01:01:13 最初の犠牲者
三人称視点
「見つけたぁ! お前らは全員ぶっ殺してやる! 逃げるんじゃねぇ!」
距離は目測70~80メートル。
狂気の笑みに満ちた男の手にはクロスボウが握られており、矢の込められたクロスボウは啓一、撫子、忠邦に向けられている。
明確な殺意。
そんなものを今まで一度も浴びたことがなくとも、今この三人は男が自分たちを殺そうとしていることぐらいは容易に想像できた。何より、男は先ほどから狂ったように『殺す』と言っている。
「くそっ、何なんだあいつは!」
「あ、あ、あ……」
啓一が戸惑いながらも悪態を吐くなか、突然の恐怖に撫子は身を竦ませてまともに声が出ていない。
「ともかく逃げよう、啓一君、三条さん!」
声を張り上げたのは忠邦だった。
いくら広い空間だからといって、もたもたしていればあっという間に男は追いつく。
加えてあの男は武器を持っているのだ。いくら男が不慣れにクロスボウを使用していようとも、遠距離に放てる武器ではいずれ当たるかもしれない。近づかれればなおさらだ。
「わ、わかりました! 三条さん、走れる!?」
「が、頑張ってみます……」
啓一も忠邦の言葉に同調し、撫子に問いかける。
彼女はまだ声が震えていたが、啓一に手を繋いでもらうことで走り出す。
幸いにもこの広い空間はホールのようなものであったのか、男の背面と啓一たちの向かっている場所には通路が存在している。兎角、三人はその通路へと向かった。
「待ちやがれぇえ!」
「振り返らないで走るんだ!」
「はい!」
「わかり、ました!」
男は通路から来たばかりなのに対し、三人はこの大部屋の中心にいた。おかげで男は三人の倍は走らなければいけない。加えて興奮しているせいで息は荒れているため、そう長くは走れないだろう。
しかし、それは男が無手であればだ。
――ヒュォン!
「っ!?」
啓一と撫子の間を、風を切って矢が通り過ぎる。
その事態を把握したと同時に背中からどっと汗が噴き出し、同時に当たらなかったことに安堵する。
「大丈夫かい!?」
「なんとか!」
「ぅぅ……」
忠邦は振り返らず、二人に声を掛ける。それに啓一は返事を返せたが、撫子は今にも崩れ落ちそうなほどにグロッキーな状態だ。
もう一つ幸運なのは、あのクロスボウが単発式であるため、打つたびに矢の装填が必要だということ。おかげで外れれば男は矢を装填しなければならないし、不慣れであるが故に走りながらではまともに装填などできず、立ち止まるか走る速度を落とさなくてはならない。
その間にも三人は走り続け、通路へと向かう。
「止まりやがれぇ!!」
――ヒュゥオン!
「ぐあっ!」
それは偶然でしかない。
たまたまでしかない。
まぐれでしかない。
だが、狂気の男の放った矢は忠邦の腕を掠め、彼の着ているシャツと腕は同時に裂けた。
「忠邦さんっ!」
「いやぁ!」
忠邦を追いかけていた啓一と撫子にはその瞬間が見えており、現在進行形で忠邦の腕から血が滲みだし、シャツを紅く染めていく。
当たったことに満足したのか、男は笑みを浮かべて叫ぶ。
「ひゃはは、当たった当たったぁ!! そうら、もういっぱ――」
――ビー! ビー! ビー!
