―chapter2 『死神』ニョルズ登場―
イエローを預かってから三日が経った頃。俺は大総統にまた呼び出されていた。
「――であるから、明日はイエローを連れて例の場所を回って行きたまえ」
本日、俺が呼び出された理由。それは、組織のあちこちを見せることだった。指定された場所には、特に機密事項などないが、それでも積極的に見せるものでもない。俺なんかに、大総統の考えていることの理解はさっぱりだが、ちゃんとした考えがあるのだろう。
「大総統! 私もあくじに付いていきます!」
突然、俺の背後に気配を現す銀子。何時からそこにいた?
「シニードリンいたのか!?」
どうやらあの大総統でさえ銀子の気配は気取られていなかったようで、大総統自身が驚きを隠せないでいた。
「はい、いつもの日課のあくじのストーキングをしていたので」
怖ぇよ! あれだ。第一話の最後で銀子の俺への依存が減ったと俺いったけど、やっぱりあれ全部なし! あれからも凄い粘着質のままだったわ。
いつもって言ったよな? 俺はいったい何時から銀子に憑かれていた? というかむしろ、病んデレ化が進行していませんか?
「悪いけど、シニードリン君。君は君でやってもらいたいことがあるから、残念ながらアクジ君とは別行動になるんだ」
「……分かりました。寂しいですがお引き受けします」
ありがとうございます助かりました大総統。俺、今日はあいつが急に怖くなっていました。
「アクジ君。頼んだよ。それと、シニードリン。後で頼むことがあるから、残っておくように」
「分かりました大総統。それでは……」
大総統に深く頭を垂れ、俺の本日の呼び出しが終わったので俺は帰ろうとしたが、総統が急に思い出したように俺を呼びとめた。滅多にない真剣な様子だった。
「一言、伝えるのを忘れていたよ。アクジ君、イエローをくれぐれも頼むよ」
何時にない大総統の真剣な物言いに、俺は気を引き締め直し奥の間を出た。
* * * * *
「おい、行くぞ」
軟禁されて四日目のイエロー。息苦しいアーマーズのマスクは外しておくようになっていて、軟禁部屋の中では素顔を晒すようになっていた。また、アーマーズを象徴的するアーマーも蒸れるという理由で外していて、今やアーマーの下に着けるボディーツのみというラフな格好になっていた。
「ボクをどこに連れて行こうというんだ。もしかして、ボクはもう用済みになったとかで殺すのか。それとも乱暴するのか。このクズが!」
開口一番、酷い言われ様だ。
「お前さんは大事な交渉材料で、俺はお上からは大事にしろと上から言われた身だからなんもできねえよ」
「そんなこと言って他の奴らをつかってボクのこと、凌辱するつもりなんだろ」
「りょ……て、お前! ……底も心配はしなくていい。俺はお前の面倒を任されたからな。もし危害を加える奴が組織内でいたら護ってやるよ」
「ただの戦闘員が護るだとか、何を言っていんだか……へっ」
「鼻で笑われた!? こう見えても並みの戦闘員よりも力はあるし、今の無力化されたお前よりもずっと強いんだぞ」
「だったらその襲ってくる相手が、格上の怪人とかだったらどうするのさ」
「う……そ、それは……善処する」
「善処かー。それって、『頑張った。けど護れませんでした』も入るんだろ? 便利な言葉だよなー」
「分かったよ。だったら、絶対に護る。これでいいか」
「『だったら』だって?」
「絶対守る!」
「そうか。それだったら、せいぜい期待してみるよ」
敵同士なのに、こうして冗談を言ったり軽口を言い合えるようになったのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。
ま。少なくとも、そんなに悪いことではないか。前向きに考えとこう。
「イエロー。お前攫われた人が、どうしているか知りたくないか?」
「……それは、知りたいけど。でもお前がそのことを言い出すなんて、怪しいな」
別に俺が言い出したことじゃないんだけどな。
イエローは、誘拐された人に会すという俺の提案を受け入れるべきかどうかを悩んでいる。
そうだよな。軟禁とはいえ、普段は移動を制限しているのに、そんなことがあれば普通は怪しむよな。
