

「ですね!」

 こうして早めの昼飯をする事が決まった。

 フフフ。女の子、デート、遊園地、昼飯、これだけのシチュエーションが揃っていたら、これからのお楽しみイベントなんか決まっている。

「あのですね、アクジさん。これからご飯をどこでするかの話なんですけど」

「そうだね、パンフレットだとどのお店も美味しそうな料理が写っていてよさげだけど……」

 よし! このタイミングだ!


「「もしよかったら、今日私が(俺が)作ったお弁当を食べませんか(ないか)?」」


 二つの声が重なった。 

「へ!?」

「え!?」

 またもタイミングがピッタリで重なるお互いの声。

 その後は互いに困惑により沈黙が空気を包む。

 園内で食べるご飯もいいけど、屋外で食べる弁当もいいよねとか、そんな話だよな?

 うん間違ってはいない筈だ。

 だけど何でだ? 

 それならばどうして場が奇妙な雰囲気になっている?

 いや、分かっているんだ本当の所。

 サプライズに手作りの弁当を持ってきて『料理のできる男アピール』をしようと思っていて黙っていたのが悪いんだ。

 捺香の方も俺を驚かせたかったんだよな、きっと。

 お互い、事前にお昼をどちらかお昼に弁当を用意すると言っておけば良かったんだ。そうすればお弁当がダブる不幸な事故は起きなかった。

 しかし、待てよ?

 事故とはまだ決まっていないじゃないか。ただお昼ご飯の量が増えただけだ。

 捺香が用意してくれた弁当を、ちゃんと味わって食べることができれば問題はないんじゃないか?

 幸いにして俺は結構食べる方で、捺香が自分と俺との分で二人前だったとして、自分の用意したお弁当を含めて三人前だとしても余裕で完食できる。

 よし、いける。これで行こう。

「心配はないよ。こう見えてもご飯はかなり入る方だから例え弁当が二つになっても完しょ……」

 気まずそうな面持で捺香は無言で荷物の中から弁当を取り出す。

 その弁当箱は黒い漆塗りの重箱で、螺鈿らでんと呼ばれる貝の内側にある虹色光沢をもつ真珠層を切り出して彫刻の部分にはめ込まれた装飾がなされ、同様にはめ込まれた琥珀こはく鼈甲べっこうと相まって美しい。

 何より新品では持ちえない、使いこまれることによってつく独特の味わいがあって、いかにも高級オーラが漂っていた。

 俺の用意した五百円の安いプラスチックの弁当箱とは天と地ほどの開きがあり過ぎる。

 重箱が俺の弁当箱に『おいお前。安物の分際で俺の持つロイヤルオーラに打ち勝てるとでも思っているのか? すっ込め!』と語りかけている。

 ――ことは気になるけど! 遊園地に持っていくお弁当の入れ物としては著しく場違いだとか、どうしてはそんなものがここにあるのかとか気になるけど!

 けど、それはツッコミ所なだけで、問題はそこじゃなく。

 ファミリーサイズの豪勢なお節料理かと思うような重箱の段数で、その数、全部で五段。試しに重さをみるため重箱を持つとズシリとくる。これは何人前のつもりで作られたのだろうか。

