―chapter4 生命科学研究塔―
「もしかして、ここら辺のエリアはちょっと怖めなのが多いのですか?」
フリフォールの熱が冷め止まない捺香。テンションが上がっているのかウキウキした様子で、俺の手元にあるパンフレットを覗きこんでくる。
「ああ、そうだな。お化け屋敷みたいなのとか結構あるみたいだし、数が1、2、3……5つもある!」
前のアトラクションでも思ったけど、ここのエリアの雰囲気はホラー風味が強い。周囲の建物とかの色調も仄暗い感じで統一されているうえに、流れてくるBGMはドナドナしている。
時折、見えないところで建物と建物の間の狭い隙間から手が出てきては、おいでおいでをしている様なのだが、知らないふりをするのが無難だろう。
「本当に、そんなにあるんですか! ちなみに一番怖そうなのはどれですか! どれですか!」
捺香が活き活きとした瞳で尋ねてくる。
「もしかして……そっち系の怖いのも好きだったりする?」
俺は、お化けの類は決して怖いわけじゃない。怖いわけじゃないけど……ね? 碌な気がしない。
「大好物です!」
「……そう。それは嬉しいことだよね」
「はい!」
ホラーに食いつく捺香の表情は、とてもとても輝く眩しい笑顔だった。
「捺香は、次は何処に行きたいの?」
パンフレットには、1〜5つ星まで怖さによって怖さの度合いが割り振られており、怖さの方向性やアピールポイントも一緒に添えられており、一種の目安となっている。
「そうですね……、だったらこことかってどうですか? 生命科学研究塔。キャッチフレーズは『あなたの精神をぐいぐいと抉り取ります』ですって!」
それで、捺香の指さすそれは、恐怖五つ星のホラーハウスだった。
捺香さん。躊躇なくココを指さしたよ!?
「いきなりそれを怖いのを選ぶのは、よくないんじゃないかなぁ?」
「アクジさん。もしかして怖いんですか?」
「べべ、別に〜」
決して怖がっている訳ではない。
これは、真っ先に怖い所を回ってしまうと後がつまらなくなってしまうからという、俺なりの配慮の結果だ。
声が震えているのはアレだ。声を綺麗に聴かせようとビブラートを効かせているだけに過ぎない。
怖い訳じゃない。絶対に怖い訳じゃない。
三度同じことを言ったのはそうじゃないから。
「きっとあの建物の事ですよね」
捺香の指さす建物は、高さ20メートル程のまさしく「塔」。
重厚な黒い石積みの風の造りは地味と言ってしまえばそれまでだが、それとは別に建物の所々の隙間からケミカルグリーンをした「おい、この色した煙を大気中に流して大丈夫か?」と心配くなるものが漏れ出ている。
おかげでこの塔の周辺だけが、煙が漂って空も地面も建物のも緑がかって見えている。
「ココの空気って吸っても大丈夫なのか?」
吸ってしまったが最後、コロリと逝ってしまいそうだ。
「大丈夫なのではないでしょうか? ほら、あそこに」
捺香が指さす方向にはでっかい立て看板が立てられており、そこには……。
『絶対大丈夫。絶対大丈夫だから。この煙に毒性とかそう言ったもの全然ないから。絶対大丈夫だから』
……と書かれていた。
「いやだー! だって絶対大丈夫を三回も使っているよ? アレは十中八九大丈夫じゃないってことだから。絶対とかそんなこと無いって!」
一気に不安が恐怖に変わった。
絶対あの煙を吸ったが最後、ポイズンでトキシックでケミカルでマジカルなことになるって。
「そんな事無いですって。だって先に入っている人がいるんですよ? 出てきたあの人達とか平気そうじゃないですか。全然苦しそうじゃないですよ」
再び捺香が指を指すと、出口から出てくる先に入った三人組みの人たちが見えた。
『俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した……』
『もういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだ……』
『ウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギウギギ……』
(や、病んでらっしゃるぅぅぅぅぅぅーー!!!)
