―chapter7 アクジ帰宅―
「ブロア、よくやってくれた。しかし……驚いたな。君のほうが強いとはいえ、まさかニョルズが、パンチ一発でノビるとはね」
「儂自身も驚いております。そのつもりで殴ったとはいえ、まさかあのニョルズが本当にノビるとは思いませんでした。どうやら儂が来る前には、ある程度消耗しておったようです。あの場に居た人物を考えると、おそらくピンクがシニードリンではないでしょうか」
「ふうん……結果は上々か」
「何かおっしゃいましたか、閣下」
「なんでもない。下らない独り言だよ。気にしないでくれ」
「話は変わりますが閣下。我々が進めてきた計画――老人補完計画は終了するとは本当の事ですか?」
「ああ」
「これはどういうことです! せっかく連れてきた人材を手放すとは!」
「落ち着きなさいブロア。彼らは確かに組織の収益や技術の向上に役立った。お陰で表向きの仕事は全部順調になった」
「だったら、どうしてですか?」
「結局、私たちは彼らに環境を与えることはできても、本当の家族のいる家を与えることは敵わなかったんだよ。全員とまではいかないがホームシックの人が結構でていてね」
「だからといって、そう易々と手放せるものでもないでしょう」
「別に手放してなどいない。彼らには、我々の表で運営しているデイケアセンターや介護施設の資料を密かに送っておいた。なかなかの還元率で、予約が入ってきているぞ。既に好い評判も上がっている」
「なるほど、そうやって表の顔は善良なイメージを保つのに利用したわけですな」
「そういうことだ」
悪の組織アトス。表の貌は、「揺り籠から墓場まで」をサポートする、巨大企業グループである。
裏の目的としては、社会をアトスの運営する組織に依存させる為に創立されたことを知る者は一部の関係者を除いて知る者はいない。
そして目論み通り、表の貌としての組織を欲している人たちが順調に増加していることも人々はまだ知らない。
「ところで、あの戦闘員をイエローの監視役にしたのはどうしてですか」
ブロアの問いかけに、大総統は茶目っ気たっぷりの悪戯小僧の様な笑みをし。
「なあに。あの戦闘員にイエローはずいぶんとご執心していたようだったから、親切にあてがってあげたのさ。ひょっとするともしかするて、面白いことになるんじゃないかと思ってね」
ブロアは一つ大きなため息を吐く。大総統の悪戯気質は幹部連中には周知の事実であり、今に始まったことではない。
「閣下も人が悪いですな」
ガハハと豪快にブロアが笑う。
「そりゃあ、私は悪の大総統だからね」
フハハと大総統も高らかに笑い返した。
アトスの組織としての気風は、「面白そうなことはジャンジャンやれ」である。
普通なら、大事な人質をそんな人選であてがったら問題だが、組織内ではまかり通ってしかも笑い話で済ましてしまう。
「それで面白いことには、なったのですか?」
「種は蒔けたと思うんだけどね。種子が芽吹くか、腐るか、はたまた埋めたままで終わるのか。判断するには時間
が必要なようだ」
「?」
意味が理解できないブロアは首を傾げ、大総統だけは何でもかんでもを知った風で独り口をニヤけさせた。
* * * * *
「大総統からのお達しがある。『今回のニョルズの不始末のケジメをつける為、イエローは解放する』だそうだ」
俺への言伝を残し、ブロアは気絶しているニョルズを抱えて本部へ帰還していった。
「どうすんのよコレ?」
満身創痍のまま、深夜の公園に残された俺。
ちなみに、さっきまであんなに大立ち回りがあったのに、一向に警察とかJUNASが来ないのはブロア曰く、裏で手を回したかららしい。
とにもかくにも、一刻も早くこの場を離れないと。ブロアが去ってから数分、体を休めさせて歩けるくらいには回復できた。
イエローがいる遠くの茂みを目指して歩いていく。まずは拘束を解いてやらないと。
「何じゃこりゃ」
イエローに近寄り拘束を解こうと思ったのだが、イエローの手足を拘束していたものは頑丈な枷で、壊すことが容易じゃない。
家に戻れば、特殊な工具(アトス印)でなんとかなりそうだけどこの場じゃなんともできない。
「仕方ない。大人しくしとけよ」
「やめろ放せ! ボクにそんなことすんな!」
拘束を解けない俺にできることは、動けないイエローを背負って運ぶくらいだった。
「だから大人しくしとけって、落っことしちまうだろ」
お前は、手足を拘束されてただでさえ掴まらせにくいんだから。せめて背中に体重を預けて大人しくしとけって。
「銀子ー。動けるか」
「おめんなひゃい(ごめんなさい)、まひゃひょっほしひれはふへへひゃい(まだちょっと痺れが抜けてない)」
呂律が回らないくらいに、まだ痺れてんのな。今は動けそうにもないようだ。
俺はシニードリンの所にも寄り、脇に抱える。
「うわっ! 思っていたよりもキツイ」
そう口に出した途端、銀子の方から怖気がドッと吹き寄せてくる。
だって仕方ないだろ! いくら軽い女性でも、二人分を抱えるのは難しいんだって!
