―chapter1 嫌な予感しかない―3/3
「――と、まあココでの生活については以上だ。なんか質問ある?」
イエローへの説明を一通り終えた俺は、イエローに分からないことはないのか聞く。
「なにもないよ。元より、悪いやつらから聞くことなんてあるもんか」
当たり前だけども、すっかり嫌われているな。
「そうか、俺たちはこれで出ていくから何かあったら呼べよ。じゃあな!」
俺と銀子は踵を返し、部屋を出ようとする。が、ドアノブに手をかけたところで、俺はこの部屋について聞いていた噂を思い出す。
「……そういえばその部屋にはでるらしいけど、最近そんな噂は聞かないし、大丈夫だろうから気にすんな」
よかった言えた。さっきから、なにかを歯につっかえたような気分がしていたんだけど、思い出せてよかったよかった。
「もう出ようか?」
「そうだね」
俺と銀子はイエローを部屋に置いて出てい……。
――ブー。
部屋から出て十歩目でブザーが鳴った。
「なんかあったのか?」
呼び出されたので、イエローのいる部屋へ戻ると、出て行った状態のままでいるイエローがいた。特に異常があるわけではなさそうだった。
「別に……」
「まっ、何もないならいいか」
俺と銀子は再び部屋を後にする。
十分後。
「今度はなんだ?」
「お風呂に入りたいんだよ! ちょっと、シニードリンを呼んできて」
密室の起きやすい、風呂やトイレは鍵付きで自由には利用ができないようになっている。ちなみに、トイレはともかくお風呂は一緒についていく必要があるため、男の俺には無理なことだ。
「分かったよ。待ってろ」
俺は銀子を呼んでイエローと入ることを頼んだ。
一時間後。
「もう上がったか?」
二人はそろそろお風呂から上がっただろうと思い、軟禁部屋に三度やってきた俺。もちろん、女の子のキャッキャウフフを見てしまうというハプニングを防ぐためノックはする。
「……もう、大丈夫よ」
ドアの向こうから銀子の許しが出たのだが、なぜか銀子の声は淀んでいる。
「お邪魔しまーす」
銀子の反応が気になるが、ともあれ、許可が出たのでとりあえずドアを開ける。
「わぁお!」
ドアを潜ると、そこには金髪ショートカットでボーイッシュな美少女がいた。
「お、おい! どうしたの!? いったいどっから出てきたの? この美少女は?」
本当は分かっているんだが、理解が追い付かないためどうしても確証が欲しい。
「残念だけどイエローよ。……どうせマスクの下なんて普通の顔だと……それに私以上の貧乳だから大したことないばっかり……まさかこんな兵器を隠し持っていただなんて、大きな誤算だったわ」
冒頭の部分しか聞き取れないぼそぼそ声で項垂れている銀子だったが、とりあえずあの金髪美少女がイエローなのは理解した。
「え!? 本当に?」
「……本当よ。私にとっては悔しいことに」
銀子にとって、イエローの素顔は想像よりも美人だったことにショックを受けているようだ。お前も美人所だと俺は思うけどな。
「元気出せって。お前だって、全然負けず劣らずの美人さんだと俺は思うぞ」
「……私の方が美人だとは言ってくれないんだね」
しまった! これは銀子の方を立てるべきだったか?
「でも、ありがとう。少し自信が持てたから」
俺の不十分なフォローだったが、それでも銀子を少しでも元気づけることができたようだ。
そんな俺と銀子のやり取りを、興味深く見ていた人物が一人。
「きみたち二人してやけにやり取りが親しいけど、まさか戦闘員と幹部でデキているの?」
「べ、別に俺たちはそんなんじゃ……」
「そうよ! 私とあくじの間は深ーい愛情でつながっているんだから。言っとくけど、あんたなんかにあくじは渡さないからね」
コイツ、言いおった。こっちは恥ずかしいから否定しようと思ったのに。
「心配しなくていい。ボクは要らない!」
「なによ、私のあくじが魅力的じゃないってわけ? そこはウソでも『そうだね、ボクも狙っちゃおうかな』ってぐらい言って、あたしを挑発して見せなさいよ」
「分かったよ。そうだね、ボクも狙っちゃおうかな。はい、これでいいかい?」
「今度は、私からあくじを略奪する気なの? 言っておくけど、私とあくじは幼馴染で、しかも長年の両想いで結ばれたんだから、あなたのつけ入るすきなんて一つもないのよ」
「だから興味ないって、言っているじゃん」
「なんですって!」
「面倒臭いなぁ、どういったら納得してくれるんだよ」
これには俺も、イエローに同意を示さざるをえない。これは、確かに面倒くさい。
「どうやらあなたには、あくじの魅力をたーっぷりと語る必要があるらしいわね。そこに正座なさい! まずは、あくじの百個の長所を教えてあげる。まずは――」
