―chapter4 誰か忘れてる……―2/2
「ルカちゃん。誘拐されて行方不明になっていたって聞かされていたから、私、心配したんだよ」
「捺香はこの子と知り合いなのか?」
「そうなんです。この子は、私と同い年の久瀬ルカちゃんといって、私の一番の親友なんです」
「そうなのか。……それは良いことを聞いた」
捺香、どうしてこんなところに……。
ボク――イエローこと久瀬ルカは、親友の串枝捺香が悪の手先の家から出てきた事実に卒倒しそうになる。
あの子は仲間の中でも一番の心優しい子で、到底悪の組織とつながっているとは信じ難かったから。
ふと、以前に捺香が話していたことを思い出した。
『ルカちゃん! 私、好きな人ができたの』
あの時はあの捺香にも男ができたのかと、ちょっぴり祝福する気分でいたのに、今は男運がないと思わざるをえない。
ショックでふらついた体を傍にいた山田アクジが支えて、捺香には聞こえない大きさの声で呟いた。
「あの子は、俺達の本当の正体をまだ知らない。俺達と彼女の関係は偶然知り合っただけの友好な関係さ。でも、正体をバラしたり助けを求めるような変なことがあったら……分かるよな?」
アイツは目配せでシニードリンに合図を送り、シニードリンが承知したように捺香の後ろで縦に頷く。
大事な親友を後ろ盾に取られては、助けを求めようにも求められない。
「そういえば、こんな時間に? 今日居ないことは、伝えていたと思うんだけど」
捺香の訪問は山田アクジにとっても予想外の出来事だったらしく、人質の為にわざと呼んだわけではなさそうだ。
「実はですね。アクジさんのお母さんに、山田家の味を教わっていたんです。私、アクジさんのお母様に凄い褒められてこのまま家に……、どうしたんですかアクジさん? 頭なんかを抱えて」
「……外堀が……続々……埋められて……。俺はまだ自由で……のに……、どうすれば……」
悪の家に入り浸れるほどまでに親密な関係を、捺香がしているとは思わなかった。
どうしよう。もしも、無事に戻ってこられたのなら、何とかして、奴らから遠ざける方法を考えないといけない。
「ところで、どうしてルカちゃんがアクジさんと一緒に居るの?」
「ああ、それはな。俺が彼女を行き倒れているところを発見してさ、聞けば訳ありだったみたいだから。俺が家で匿うことにしたんだ」
嘘も甚だしいことを平然とアイツは言ってくる。
「そうだったんですか。私の親友をありがとうございます。でも、もう心配ありませんよ。こう見えても私、JUNASで働いていて、頼めば心強い味方がいますから。私に任せてください」
「そうだったんだ。仕事の話題とかしていなかったから今まで知らなかったけど、捺香はJUNASで働いていたんだ」
山田アクジとシニードリンの一瞬だけ目が怪しく光る。
バカやめろ! 今お前の目の前に居るのは戦闘員と大幹部だぞ。丸腰状態で下手なことを言うんじゃない。
捺香の配慮は当然のことなのだが、今の丸腰での状態はとてもじゃないけど危険すぎる。
「ねぇ捺香! 私アクジさんの家に泊まりたいなー」
「ど、どうしたのルカちゃん。いきなりそんなことを言いだして!?」
聞けば誤解を受けそうなことを自分の口からこんなことを言うなんて、我ながら反吐が出そうになるけど、今は捺香の安全の為にも我慢しないと。
今の状態で捺香にJUASとの接触をさせることはとても危険だ。ボクは捺香をこの場に少しでも繋ぎとめる為に、心にもないことを言わなければならなかった。
「敵って、どこから私を襲ってくるか分からないし、動くのは危ないと思う。だからボクは、もう少し時間をおいて敵の動向を探らないと。幸いにもまだ、ここにいることに気づかれていないから、JUNASに近づくよりも動きやすいんだ」
『嘘言ってゴメン!』ボクは親友を現在進行で騙していることに対してひたすら心の中で謝罪する。
「それだったら、一先ずJUNASに連絡を入れて……」
「連絡は待って!」
「?」
JUNASに連絡をしようとした捺香を、夜中であることも忘れて大声を上げて制してしまう。
「おかしいよ? ルカちゃん。大声まで出して止めて。動けないなら連絡くらい入れておいた方が、有事の際には早い対応ができるでしょ?」
捺香の言うことはもっともだ。普通ならこの場合は、連絡だけでも入れて安否を伝えるのは優先すべきことだ。しかし、今は状況が違う。敵の目が届いている時にそれはマズイ。
「お願い! JUNASに今はボクの事を連絡しないでおいて! この通りだから!」
下手しなくても、本人が知らない状況下での緊張状態なんだ。目の前にいる敵を刺激したらダメなんだ。ボクは頭を下げてJUNASへ連絡しよとする捺香を止める。