どうしよう。確かに具合が悪いとかそういうのじゃないけど、明らかに精神を病んでいる様にしか見えない。特に三人目なんか、まともな言葉が喋れていない。
キャッチコピー通りに精神どころが、心が丸々抉り取られちゃってるよ!?
「あのーですねー……」
ものっそい反応に困る。
一体建物の中でどのような惨劇が起こったのか想像するに恐ろしく、捺香への反応をどのように返したらいいのか手をこまねいてしまう。
ショッキングすぎる。だってあの三人組の方が、見ている分にはホラーと化してしまっている。三人全員が狂気に憑りつかれてしまった人の顔だよあれは。
「出てきた人が、あんなに怖がるなんて一体どんな仕掛けが用意されているんでしょうね? わくわくしてきました」
出てきたあの人たちを見て、どこに興奮できる要素ってありましたっけ!?
「さあ、早く入りましょう」
「あっ」
興奮で熱くなった手で、捺香は俺の手を強く握り、入口へ向かい俺を少し引っ張って歩き出す。
え? 出てきた人たちを見てそんな認識なの!?
痛ててて。この子精神が強い、強すぎるよ。つーか、手を引っ張る力も何気に強い! 引きずられる。
これが、世に呼ばれる女子力(物理)というものなのか?
「私、楽しみで平気に振る舞っていますけど、もしかしたら私だって怖がるかもしれません。その時はアクジさんお願いしますね」
捺香は赤らめた顔でとった手をそっと抱き寄せ、女らしい所作でもじもじと上目使いでお願いする。
うぉぉぉ! 可愛いっ!
マジでヤバイ、今キュンと来た。
女の子にここまでお願いされて断ろうものなら男が廃るってもんだ。
よぉっしゃぁぁ行っくぞ! これで怖くなんかないぜぇ!
* * * * *
アトラクション名:生命科学研究塔
ストーリー:悪のアジトに潜入に成功したあなたは、非道的な生体実験が行われている研究施設に入り込む。組織内での表向きは実験の行われている施設。しかし、その実態は暴走した実験体を閉じ込めた檻であり、同時に組織を勘ぐるスパイをおびき出すための罠だったのだ。
説明:今まで味わったことの無い恐怖があなたの正気度を直撃します。きっとあなたの精神を抉り取ってくれるでしょう。
※心臓及び精神の弱い方はご遠慮ください・
* * * * *
「…………」
絶望の真っ只中にいた。
こんなにも前言を早々に撤回したくなった事はいつ以来だろうか。
このホラーハウス――生命科学研究塔は、入口側の通路と出口側の通路とが隣り合わせになっている。
出口の上部にはディスプレイが設置されており、丁度入り口側に立っている俺達へ見やすいように向けられている。
そのディスプレイは、出口から出てきばかりの人が、その中へと入る直前の姿を映し出している。
入り口の行列に並ぶ人たちに、恐怖を体験したばかりの人ら、ビフォーとアフターの変化を見せつけて、待っている人は不安と恐怖が煽られる構図になっている。
並び始めた時点で既に、人を怖がらせる仕掛けはすでに始まっているようだった。
出てきた人達の反応を見て、本番の中へと続く入り口の扉で回れ右をしてリタイアする人が、待っている間に何組も出ている。
出てきた人は皆例外なく、目が死んでいた。本当に、何が中で起こったんだよという話だ。
数が揃えば怖くないと、集団心理を働かせて団体で挑んだ人達も居たけど、彼らも出てくるごろにはすっかり目が死んでいる。
出口から歩いてくる彼らは傍から見れば、まるでゾンビの行進行列の様で、逆に彼らの方がホラーと化していた。
アレには堪らずドン引きして、列の途中からリタイアしてゆく人が続出していった。
今直ぐにでも、足は外へと向けてとっとと逃げ出したい。しかし、俺の傍らには順番を心待ちにする捺香がいて逃げようにも逃げられない。こんな時に限って見栄っ張りな自分が恨めしい。
そして、とうとう俺達の番。
目の前には重厚な鉄の扉が機械によって自動的に開かれる。ノブや取っ掛かりは一切ついていなくて、自分の手で開けることができないようになっている。