「なに。JUNASと、そろそろコンタクトを図ろうと思っていてね。その時JUNASの方に、捕まえて囲っている人物の保証をお前が証言してくれれば、向こうは信用ができるだろ」
「ということは、お前たちが攫ってきたお年寄りたちは無事でいるんだ? とりあえず攫われた人たちの安否が分かってよかったよ。……ところで、いつも一緒にいるシニードリンが見当たらないけど、どうした?」
「あー。あいつは別行動らしい。大総統が頼みごとをしていたけど、詳細は知らん」
そういえば、大総統の所から出ようとしたときに一言あったな。大事に扱おう。もとよりそのつもりではあるけど。
イエローは俺が居ない間は、シニードリンを呼んで話しをしているらしい。女同士だから話題も共通しているものが多いのだろう。
「はい、コレ。仮でも、女の子が出かけるんだ。毎日来ている同じものじゃ嫌だろ? だから、シニードリンから借りてきた。多少のサイズに違いはあるかもしれないけど着れると思う。どうせ無力化されているんだし、そのスーツは着ても着ていなくても関係ないだろう?」
「突然ボクにそんなことをさせるなんて、なーんか怪しいな。その服に、盗聴器とか盗撮機とかしかけてないか」
「なんなら見て見るか? 俺は別に構わないけど。確認してみろ、仕掛けなんて無いから」
俺はイエローに、持っていた着替えを渡す。
「もっとも、どうせシニードリンの服だし。最終的に何かあったとして、ビリビリに破かれたとしても俺は傷つかない」
「お前……。自分の彼女に酷いやつだな。女の子にとって、オシャレと服は大事なものだよ。ボクだって女の子なんだ。せっかくの服をダメにできる訳がないよ」
つい、イエローの胸を見て「お前、女だったのか」と余計な茶々を入れたい衝動に駆られたが、言ったところで良いことなど一つもないような気がしたので堪えることにした。
「どうやら、おかしな仕掛けはないようだね。ありがとう。とりあえず着がえててみるよ」
正義の味方のイエローが、悪の戦闘員である俺に、ありがとうと言ってくれることがある。このことに、俺は最初は驚いた。正義の味方からは敵視こそされても、お礼なんて言われるわけがないと思っていた。
イエローと三日間接して分かったことだけど、イエローは善意には誠意で返し、悪意には制裁で返すのが信条らしい。要は、善悪の判断は悪人・善人というよりも、善行・悪行で判断している。そのため、こちらが悪さをしていなければ特に責めたりはしない。
だからこそイエローは、相手が悪人であっても好意での行動は普通に認めてくれるのだろう。
「だったら俺はお前が着替えている間、この部屋から出ておくよ。着替え終わったら呼んでくれよな」
「そんなこと言っておいて、本当は覗くつもりなんだろ」
「しねえよ! 誰が好き好んで、その貧層な体を見たいんだよ」
「出てけっ! 死ね!」
顔面を狙って部屋の中の物が飛んできた為、俺は慌てて部屋を出て、部屋のドア前で待つことになった。
冗談が半分強だったつもりなのに、あの時のイエローには確かな殺気が宿っていた。そういえば以前も俺は、イエローの胸に対するコンプレックスを意図していなかったとはいえ、刺激してしまってダウンさせられかけていたのを思い出す。これではっきりと確信が持てた。あれ以上、彼女に胸の事は絶対に禁忌だと。
それから、イエローの今後の扱いについてを思案していると、廊下の向こうからやってくる影があった。
「これは、ニョルズ様。こんなところに、どんな用事ですか?」
やってきたのは大幹部の一人、『紫電』の死神ニョルズだった。幹部一の女好きを自称しており、事実組織内で彼のナンパする姿が多数目撃されている。
この施設は、普通は用事があるのは戦闘員らのみで、大幹部達には全く縁がなく近づくことはない。
「まず最初に言っておくが、僕はキミがとても気に入らない」
出会い頭に何の前フリもなく、直属ではないけどの上司から酷いことを言われた。
「お前の噂は僕の耳にもよく入って来るよ。ただの戦闘員の分際で、公私ともに女の子に囲まれているそうじゃないか。ただの戦闘員のくせに」
戦闘員は関係ないだろ!