暫く休憩して、創痍でも二人分を抱える力は辛うじて出すことができた。だがしかし、銀子の痺れてグッタリとした身体は、力が入って無いところから、まるで小さな穴から水が漏れだすようにすり抜けようとしてくる。
心の中でいくら言い繕ったって、今の発言は流石に不用意だったので口には出さない。言った俺が悪いと怒られるだろう。
「堪えろ自分! コケたりなんかして、女の子を地面に落っことすようなことかあったら情けないぞ!」
気合と根性でカバーしつつ、二人を落とさないように腕に力を入れて抱き寄せて、一歩一歩慎重に歩いて家に帰っていく。
「これで外れたぞアンクレットも枷も」
無事帰宅できた俺は、イエローについていた。枷と、スーツを無力化させていたアンクレッとを解除した。
「そんなことまでしてもいいのか? ボクは今から変身して、お前を倒すかもしれないよ」
「いいのかもなにもも、さっき解放していいって命令出されたし。それにお前なら、今は大丈夫な気がするんだ」
「根拠は?」
「なんとなく」
「お前は馬鹿なの」
「そうかもね」
それから俺とイエローは、どちらともなくお互い笑いあった。
「だったら心置き無く……クタバレーアホォー!」
「ぺげらっ!」
意識を刈り取るようなイエロー痛恨の一撃が、俺にへとお見舞いされた。
ええー!? どうしてだよ! 今さっきまで殴る雰囲気じゃなかったよね? むしろ間逆のいい感じだったよな!?
痺れがすっかり取れて、俺とイエローのやり取りを横で見ていた銀子も唖然としている。
「痛ぇよ、何してくれたんだ!」
「ウッサイ! 結局ボクはお前らの、つまらない事に巻き込まれただけじゃないか! ボクを魔の手から取り返したと思っているんだろうけど、ボクからしたら、敵から敵の下に移ってしかないんだ。誰が感謝なんかするか!」
確かにそうなんだよなぁ。ノリでごまかしが効くかなと思ったけど、やっぱ無理でした。
「コンニャロ、コンニャロ、コンニャロォォォォォ!!」
ご立腹なイエローの無慈悲な鉄槌が、次から次へと容赦なく俺に降り注いでくる。
コイツもしかしなくても、変身ない状態でも充分に……や、止め、殴るの止めて! し、死んで、死んでしまい……
「……でも……ボクの為に体を張ってくれたこととか……正直言って……格好いい……とか思わなくないこともなくもなかったし……あくまでもボク個人としては。お前って本当はいいヤツなのかなって、思ったこともあるかなーって……まあその……これくらいで許してあげる! それと、私の正義が判断つくまでお前を特別措置で見逃してもいいかもね」
「赤くなったり、もじもじしながら話した後て申し訳無くて悪いんだけど……」
「ひゃうっ! シニードリン。盗み聞きか!」
「この際それでもいいけどね、久瀬ルカ」
「なんだよ」
「あくじは貴女の一撃で気絶しちゃってるよ?」
「あ……」
第二話も残りチャプターを一つ残すのみとなりました。三話目はどんな話にしていこうかは、大まかには決まっているんですけど、細部をどうするのかは現在進行形です。それだけならいいんですけど、終了後の番外編がまだ未着手でして、どうやったら面白くなるのかを模索中です。
では次回で。