つまり、一方通行。扉の向こうに入ってしまったら進むしか出る手立てがない。
「あ、入る前にコレを持って行ってください。進む為に重要な道具なので落とさないようお願いします」
扉を潜ろうとすると扉脇に控えていた係員から、その道具とやらを渡される。
「これは……」
ずしりと手にくる感触、キラリと光る刃、手渡されたブツのその外見は、バタフライナイフにしか見えない。
試しに刃の部分を指で軽くなぞってみると、指の薄皮が浅く切れた。
刃渡りが結構あるし、これって銃刀法違反に引っかかるんじゃ。
「あのーこれって本物なんじゃ……」
ナイフを渡されることに訝しんだ捺香は、係員に物申そうとして……。
「よくできた偽物です!」
捺香の顔に近づいて迫真の声でそう言った。
「でも、さっきアクジさんが試したら……」
「刃が薄いですからね。それでなったんでしょう。紙と一緒です。」
「紙と一緒……」
「そう! いっしょです。だから何の問題もありません」
「問題は無い……?」
「そうです!」
「そうですか……」
「しっかりと、握っておいてくださいね。使う時が来ますから落としませんように。それと人に向けることがございませんように」
おいおいおいおいっ!
係員の説得に捺香が虚ろな目になっている。一種の洗脳行為だろ、これは!?
それから何なのだろう、このデジャヴ。
つい先程も似たようなことがあったような気がする。そんなことないはずなのに。
「捺香! 気をしっかり!」
「それでは二名様、ご案内〜♪」
「わっ、お、押すなって……」
――ガゴン。
重たい鉄の扉が閉まる音。
試しに扉に手を掛けてみたがビクともしない。てか、触った感じトラックが突っ込んできても平気そうだ。
前を見ると、後ろの扉と同様の扉が閉じていて、閉じ込められたようになってしまっている。
「アクジさん、揺れて……」
小さくではあるが閉じ込められた空間が揺れ、捺香が身体を支えようと俺の体に掴まる。
おおお! なんか頼られているっポイ。ここは何としてでも踏み留まらねば。
「俺に任せろ」
身体を掴む捺香を抱き寄せ、壁に手を突き、足に力を入れで必死で踏ん張る。
揺れと共に捺香に引っ張られて、倒れたり傾きそうになるのを堪えて揺れが収まるのを待つ。
アトラクションの演出なのだろう。揺れは大きかったもののゆっくりとしたもので、揺れていた時間も30秒程と短いものだった。
先に進むのは何時になるのか考えていると、右手側の壁上部に掛けられたモニターに電源の明かりが灯る。さっきの揺れでそのモニターは少し右下がりに傾いている。
モニターに真っ黒なシルエットの男が映し出される。
『君達の入った入り口は先ほど爆破させてもらった。君達の正体はすでにバレている。このまま研究塔の改造生物達の餌食となってしまえ。フハハハハハ』
映像の右下に小さく米印で注意書きで、『※これは演出であり、危害が及ぶことはありません。先に進めばちゃんと外に出られます』と書かれている。
モニターの男の高笑いを残して映像は掻き消え、しばらくすると来た時から閉じていた前の扉が開き、前に進めるようになる。
「これは進むんですよね?」
「そういうことだろうな。ほら、前の方の足元にでっかい矢印で進路が掛かれているし」
「そうですね。さっきまで上ばっかり見ていたんで気づきませんでした」
見ようよ、それぐらいは。丁寧にもこの先の薄暗い通路は床に照明灯が点いていて床が見えるようにしてまであるのに。
「なんなら、手、繋ぐ? 躓いたらいけないしさ」
正直、手をつなぐ口実が欲しいだけだったりする。
「あのですね、アクジさん。それは嬉しいんですけど。いや、今の状態が嫌とかそういうのじゃなくてむしろ嬉しいんですけど、その……」
捺香の言葉がどうにも歯切れが悪い。それに声が小さくて聞き取り辛いから何を言っているのかわからない。一体、どうしたんだ?