 某ラーメン店のオーダー風にアレンジを付け加えて例えるとするならこうだろう。

『ゼンブマシマシチョモランママキシマムファイブレットで!』

 呪文の詠唱っぽくて、もはや注文には聞こえない。

「やっぱり、多すぎたでしょうか。若い男の人って沢山食べるって聞いて用意したんです。けど私、身近にそういった人がいなくて聞けなくて、加減が分からなくって」

 口に出さなくても、顔に出てしまっていたのか、不安な顔を見せる捺香。

「普通の男の人にこれは多すぎる量だけど、幸い俺は結構食べるからこのぐらいなら平気だよ」

 別にお腹一杯に食べなくても簡単にお腹が空くわけでないから大食いはしないだけで、食べようと思えばいくらでもいけるくちだ。

「良かったあ。もしも余ったらどうしようかと思っていたんです。今の時期、弁当を持って帰ろうとしても、その頃には痛んでちゃったりすることがありますし」

「そうだ、お互いのお弁当を交換して食べない? お互い自分の料理の味は知っているから違う味って新鮮だと思うんだ」

「それ、いいですね」


 *  *  *  *  *


 弁当を交換し合う二人を茂みの中から遠巻きに眺める二つの影があった。

 ルカと銀子である。

「あーらら、可哀そうあの子」

「ん? どうしてそうなるんだ?」

「えっ? 知らない?」

「知らないって、当然だろ。なんで僕があんなののことを知っているんだよ。いや、知るはずがない」

「なんで反語表現なのかしらないけど、あくじってば料理を作るのがメチャクチャ上手いんだよ。こうして比較みたいなことしたら捺香はきっと落ち込むよ」

「お前こそ知らないのか?」

「何が?」

「捺香も料理を作るのは上手いんだよ。お前の場合、『少し料理ができる男』なのに補正をかけて『スゴク料理上手な男』にしているだけだろう。

 だけど捺香は違う、冗談抜きで料理が上手いんだ。その上……」

「へぇー。所でその『少し料理ができる男』のレベルってさ、店を始めたら連日行列を作れるもんなの?」

「はい?」


  *  *  *  *  *


「なんですかこの料理は。美味しいです」

「それはポーピエット。フレンチの一般的な家庭料理だよ」

「この玉子とほうれん草とチーズのやつも美味しいし」

「ココットだね」

「このジャガイモやトマトやチーズを入れた厚焼きのオムレツなんかふっくらしていて」

「それはトルティージャ。スペイン版のオムレツね」

「じゃあ、この料理の名前はなんて言うんですか? つかっているのが鴨肉なのは分かるんですけど」

「ああ、それは『鴨肉のソテーオレンジソース掛け』。そのまんまだよ」

「そうなんですか。そのままの呼び方でよかったんですか」

 捺香からの反応を見る限り、俺の弁当はおおむね好評だった。取り分けて、珍しいものでも難しい料理な訳でもないけど、満足してくれているなそれで十分。

 良かった。アトスの食堂で一時期働いていた経験があって、食堂は舌が肥えたのバッカリが集まるところだったけど毎回喜んで食べに来てくれていたからそれなりに自信あったんだよな。


  *  *  *  *  *


「アイツ、なんで戦闘員のクセして、戦闘に関係の無い無駄なところでスペックが高いんだ!? あと料理がいちいちオシャレぶっているのがむかつく」

「戦闘ってついているけど役職じゃなくてそこは怪人名みたいなもんだからね。

 アトスの構成員の大半はあくじみたいな戦闘員で、組織内の仕事ならなんでもさせるから、やってくうちに自然といろいろと出来るようになっちゃうのよ。

 いわゆるジョブローテーションってやつ?