しかし、彼の言葉最後まで続かなかった。
男を中心とした場所から、けたたましい音が鳴り響き、その場にいた全員の思考を釘付けにし、足を止めさせる。
「この音は……」
その音に、啓一は聞き覚えがあった。
彼が起きるとき、あの音によって起こされた。ではなぜ、あの男からその音が聞こえだしたのか? 彼がその疑問の答えに辿り着くよりも早く、その答えは知らされた。
――『プレイヤー、御形灘蔵様。あなたはルールを違反しました。ペナルティとして首輪を爆破します』
「そうだ……ルール番号の5」
灘蔵がペナルティを犯したルールがあった。
それは、『ゲーム開始から二時間、戦闘を禁じる』というもの。
啓一はポケットから端末を取り出し、右上に書かれている時間を見る。
『95:54:31』。開始からまだ一時間ほどしか経過しておらず、戦闘の解禁はされていない。
判定としては、男がクロスボウを打っているだけならまだよかったのだろう。しかし、その矢が忠邦に掠めたとはいえ命中した。それが、戦闘行為と判定されたということなのだ。
そしてそのルールを、男は知らなかったらしい。
「ど、どういうことだよっ!? オレは拾ったチップに従った通り、装置の解除条件を満すための行動をしていたはずだっ! どうして、そのオレがルールを違反したことになるんだっ!」
顔を真っ赤にし、癇癪を起す男。
だからといってそんなことをしたところで、ペナルティが取り消されるということは無い。
そして、あの端末が警告した通りであれば、男の首に装着されている装置が爆発する。
「三条さん、見ちゃだめだ!」
「きゃっ!」
この後、男の末路がどうなるのか。それを想像した啓一は、咄嗟に撫子を抱きしめて彼女がその瞬間を見ないように、聞こえないようにする。
「お、おい、マジなのかよ……。嫌だ、いやだいやだ! 死んでたまるか! クソックソゥ……どういうことなんだよ、どうしてオレが死ななきゃなれねぇんだ! くそぉおおおおお!!!」
――『3・2・1・0』
――ドンッ!
男の断末魔と共に端末はカウントしそして、首輪は爆発した。
――ドタッ、グチャ
決して大規模な爆発ではない。
一瞬視界を奪う閃光と、ごく小規模でありながら、確実に絶命させる爆発が首輪によって引き起こされ、宿主を失った体は支えられることなく床に倒れ、切り離された宿主は、白目を剥き、生々しい音を立てて床へと落ちた。
「うっ……」
「………………」
焼き焦げなかった部分から血が流れ出し、そこを中心に血だまりが生まれる。
啓一と忠邦の目の前で起こったことは、映画や漫画のように血が噴き出すような派手なものではなかったが、その分だけ、今起こったことが現実なのだと、否が応でも実感させられた。
それは、忠邦が未だに痛むはずの傷口のことなど忘れてしまうぐらいに衝撃的であり、啓一はただ絶句じて胸の中にいる撫子のことを忘れているほどに。
そしてこの御形灘蔵という哀れな男の死が、このゲームの本当の始まりになるとは、知る由もないのであった。
開示ルール
・1:『貴方の両手足、首には特殊な装置が仕掛けられている。これに負荷を与え、尚忠告を無視した場合、首に装着されている装置が爆発する』
・2:『制限時間は97時間。残り時間は端末の最初の画面に表示されている』
・3:『ルールは全部で12存在する。上記に加えて、端末ごとにランダムで3つ加えられている』
・4:『この装置にはそれぞれ制限時間が設けられており、右足:49:00:00、左手:37:00:00、右手:25:00:00、左足:13:00:00、首:01:00:00。までに装置を解除できなければ、両手足には神経性の毒による四肢の自由の拘束。首の装置は爆発する』
・5:『開始から2時間の戦闘を禁じる。もし正当防衛以外の戦闘を行った場合、首の装置を爆発させる』
・7:『このゲームで97時間生存した者は勝者となり、50億円を山分けする』
・8:『ジョーカーが存在する。これは1~13の数字全てに偽装が可能。偽装しているときはその番号のルールを確認することが出来る。ジョーカーは一度番号を変えると六時間の間番号を変更できない。なお、この端末によっての装置の解除は最初の持ち主の身に適応される』
・9:『端末にはそれぞれ、A、2、3、4、5、6、7、8、9、10、J、Q、K、の数字が画面に記載されている』
・11:『装置の解除には、解除条件の入力されているチップをインストールした後、条件を満たすことで解除できる』
・12:『この空間内において、己の良心が許す限りは何を行おうと構わない』