「ゴメン。ハッキリ言ってくれないと分からない」
「あの……その……、流石に放してくれないと動き辛いです」
抱き寄せたまま? ハハ、そんな馬鹿な幾ら何でも気付かないなんてある訳が……。
――と思ったら、本当にそうだった。
「悪い、こんな暑い時期に引っ付かれたら熱くて敵わないよな。ゴメンゴメン」
「あ……いえ……そんなことは……」
「いいって、俺だってこんな時期にくっつかれたら暑くて鬱陶しくなるからな。そんなことで、気を遣わなくてもいいよ」
捺香に触れている手をさっさとどけ、半歩下がる。
「…………」
「どうかした?」
「いいえ、なんでもないです。ちょっと考え事が」
「そうなの? 悩みがあったら聴くよ」
「大丈夫です。自己解決しましたから」
それならいっか。自己解決ができるならそれに越したことはないし、それだけ大きいことではないんだろう。
「それじゃ、改めて進もっか」
いつまでも入り口で留まっていると、後ろがつっかえて良くないしな。
俺と捺香は通路を進む。
床がぐにぐにと気味の悪い感触を足裏に伝え、壁に手を突けば模様の赤い筋が一定の間隔で脈動する。肉の廊下を歩いている様な、実に不気味な演出だ。
「地味に歩きづらいな。捺香、足を取られないように気をつけろよ」
「はいです」
そうやって通路を歩いていると、いかにも研究室といった空間に出た。
空間はそこそこあるはずだが、長机や大きな装置が置かれて狭く感じる。
「ここで、何かが起こるんだろうな」
死角は多いし、動こうにも机や装置で動きが取り辛くなっている。
「何処から来るか分かりませんからね。気を付けて行きましょう」
出てきそうな気配を感じとって捺子も、やや緊張して待ち構えているみたいだ。
研究室の真ん中まで来たとき、先の方で机の上に置いてあったビーカーが落ちる。
「なっ何だ!?」
「閉じ込められました」
些細なことに戸惑っている暇など無く、シャッターが研究室の入り口と出口に降ろされて閉じ込められてしまう。
また閉じ込めのパターンか。
「なにかいますよ、アクジさん!」
ズリズリと床の這いずり音が周囲から複数する。なにが居るのか、音の主達は机下の死角にいて正体は分からない。
その這いずる音は段々とこちらに近づいてくる。
『……しい』
それは、肺から僅かに残った空気を絞り出して出しているかのようなとても苦しい声だった。声にならない呻き声がしっくりくる。
『――たい――よお』
その声は、研究室の至る所から上がりだす。
『――て……くれ』
眼の前にある机の影から、バンッと強く床を叩いて一本の腕が現れる。
「わっ!?」
「ひゃっ!?」
怖がっていたぶん、驚いて身を強張らせてしまった。
しかし、この手の一発ものドッキリは一度見てしまえば大したことはない。
それに、肌色で血色がいい、指は五本ある、変に血管が浮き出ていない、血とか付いていない。
どんな化物が現れるかと待ち構えていた時ほどの怖さは無くなっていた。
――なんて時期が、俺にもありました。
『苦しい……』
肩に手が無い代わりに胸から腕が一本生えているのや、
『痛いよぉ……』
一つしかない眼の穴に何十個もの目玉が詰まっているのや、
『殺してくれぇ……』
顔は普通だが、その姿はピンク色の肉塊としか呼べないだのがいる。
俺達二人の目の前にいるのは、奇形の人間達。聞き取り辛かった声が、今やハッキリと聞こえている。
人間と呼んだものの、共通点が体のごく一部にしか見受けられないから違う生物に近いような気もする。そもそも化物にしか見えないのにどうしてそう呼んだのか。
相変わらず出口は閉じたまま。進路も退路もシャッターによって閉じられている。
これってアレだよな。入るときに持たされたあれを使えってことだよな。
カバーを外して刃を剥き出したナイフ。よく見れば、赤いようなものと脂の光沢が付いているのがわかる。本当にやな演出をしている。こだわりる方向性がおかしい。