 まあ、その中でもあくじの場合は出来過ぎな気がするけど」

「悪の組織が走る方向性としてはえらく逸脱というか、脱線した才能の持ち主だな」

「本当はそんなこともないんだけど――と言いだしたら丸一日を消化しちゃうから置いといて……」

「なんでそこまで語れる要素があるんだ」


  *  *  *  *  *


「今度は俺が捺香の料理を食べる番だな。いただきます」

 両手を合わせ、重箱へ深くお辞儀をしから俺は箸を掴んだ。

 重箱の蓋を外すと、色鮮やかな料理と食材達が出迎える。俺の弁当が洋だとすれば、彼女の弁当は和だった。

 煮物しかり、キンピラしかり、照り焼きしかり。自然と和食は茶色に染まって彩りを失いやすいものが多い。

 この捺香の弁当も例に漏れず茶色が目立つ。

 しかし、地味という印象は抱かなかった。むしろその茶色が、サヤエンドウや玉子といったもの彩りのあるものを引き立てている。

 俺はとりあえず目についた芋の煮物をとって口に運んだ。

「どうでしょうか。お口に合うでしょうか?」

 自分では美味しいと思っていても、他人の評価ではなるか分からない。美味い不味いじゃなく、単純な好き嫌い、個人の味の好みによって評価は千差万別だ。

 捺香の不安がるその気持ちはよく分かる。

 俺は特に味にうるさい訳ではない。よっぽどの事(例えば、劇物を混入させるような)でも無い限り、とやかく言うつもりはない。

 味の感想を言わせてもらうのなら、味付けが薄い。

 一口噛んだときは、物足りなさを感じた。

 そう、一口目は。

 俺は二口目で薄味だった理由を理解した。

 上品な昆布だしの香り、控えめながらそれでいて野性味のある根菜の旨み。

 そうか、味なんか殆どつけなくてもいいわけだ。素材の持つ味だけで十分に通用する。

「旨い。ありのままというか、素朴な味わいが凄くいい。何よりこんな味で勝負できるってことは、良い材料を使っている証拠だ」

「よく分かりましたね。アクジさん。料理の要の出汁には日高と利尻の最高級品昆布の合わせ出汁、他の使っている材料にも私が用意できるだけの一級品を用意しました」

 食べていて分かる。絶対にこれは近所のスーパーとかで買って来れるような品じゃない。

「よくこんなに美味しい食材を集めれたね。もしかして知り合いに食べ物を取り扱っている人とかがいるの?」

 こういったものはお金を持っている以前に、集める労力の方が大変だ。

 スーパーや近くの店が何でも取り揃えている訳じゃないからな。こういうのは一々自ら駆けまわって集めなければならない。だからこそ『御馳走』と呼ばれる。

「いえいえ、個人契約を結んでいる農家や畜産農家や漁業家から家に届くものばかりを使っているので、そんな大変じゃなかったですよ」

 高級食材を取り寄せる為にあちこちの生産者と個人契約を結んだり、弁当箱に使っているこのいかにも高そうな重箱といい、捺香は一体何者なのだろうか。今更ながら正体が少し気になってきた。