「どうしてそんなに連絡を拒むの? 誰かに脅されてでもしている?」
捺香は疑いの目線をボクに向ける。確かに脅されているのは当たっているけど、その脅している相手が目と鼻の先に居る二人なんだって! ここは気を疑いを逸らさないと。
早く説得しないと。ボクは短い時間で必死に考えたこと、捺香に言った。
「秘策! そう秘策! 実は考えがあって、まだ身を伏せなきゃいけないの。だからついでにJUNASには秘密にして置いてこのままにして。お願いだから」
咄嗟に良い思いつきが出なかった。流石に自分で聞いていても苦しい言い訳だ。これは捺香に通用しないと思ってしまう。
「流石に苦しくないかな、その言い分は。やっぱり変だよルカちゃん。保護も連絡もこんなに頑なに拒むだなんて。さっき思っていたけど、もしかして……」
脅されていたことがバレた? それはいけない。
「もしかして……ルカちゃんもアクジさんのことを?」
違う! 心外だ! 誰があんな奴の事なんか。
一緒に過ごしているうち、良いやつなのかなとか思ったりしたこともあったけど、最後の最後でやっぱり大っ嫌いなやつだった!
今度は違うこと(しかも見当違いな)で疑われる。けど、脅迫されていた疑いからそらす為の目的は成功した。
捺香を言いくるめようと、シニードリンが捺香に近づく。
「捺香、どう? 私、あくじの家に泊まろうと思っているの。あくじの家って両親居るけど、それでも女の子と一つ屋根の下って、不安じゃない。だから幼馴染で昔は一緒に泊まり合いっこした仲の私が来ているんだけど、捺香ちゃんも一緒にどう? それなら、ある程度のルカちゃんの安全も守れるでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「見てもごらんなさいよ。あれって驚異だと思わない? 私の勘がいってるの。よく見てごらんなさいよ」
シニードリンに促されてボクの姿をまじまじと見つめる捺香。キミはいつも見慣れているでしょ。
しかし、この時の反応はいつもの捺香とは違っていて、再開の時の元気をどこかにやってしまったかのように急に膝を折ってしょぼくれてしまう。まるでさっき私を見たときのシニードリンの様に。
「どうしたの捺香。急にへたりこんで」
そこへ、へたりこんでしまっていた捺香の肩をシニードリンが掴み、二人でのこそこそ話を始める。
「言われてみれば……、油断なりませんね」
「でしょ? だからゴニョゴニョ……」
そこから捺香の耳元に口を寄せ、シニードリンは内緒話を始めるが、私にはその声は小さくて何を話しているのかは断片的にしか聞き取れない。
「もしも……あくじ…………だったら……ヤバ……」
「……私も……うかうか……してられ……」
「どう……ここは…………と……ない?」
「そうですね……ここは……」
「それじゃあ、そういうことで」
二人は話し終えたらしく、互いにがっちりと手を組む。
シニードリンとの手を解いた捺香は山田アクジに向けて見上げる。
「アクジさん。そういえば、ルカちゃんを匿うって言いましたよね?」
「い、言ったなあ」
「それってルカちゃんと一つ屋根の下ってことですよね。ですよね」
「家には親父も母さんもいるし、そういうこととは違うんじゃないかなぁ」
「私もいるよ!」
「そうですか、一つ屋根なんですね。ちょっと待ってください……」
捺香は上着についているポケットから携帯電話を取り出して、私たちから一歩離れた距離で、電話をかけ始めた。
「もしもし私です。……実は友達の家で泊まることになって。……うん、いつも言っている友達の所。……銀子ちゃんと一緒。家には友達の親も一緒に居るから大丈夫。……ワガママなのに聞いてくれてありがとう。お休み」
一通り家への連絡を済ませた捺香は山田アクジに向き直る。
「これで家からの外泊許可は貰えました」
止めて、捺香。これ以上この家に居ることは危険だ。
でも私は、本当のことをこの場で明かせない以上、そのことを目で訴えることしかできない。
しかし思いは届かずに、ボクにキッとした眼を送り。
「ルカちゃんには負けませんからね!」
思い違いの宣戦布告を突きつけられた。何もしていないのに、理不尽に親友からそんなものを貰っても嬉しくない。
ボクは山田アクジを睨むことで、この腹の内の怒りをぶつけた。
* * * * *
山田アクジですが玄関前の空気が最悪です。
某有名スレッドのタイトル風に挨拶をしたものの、状況が変わるわけではない。
家に帰った時が一番疲れが多いってどういう事ですか!