これをどう使うのかは想像がつく。アイツらに使えばいい。
おそらくそれで先に進めるとはおもうんだけど。
たかがテーマパークのアトラクション。本物の生き物を使っている訳でも、使ったところで仕掛けがあったりで大丈夫なはず。
例えば、この化物たちは精巧なロボットだとか。
『殺してくれぇ……』
ナイフを握る手が震える。
たとえ人間の見た目をしていなくとも、人の声を喋るかどうかで、抵抗が大いに違ってくる。人って実は、外見以上に声で判断しているんじゃないだろうか。
それとも、怪人を見慣れ過ぎたせいで、俺のそこら辺の感覚がおかしくでもなっているのか?
どうなんだろうと思って捺香の方を見ても、反応は俺と変わらないようで、ナイフを持って固まっていた。
「ああっ!」
捺香の震える手が、ナイフを落とした。
すると、まるで時を見計らっていたかのように一斉に化物達が距離を詰めてくる。
襲われると思い、慌てて身を庇う。
ところが化物の一人が、俺と捺香を無視して落ちたナイフを拾い上げる。
「もしかしてそれで俺たちを?」と思ったんだけど、その化物はそんな考えとは裏腹な行動をとる。
化物は拾い上げたナイフを逆手に持ち切っ先を喉元に向ける。
『これで助かる……』
他の化物たちが静観するなか、そいつはナイフの切っ先を首元に強く押し当て食い込ませ――。
【以下、自主規制】
* * * * *
――三十分後。
「怖かったですね。アクジさん」
数々の仕掛けを何とかクリアして出口を抜けた俺と捺香。
入る前には怖いものが好きと言っていた捺香は、言葉と表情に覇気を失っている。
「…………」
一方でそんな捺香に返事を返せない程、俺は精神を消耗していた。
何がきつかったって、研究所の化物達が眼の前で次々と死んでいくのを見せつけられるんだけど、死に方がとにかく生々しい。
喉に血がたまって断末魔
「少し、休憩しましょうか。ここは休めそうにないので移動しますよ。遠慮せずに私にもたれて構いませんから」
怖さによる軽いショック症状でフラフラする体を捺香に支えてもらい、なんとか休憩所のある場所まで移動する。
捺香に体を支えられながら、何とか近くにあったベンチへと腰を下ろしてもたれ掛かった。
女の子にこんなことをさせてしまうなんて情けないなあ、俺。
「ありがとう。しかし、俺が先にダウンしたんじゃ、格好悪い所見せたろ?」
ホラーハウスでビビッて今にも倒れそうになっているんじゃ、恰好がつかない。
苦手と呼ぶほどではないにしろ、かといって、昔っから怖がりの銀子に付いてやっていたから自信が無かった訳でもなかったんだけど。
「そんなことないです。私、自信があったのにそれでも怖くって。でも、アクジさんが前の方で守ってくれたからなんとか耐えられたんです。
アクジさんは私に代わって本当に怖い所は引き受けてくれたんですから。体を支えるくらい当然のお返しです」
「そんなんじゃない。あんまりにも怖かったから、先に出たかっただけだよ」
つい否定の言葉が出てくる。
「そうですか、また今度も入りたいと思ったのでそれは残念です。ルカちゃんは狭いとことか暗いとこが苦手でこんな場所来たがりませんし、かといって他の知り合いにも怖いものにある程度耐性がある人知りませんし、他に誘える人がいなくて寂しいです」
「ま、まあ、さすがに連続はキツイけど日を置いて改めて来るならも、ももも問題ないかな、今度もう一回来よう」
正直便所でゲロッちゃいたい程ではないが、気分が優れなくなるほどには怖かった。でも俺さ、元気ない女の子の姿を見るのが凄く苦手なんだよ。
だから、肩を落としてシュンとしている捺香の姿を見ていると、例え痩せ我慢だと分かっていても見栄を張って彼女を元気づけたい思いに駆られた。
「でしたらその時は二度目で怖さも薄れますし、二人で今度はじっくりゆっくりたっぷり回れますね!」
え、ええ〜〜〜〜?
