―chapter2 謎のランドがそう謎でもなくなった件―
ジョイワールドアスト。略してJWA。場所は郊外の人工湾として作られた埋立地に建てられたアトラクションパークの名前。
元々の土地は工業地だったものを、工場が潰れた際にアトスが表名義で買い取って利用してこのJWAは建てられている。
人々を脅かすことがメインの活動である悪の組織が、何故こんなことをとお思いだろうか。人々を笑顔にするどころか恐怖を振りまく悪の組織に興業がやれるのかと。
しかしだ、悪の組織にとって人を楽しませるための興業は、不得手どころか実は得意としている分野だったりする。
なぜって悪の組織というのは、確かに影でコソコソ動き回るようなことが多いものの、大の派手好きであり人々の目を引くようなことが大好きなのである。
でないと、真昼間の人通りで襲撃事件なんか起こすわけがない。
襲撃は始まる一か月も前から、参加者に対して綿密なスケジュールを組み込ませて、当日の計画をどのように行うのかを議論する。優先事項はいかにして目立った登場するのか。
転送装置を使って現れる。火薬で演出しうた爆風の中、炎と共に出てくる。落雷と共に現れる。……等々色々と議論が交わされ、ここらへんでいつも大揉めし時に乱闘にさえ発展することもある。
乱闘と言っても、ただのじゃれ合い程度のものだったりするわけだけど。
悪の組織が目立ちたがりの馬鹿な面があることを否定するわけではないが、こだわるのには人々の注目を集めて畏怖を植え付けるという理由がちゃんとあったりする。
如何にして人の心を操り誘導するかも、世界征服には必要なスキル。興奮や喜び恐怖など感情を動かすことに日夜健闘している悪の組織は、エンターテイメントの気質を持っている。
「『未知の体験をあなたに』事前情報をあえて伏せての今日の初開園だなんて、JWAって一体どんな乗り物とかがあるのでしょうか。ね、アクジさん」
開園を待っている時、隣で同じく隣で待つ捺香がJWAの話題を振る。心なしか手元がウズウズしており、もうすぐだというのに待ちきれないみたいだ。
「さあどうなんだろう? でもきっと謎の技術がわんさかこもって動いているんじゃないかな。触れる立体ホログラムとか、途中で亜高速に突入してちょっとしたワープ体験ができるジェットコースターとか」
「ハハハ。さすがにそれは言い過ぎですって、そんな事できる訳ないじゃないですか」
実は嘘じゃない。さっき言った事は本当だ。事前に少しだけ一部を知っているからな。
建造に伴って、人件費という名の経費を削減の為に、俺達戦闘員が大量に投入されてこのパークの建築に従事させられた。
戦闘員は数が多く、また普通の人よりも強い腕力と何より渋とさという名のタフネスがあるため非常に肉体労働向きになっている。元々、そういう意図もあって戦闘員は生み出されたって話らしいし。
当然、戦闘員である俺も駆り出されて、そういう訳で、ある程度携わったからこのことを知っている。
このアトラクションにはアトス技術班が持てる技術の粋が凝らされており、一般世間の人から見ればまるでサイエンスフィクションの様な事を体験することができる。
ちなみに、今回の件に関して技術部と開発部は並々ならぬ熱意を燃やしたらしく、遊具の為だけに新しい技術を次々と生み出し、使われた技術力が五百年先を進んでいるとされ、アトスの持つ技術力向上に大きく貢献したらしい。
アトラクションの為だけに新規で開発された技術の話も数多く聞いている。
ウチの技術部と開発部は、もう遊園地ばっかり作っていればいいんじゃないかなあ?
彼らの本業は新兵器を作ったり怪人を強化することであり、けっして、遊園地を作ることではないことを付け加えておく。
「そういえば知っていますか? AJWって秘密が多いですけど一つだけ明かしていることがあって、悪の組織をテーマにしているそうですよ」
「ああ知っている。確か俺たちゲストは正義の味方として悪の本拠地に乗り込んで来たって設定だったっけ?」
「そうそう。私、実は正義の味方がスッゴク大好きで。少し恥ずかしいですけど日曜の朝はいっつも起きて見ているんですよ。特に肉弾戦で戦う女の子達が活躍するあのアニメとか」
ああアレか。俺は五年前までは普通に見ていたけど今は見ていなくて、銀子のやつは未だに見ていたな。
意外だなあ。今度銀子に捺香も見ていることを教えてやろう。会話が弾むだろう。
『大変長らくお待たせ致しました。アストジョイワールドただいまより開園いたします』
アナウンスが入ってゲートが開き、たむろしていた人ごみが一気に園内へと流れ出す。
俺は、人ごみで捺香と離れたりないよう手を手をしっかりと取り、園内へと捺香の手を引いて歩き出した。
* * * * *
山田アクジと串枝捺香の二人を遠巻きで眺める一組のペアがいた。
「ああ〜! あくじが捺香の手を繋いでる。私にはあまりしてくれないくせに!」
「ああ〜! 捺香があんなやつと手つないでいる。ボクにもしてくれないのに!」
声は違う、しかしどこか似ている二人の叫びは、周囲の注目を集めていた。