すっごく空気が淀んで重たくなっている。
銀子と捺香は牽制をイエローに送るし、イエローは俺に敵愾心むき出しの瞳で睨んでくるし。
それにだ。このすぐ近所というか直下には、こういった空気を好んでよって来る人種が居るわけで……
「玄関ですべては聞いていたわよ! 面白いことになってるじゃないのよアクジ」
「母さん……」
あーあ、来ちゃったよ。おまけに今までの会話が全部筒抜けと来たもんだ。
「そこの着物美人ちゃんがそうなのね。へ~、ふーん」
「な、なんなの?」
イエローの姿を足の先から頭の上の毛先まで、まるで舐めまわすようにして観察する母さん。一方見られている側のイエローは気持ち悪そうだ。
「マーベラス!」
母さんはサムズアップで感嘆の意を表す。あの様子だと内心でもかなり喜んでいる様子だ。
「いや~、金髪美少女ってジャンルを、一度でいいから生で見たかったのよね。そこのあなた!」
母さんはイエローの肩を掴んで、鼻先三センチといったところまでズズイっと顔を近づける。近すぎるだろうよ!
「ぼ、ボク!?」
かなり押し押しの母さんに、一歩どころか二歩三歩下がってたじろぐイエロー。仕方がない、あれは身内の目からしても引いてしまうレベルだ。
とはいえ、イエロ―の着物姿に興奮していた自身の姿を思い出す限り、人の事は決して言えたものではないのだけど。
「しかも、ボクっ娘だなんて素晴らしい! おとーさん、早く来てみてよ! 家の子にしたいレベルよー!」
「「お義母様! それは、私たちが!」」
尚も、母さんの暴走っぷりは止む気配がない。
「さあ、お家に入りましょう。待っていてね。こんなこともあろうかと可愛い女の子向けの洋服はタンと用意してあるから」
「助けて、助けてよ~! この際、山田アクジでもいいから! この女から私を引き離して~!」
一人息子しかいない家に、どうしてそんなものがあるのだろうか。
いや、野暮なことは控えておこう。今の母さんは、可愛い子を家の中に引きずり込もうとしている不審者にしか見えない。ツンケンしていたはずのイエローが俺に助けを乞うほどに、今の状況はカオスを極めていた。
「捺香! 私達もうかうかしてらんないよ! 早く一緒に家に入ってお義母様のポイントを稼いでおかないと」
「そうですよね。今のお義母様はルカちゃんに夢中です。このままではルカちゃんに私たちのポジションを奪われかねません。善は急げです。お義母様! 私たちもご一緒します」
こうして、母さんとイエローを筆頭に、銀子、捺香も俺の家に入って行った。
肌寒い夜風が吹く玄関先で、先ほどまでの喧騒はウソみたいに静まり返っている。
つい先ほどまでは、いろいろなものを俺に向けられていたのが、母さんの登場で色々と流されてしまってすっかりなくなっている。それはそれで助かったのだけれど、一人ポツンとされても納得いかない。
いくら待てども、玄関は勝手に開いてくれるものではないので、一人寂しく「ただいま」と一言いれて戸を潜った。
次回は明日の夜九時に投稿予定です。