だいたい、囲まれているのだって俺自身が納得いっていない。そもそも、あの二人が俺の事を好きになった理由からして、本当に俺の事が好きなのかどうか怪しい。
銀子は、そもそも俺に依存していただけで、そこら辺を恋愛と勘違いしているような気がするし。捺香に至っては通りすがりの俺に親切にしてもらったのがきっかけだし。
二人の態度から、俺の事を想ってくれているのはよく伝わって来るけど、それだけにそんな理由だけで俺を好いてくれるのは気が引ける。
「……ところでイエローはどこだ? ここら辺で、軟禁状態で閉じ込めていると聞いたのだけど」
「それなら、俺の後ろにあるこの部屋ですよ。ただ、今は着替え中なので入れません。また時間を置き直してください」
「そうか、ならもう別にいい。捕えられて苦痛に歪んだイエローの顔が拝めると思ったのだが、ココにまた来るのは面倒くさい」
「……? てっきり、女性好きのニョルズ様の事だから、女性であるイエローを見に来たのが目的だと思いました」
「いいや。僕は用があったのは山田アクジ! キミに宣戦布告をするためだ。だいたい、貧乳の女なんて、僕にはアウト・オブ・眼中だ!」
ニョルズが「貧乳」というワードを口にした途端。背にした部屋のドアから、ドス黒い殺意の波動が染み出てくる。生存本能が警鐘を鳴らし、背からは嫌な汗がどんどん吹き出てくる。
ところが、この殺意を直接送られているはずのニョルズにはちっとも効いていない様子。そこらへんは大幹部だなと、変な所で感心してしまう。
しかし、そんなことよりも……。
「宣戦布告ってなんのです? 俺、あなたと争っていることってありましたっけ?」
ニョルズから、恨みを買うようなことをした覚えなんてない。宣戦布告された理由が俺には分からない。
「ふふ、しらばっくれるつもりか……。ならそれでもいい。しかし、覚えておけよ! 僕はお前が大っ嫌いだ!」
大声が人通りの少ない通路に響く。
ニョルズから一方的に嫌われて、一方的に宣戦布告された俺は、そのままボケっと突っ立っていた。
それからほどなくして、着替えを終わらせたイエローからのノックがした。
「っっっっっっっ、しゃぁぁぁぁぁああああああ! いぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁああああ! きぃぃぃぃっっったぁぁぁぜぇぇぇぇいいいぇぇぇい!」
着替えたイエローの姿を見て俺は歓喜の雄叫びを上げた。
あまりの俺のテンションの高さに、イエローは軽く引いている。
「この恰好、おかしくない? 時代錯誤にも程があるでしょ!」
そもそもその着物の袖を通す時にイエロー、あんた確認してたでしょうが。それでも、分かって着てくれるあたり優しいな。
改めて、俺の渡した服を着てくれるイエローを見てみる、
イエローの恰好は、山吹色の着物姿にチャコールブランのロングブーツとナウでモダンな大正ファッションだった。いやー、さすが貧乳に着物は映えるなー。口に出したら半殺しにされそうだからそんなこと言わないけど。いやー、最っ高ぅ! ヒャッハー! フッフゥー!
「似合ってる、似合ってる! これで外を歩けば、すれ違った男はみんな振り返ること請け合いだぜ」
「それって、奇妙な目で見られるってことじゃないの?」
イエローは、着替えた自分の姿を見て不安を口にする。よっぽど自分に自信がないのか、イエローのその表情・口調共に暗い。
「そんなことないって! 金髪というテイストにマッチさせるめに選んだ山吹色とその色と対比のために選んだチャコールと洋という成分のロングブーツ。その無駄のないスレンダーな体つきは、造形美とも呼べるほどのもので、着物と合わせるためのようだよ。それに顔だって、化粧はしていないんだろ?」
「う、うん……」
俺の問いかけに、イエローは頷いてくれた。表情は少し明るくなってくれた気がする。
「それでこれだけ、べっぴんさんなら十分だ! 美少女好きの俺が保証する。間違いない、文句なしの美少女だ!」
俺は、着物姿のイエローから思いついた言葉を並べて褒め称えた。
「美少女なんて……ボクは男っぽい口調だし、身体だってこんなに女の子らしくないし」
イエローの光がさしたかと思った表情には再び影が差しこみ、それから自分の胸を撫で下ろす。身体とは、やはり胸の事を言っているのだろう。これはかなりのコンプレックスだぞ。
「別にそれがどうかしたか? 俺からすれば、そんなの欠点じゃなくてただの個性だ! 知っているか、こんな言葉を? 男の子は本当は胸なんかよりもこれが大好きなんだ」
「それは何?」
興味深そうにイエローが、俺に続きを促す。よし、食いついてくれた。
「それはな……『可愛いは正義!』だ。お前は、俺の知る限りのどんな美女にだって引けを取ってねえよ」
「……ボクって可愛い?」
「ああ! 俺が断言してやる!」
「お前って相当な女たらしだよ。――そこが、嫌いじゃないけど」
「ん? 最後の方はなんて言ったんだ?」
イエローは最後の言葉はワザと聞こえないようにこっそり言ったようで、俺にはなんて言ったのかよく聞き取れなかった。嫌いとか云々いってた?
でも、よかった。暗かったイエローが少し明るくなって、僅かにパアっと顔が華やぐ。女の子が元気になって何よりだ。やっぱり笑顔はどんな子にだって似合うな。
「思いっ切って、五万円自腹を切った買いがあったな。もっとも五万なんかじゃ本当にいいやつは手が届かなかったけど」
「この服ってシニードリンから借りたん物じゃなかったの!? それに、ごま……五万円って馬鹿じゃない!? そんな金があるならもうちょっと彼女に使ってやれよ」
心配しなくてもあいつからはデートと称され日々何らかの形で、有り金を少しずつ毟られているよ。お陰であいつの為のお金はなかなか貯りゃあしない。
「美人の着替えも済んだし、さあ行こうか!」
連れて行くために握ったイエローの手は、ほんのり熱を帯びていた気がしたけどそれがどういうことなのか、あの時の俺には分かっていなかった。
貧乳キャラを押しているようですが、作者の方はおっぱい星人でございます。ただ優先順位が[美少女>おっぱい]の図式になっておるだけですはい。