「しー、声が大きい。ボク達は、あの二人には内緒でこっそりつけているんだよ? バレたらどうするんだ!」
「あんただって大声だったでしょうが! あと、後ろから押さないでよ。前がつっかえてんだから!」
「後ろに押すなよバカ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿でしょ!」
突如始まった喧嘩をつい目で追いかける人らが出始める。
しかし幸いなことに、ターゲットの二人は彼女らの存在に気づいていない様子。
叫び声はそう大きいものではないし、仮にそうであったとしても、彼女らの声はかなり前方に居るあの二人に届くまでにはここに集まった三万人の喧騒ででかき消されるのであろう。
「感謝してくれよ。ボクが招待券を持っていなかったら、今頃は寂しく一人だったんだろうからね」
「それについては感謝しているわよ。
――でも、ペアチケットをもらっておいて、私が居なかったら女一人で遊園地とか――ププー! ちょーうけるんですけどー」
「それはお前もいえるんだけど。なんなら今ここで撲殺してやろうか? ――シニードリン?」
「今日は暑いわねー。少しぐらなら、涼しくなるように氷漬けにしてあげられるんだけど? ――イエロー?」
二人の間で強気の視線がぶつかり合い、見えない火花が飛び交う。
彼女らの周囲に居た人間は、二人からただならない迫力を感じ取り、距離を置きだしている。
水と油、光と闇、正義と悪、決して混じり合わない対のもの。例え混じり合えるのだとしても彼女らにとっては混ぜるな危険でしかない。
「知ってる? 実は私、大総統の命令であなたに危害を加えなかっただけで、あなたの事、普通に嫌いなのよ」
「へぇ〜そうだったんだ。ソレハソレハゴクローサマ」
「…………」
「…………」
火花を散らしていた時とは一転して今度は冷たい睨み合いが続く。
それはまるで、互いの眼力がレーザーの様に飛ばしぶつかり合って火花を知らしているかのようだ。
「ちょいとすまない。通るよっと」
誰もが二人を敬遠して避けて通っていたが、空気を読まない男が一人、二人の間に漂う険悪な空気を読まずにぶつかって割って入ってきた。
衆人観衆が「おい、馬鹿止めろ。殺されたいのか!」と男を忌避する視線を向けるが、当の本人はどこ吹く風と言った様子。
「おい! お嬢さんたち。もう開園して動いているんだけど、入らないなら通らしてくれないかな。後ろ混んでんだよ」
「さっすが兄貴! 大抵の人が怖気づく中、怯むことなく突っかかって行くんなんてカッコイイ」
男のすぐ後ろにいた太鼓持ちが、男を褒め称える。
「だろだろ〜?」
男は、後ろをついてくる子分にいいとこを見せたかっただけで、「女の子の喧嘩に颯爽と割って入る俺カッコイイ」と悦にひたっている。
男は完全に、たかがただの女の子の喧嘩と侮っていた。彼女らが普通ではないことを知らずに。
もちろん、普通ではない彼女ら二人の敵意が、この後逆ギレによって向けられることなど頭に入ってない。
「「そうだったの――、だったら勝手にすればいいじゃない!」」
たかが女二人。そう思っていた男に、二人は互いの敵意の目を男へと注ぐ。
方や、心臓まで凍てつきそうになる氷の様な瞳。方や、暴れ狂う狂う激しい稲妻を内包した嵐のような瞳。
男は力で暴力を語るが、女は無力で語る。目線や表情、言葉を言刃に変えて。
彼女らに睨まれてしまえば、地獄の鬼だって泣きそうになるに違いない。
「どうしたんですか兄貴? 兄貴? 足が震えますよ。日射病ですか? 水ありますよ」
「いや、いい。それよりも勝手に先に進んでも構わないらしい。行くぞ」
「何がどうしたんですか兄貴!?」
体の震えを苦しい言い訳で誤魔化し男は去っていく。
「ふう、いけない。あくじ達を見失っちゃう」
「そうだった。喧嘩している場合じゃなかった」
二人のトバッチリを男が一身に受けてしまったせいなのか、銀子もルカも男が見えなくなった頃には互いにすっかり落ち着いていた。
「こう言ったらなんだけどいいのかな? 正義の味方であるボクがこっそりデートをしている友人の後をつけるなんて……」
「今更何を言っているの。正義の味方だって、調査の為の尾行ぐらいするでしょうに。
それにこっそりしているのは、友人のデートの邪魔をしたくないからでしょ? だったら正しいことをやっているだからじゃない。何も悪くない」
「そうか。これは正義の行いなんだ。親友を誑かす不埒な悪漢の魔手が伸びたときに助ける為。手なんかだしたらそれを機に、捺子を魔の手から遠ざけてやる。これはストーキングじゃない正義なんだこれはストーキングじゃない正義なんだこれは……」
「よし、洗脳完了! しめしめ。正義の味方とは言っても結構単純だな、戦闘馬鹿め」
ブツブツと喋り出したルカを横目に、まんまとしてやったりと銀子。
ストーキングは犯罪です。洗脳は人道的に推奨致しかねる行為です。
どちらもやっちゃダメ、絶対!
「そんじゃ。こっそり行きますか」
銀子・ルカの二人組は、アクジと捺香の後を追いJWAへと入って行った。
また明後日にお会いしましょう。