イエローが、俺に『コイツを早くしてくれ、お前の彼氏なんだろ?』と、目で訴えかけている。
俺は『もはや暴走状態に入ったコイツを止めるのは、俺でも至難の業だぞ』と、目で訴え返す。
イエローが『イイから、ダメもとでもやってみてよ。もしかしたら成功するかもしれないだろ』と、目で訴え返し返す。
そこで俺は「分かったよ。ダメもとでやってやる」と、目で訴え返し返し返した。
どういう訳か、ここに敵と味方の間柄でアイコンタクトでの会話が成功した。おそらく必死になった時の人の考えることなんて、得てして似通っているのだろう。
「あ、あのー。……銀子さん?」
この場合はイエローの目もあるが、普通に素の名前を呼んだので正解だろう。
「――があくじの六十九番目の長所で……って、あくじ。どうしたの?」
銀子は饒舌だった口を一旦休ませて、俺の話を聞いてくれる状態に入った。軽くトランス状態に入っていた銀子だったが、まだ声の届く余地はあったようだ。
「もうそろそろ夜も遅くなるからさ、今日はこの辺にして置いて休もうよ」
腕時計の短針は九時を指し示し、あと少しすれば自然とあくびが出てくる時間だ。
「そうね、物足りないけど今日はこの辺にしようか。出ようあくじ」
交渉にはどうやら成功したようだ。
「俺たちは出ていくけどまたなんかあったら遠慮なく呼べよ」
この日は俺も銀子も、組織に泊まり込むことになっているので早い対応ができる。泊まる部屋はイエローから近い位置にあるのでなおさらだ。
俺たちはイエローに手を振って部屋を出た。
五分後。
ブザーが鳴っておれはイエローに呼び出される。
「はいはい」
十分後。
「はいはい」
また十分後。
「はいはい」
そっから二十分後。
「はいは(略)」
五十分後。
「むにゃ、またか」
一時か……「お前は、いい加減にしろよ!!」
再三のちょくちょくしたイエロー呼び出しに、俺はとうとうブチ切れた。
「確かに遠慮なく呼べとは言ったけど、呼びすぎだろ! 今を何時だと思っているんだ? 新手の嫌がらせなのか? お前だって眠たくて眼が真っ赤になっているというのに、何がお前をそうしてまで俺に対する意地悪に駆り立てているんだよ!」
草木も眠る丑三つ時の深夜二時頃。未だ明りの灯る部屋に、俺とイエローはいた。お互い眠さでフラフラしている。
「……って……たから」
イエローの声は、蚊が鳴くのと同じくらい小さな声量ではっきりしない。
「もっとハッキリ!」
イエローの声に対比させるように、俺は大きな声で言った。
「だって、怖かったからだよ!」
俺の声に、今度はイエローは応えてくれて、負けじと大きな声で言いかえしてくれた。
お前、正義の味方のクセして幽霊が怖かったのか。正義の味方のくせに。
「お前が悪いんだ。ボクは幽霊とか大嫌いなのに……、あんなコト言うから……」
ああ、あれか。俺としては、ちょっとからかったつもりなだけだったんだけどな。仕方ない、俺に責任があるみたいだし。
俺は携帯端末を取り出し、銀子と回線をつなぐ。
「今起きているか? ……ああ、すまん。ちょっと来てくれるか? ついでにあれも持って。……大丈夫? ……うん、ありがとう」
「今の連絡ってシニードリン?」
「ああ、今来てもらっている」
五分ほど待っていると銀子がやってきた。
「あくじ~、来たよ~! 言われたものもちゃーんと持ってきたよ」
「すまないな」
端末の向こう側では眠たそうにしていた銀子。深夜の影響でハイテンションになっているご様子。
「それは?」
銀子に持ってきてもらった物に反応するイエロー。
「見た通りボードゲームだ。いろいろあるぞ!」
銀子に持ってこさせたものは、ボードゲームの山だった。
「怖くて寝れなくなったんだろ? だったらこれで、朝まで付き合ってやる」
「ボードゲームって、皆でやると楽しいよね! これで朝まで遊び倒そうっか! まだまだ夜は長いよ!」
「――ありがとう」
俺には一瞬、イエローが言った言葉を聞き違いだと思った。でも、ぶっきらぼうながらも確かにお礼を口にしていた。
「意外だ」
俺の、ふと口をついて出てきた一言にイエローは怪訝に眉根を寄せたが、すぐに元に戻し、そして顔の緊張を少し緩めてくれた。
「ボクだって相手がどうであれ、優しくされたら一応でもお礼くらい言うさ。お前たちと違って、ボクは正義の味方だからね。もちろん、お前たち悪人の心の底は信用ならないけど」
イエローの口調には端々に棘を感じさせられたが、大総統に引き渡されたばかりの時と違って、イエローとは少し打ち解けた気がする。
その晩、朝日が昇るまで俺たちは遊びに一喜一憂しながら夜を明かした。
明日は色んな時間帯の読者を呼び込むあざとい作戦のため、お昼に更新予定です。