声には出さないまでも、俺は心の中で驚きにも呆れにも近い声で叫んだ。
要するに、次からは慣れちゃったとおっしゃいますか。いやはや、御冗談をハハハ。だって、あれ慣れれるような代物じゃありやせんでしたぜ? あれだよ、あれ。何時までたっても語り継がれる怖い話や恐怖映画と一緒、経験したからと言って怖くなくならないあの類と一緒。来るのが分かっていて身構えたり心の準備をしていようが、そもそも来るの自体が怖い。ガチでヤバイ。
そもそも俺たち、歩いて四十分の長さの通路を標準時間通りに回って出てきませんでしたっけ。それを、さも歩き足らなかったかのように言いますか。不足ですか。
見れば、出てきたときはヨレヨレだった捺香の顔にはもう生気が戻り、入る前の活き活きとした表情を取り戻している。俺の隣で入った感想を話す彼女の声にも、早くも揚々とした語気が感じられる。今までこういう趣味に付き合ってくれる人が居なくて、付き合ってくれることがよっぽど嬉しいんだろうな。
だけど、アレで俺はもう一杯一杯です。次からは大丈夫な保証が持てません。既にキャパオーバー気味なんです。
しかし、捺香の手前ハッキリと宣言してしまった以上は引けない。第一、軽い気持ちで約束を結んだ覚えはない。
グラついたような思考が浮かび上がってくるのは、腹を括ろうが決めようが、キツイことはキツイってことなだけだからだ。心頭滅却すれば暑かった日には日射病で倒れるだろう。だから、適度に我慢しないことで程々に保とうとするのが肝心。つまり嫌がることはそういうことだ。
でもまあ……。安請け合いのつもりで答えたつもりはないし、言葉を撤回するつもりはない。俺がしてあげたいと思ったから、言いたい事を言ったまでだ。
「ついでに次に来たときは、もっとこの辺りのエリアをもっと重点的に巡りましょう。本当は怖いとこにもっと寄りたいんですけど、流石にせっかく好きな人と来たのに同じ所ばっかりなのは勿体ないし、暗い所ばっかり回るのは嫌だと思っていたんですけど、アクジさんがそういうことなら次来るときはその遠慮もいりませんね」
「あの〜」
どうしよう、予想以上に捺香が食いついてスイッチが入ってしまっている。早くなんとかしないと収拾がつかないことになりそう。
「言わなくても分かりますよ、アクジさんのことです。私に気を使って、次から回るアトラクションはこのエリア中心にしようと思っているんですよね。いいんですよ、そんな気回さなくても。全部次来てからの楽しみにとっておきますから。そうですねー、ここはやっぱり最後に置いておくのがいいですよね。手始めに回る所は……『呼び聲の家』って書かれているここなんてどうでしょうか? あっ、でもその前に『殺人狂の館<シリアルキラーマンション>』って場所も気になります。それでその次は……」
前言を撤回する訳でもない――ないのだけど、さすがに安請け合いだったのだろうかと早くも考えてしまった。
サブタイの元ネタはサガフロンティアの謎のダンジョン「生命科学研究所」から。
もしもリメイクがあるなら没イベントを復活させてくれ、スクエニさん。
それではまた。