  *  *  *  *  *


「なんなの? あのブルジョワジーは」

「あれだけ一緒に居て、捺香のこと知らなかったの?」

「別に、わたしもアクジも人物は見てるけど、素性自体には興味ないし。というか、あんな金持ちと友人の接点があるアンタも何者なのよ」

「ボクの事はいいだろ、正体だってバレてるんだし。ボクの場合は、友達になったのがお金持ちだった。ただそれだけだよ」

「ふーん、そう。ならいいわ」

「随分とドライだなぁ。少しぐらいは疑わないのか」

「いや、そんなに興味無いし」

 銀子はルカに顔すら向かずにそのまま答えた。本当にどうでもいいことらしい。

「仮に興味があっても嬉しくはないんだけど、無かったら無かったでそれはそれで腹が立つ」

「ねぇ、ところで私もそろそろお腹が減ってきたんだけど」


「…………」

「…………」


「この近くにあるレストランあそこだな」

「あっちのとかもいいんじゃないの?」


  *  *  *  *  *


「いや〜、喰った喰った」

 久方ぶりの感じる満腹感。昼食の弁当は全て空にした。

 趣向を凝らして料理をどう美味しくするか考えるのも良いけど、偶には贅沢してああいった元から純粋に美味しいものを食べるのもいいもんだ。

「満足いただけたようで何よりでした。アクジさんの作ってくれたお弁当も美味しかったですよ。後で料理の仕方とか教えて下さいませんか」

「それくらいお安い御用だよ」

「わーい、ありがとうございます。アクジさん色んな料理を知っているようですから、これを機にレパートリーを増やしたかったんです」

 ただし、その前に確認しておきたいことがある。

「『ポイゾニックトキシン』って知ってる?」

「なんですか? それは」

 何故か俺の身の回りでは調味料じゃないのに調味料として常用する輩が居るからな。

 捺香がそういったのを知らない時点で、使わないことは分かるから一安心だ。

「知らないならいい。あと、ちゃんと料理は教えるから心配はいらない」

「知らなくていいことだっていろいろありますもんね。気にはなりますけど、聞かないことにします」

 捺香は質問の意図について気にしてはいたけど、俺に聞くようなことはなかった。

「次に行くアトラクションをどうしますか?」

 捺香が話題を変えて次に回るところを尋ねる。


「兄貴ぃ。あんなところにカップルが居やがりますよ」

「ああそうだな。しかも、彼女の方は可愛いのに、彼氏の方は似つかわしくない平凡さだ。せいぜい特徴が特徴といった所だろうかな」


 見ず知らずの男とその子分と思わしき二人組が俺達に対して失礼なことを吹っかけていた。

「うあぁ、気持ち悪っ! 男二人のカップルでやってきている奴に言われたくない」

「なんだとぉっ!?」

 初対面相手に失礼な物言いだと思ったけど、初対面相手にも関わらず最初に失礼だったのは向こうの方だ。このくらいは許されないと困る。

「昨今じゃ、『ウホッ! 男だらけの○○ランド』なるエクストリームスポーツが流行っているって聞いたけど、その真っ最中なのか」

 煽りとは、無駄に時間をつぶす上に利点が一つもない。世の中、どの場合でも言えることだが、相手を怒らせて得することは何もない。

 ――のだが、つい、からかい性が出てしまう。

 何故なのだろう。心の声とか本能とかそんなのとは全く違う。何か見えざる大いなる意思が、コイツをもっといじれと囁きかけている。

「んなわけあるか! なんでそんな気色悪いことをこいつなんかと……」

「兄貴にとって俺っちは『こいつなんか』なんですね……」

 あ、子分らしき奴が落ち込んでる。酷い野郎だな。

「お前の子分だろー。泣かすなよなー」

「いや、アレはつい……違うんだ……そうじゃなくて、ああああもう!」

 しどろもどろになる男は、子分をなだめすかすのに一杯一杯になる。

 それでも何とか落ち着かせることに成功したようで、

「兄貴///」

「頬を染めるな気色悪い!」

「気色悪い……」

「ああ、悪かった、悪かった。俺が悪かったから」

 そんなこと全然無かったぜ。

 俺は男のに近づいて、男の肩を軽くポンポンと叩く。

 叩かれたことに気づいた男は、俺の方に顔を向けてくれたので、俺はサムズアップした拳を男の前に突き出してやる。

「ガンバ!」

「誰のせいでこうなったと思ってやがる!」

 きっと、自業自得だと思う。

 これだけいじれば満足だな。ここに留まる理由もないし、次に行こう次に。

 そんなことを考え出していた時だった。


「アクジさん!」

「はいッ!?」

 先ほどまで大人しかった捺香に、いつものではない怒気を孕んだ強い声で呼ばれ思わず弱気に返事をしてしまう。

 急にどうしたんだ!?

「相手が先に仕掛けていたから、アクジさんの最初の仕返しには目を瞑りました。相手の方が悪かったですからね。

 しかしですね、いつまでも男と男の中を茶化すのは如何なものでしょうか。

 私はその……男性同士の行き過ぎた愛情は正直受け入れがたいですが、はら……世の中にはそういったことで肩身の狭い思いしている人は多いと聞きますし」

 優しさは分かる。だがしかし、相手二人を勝手にホモカップル認定している捺香が一番失礼な気がする。

「そうだな。失礼な事いって悪かったよ。ごめんなさい」

「コラ、そこで謝んな! 本当に私たちがカップルだって認められているみたいだろうが!」

「兄貴っ。既に騒ぎを聞きつけた人達の目が多いです。これ以上騒げば……」

 面倒くさいなあ。だったら、本人の謝罪以外に何を望むのだろうか。

「じゃあ、どうすればいいのさ」

「……もう、ここから去ってくれ」

 男は手で目を伏せて言った。可哀想に、捺香の言った通り、余程肩身が狭かったんだろうな。

 ここを退くのならば、お安い御用で。

 食休みは済んで、胃の中はだいぶこなれている。もう走ったり遊んだりしても、気持ち悪くはならない。

「捺香、とりあえず隣のエリアに向かおうか」

「そうですね。ここのエリアにも寄りたい所は残ってますけど、今度のお楽しみにとっておきたいです」

「今日は銀子が居なかったけど、次は皆で呼んで行こう」

「はい。もちろんです。一緒に行きましょうね」

 次はどこにしようかと思いを馳せて、俺たちはその場を後にした。

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