96:00:00 ゲームオーバー
三人称視点
――『おめでとうございます! あなたは装置の解除条件を満たしました!』
「お」
「ん」
「あら」
「おい、そこ最後は『な』とかそういうのだろ普通!?」
「え、今そういう流れでしたの!? というかそこ要りますのっ?」
「(こくこく)」
「ス、スズまで!? わたくしが何を間違えたんですの……」
「いや、何も」
「だったらさっきの言葉要りませんわよねぇ!?」
「世の中はノリなんだよ。それより、スズ」
「ん」
「それよりもって……それよりもって……」
突然の無茶振りに落ち込む伊菜穂を傍目に、気にしないことにした啓一は錫奈へと促すと、錫奈もわかっていることなので慣れた手つきでもって端末と首についている装置を接続する。
――カチャン
装置は特に問題なく外れ、それを手にした錫奈は外れた装置を床に置く。
「すっきり」
「まぁ結構息苦しいというかそんな感じあるよな、これ」
基本的に気道確保には問題がないわけだが、それでも慣れない人間は首に異物感があり、長時間にわたるその拘束が解かれたときは結構な解放感となって襲い掛かってくる。まぁそれを勘違いして時折縛られることに目覚めてしまうものもいるのだが、この中にはいないようだった。
それにしても錫奈が最後の装置を外したことで、ここにいるメンバー全員の体には装置が取り付けられていない。加えて五体満足であり、錫奈に関して無傷と言って差し違えなかった。
対する伊菜穂は身体的なダメージはあると言えばあるが、それよりも心身にあったほうだし、加えて彼女の服は存在しないので毛布か啓一の着ていたジャケットオンリーというものだった。
今でこそ啓一のあのような無茶振りにそれなりに反応もするようになったが、最初こそ結構心のダメージは深かった。それでも、伊菜穂がもとより素直であることと、錫奈に触れ合ううちに元気にはなり、啓一たちの方から最初の頃の事を切り出すことが無ければ落ち込みもしないし、よく笑うようになったほうだ。やはり子供というか、幼女は強いということなのか……。どうでもいいことを啓一は一瞬真面目に考えていたりもしていた。
「………………」
「おーい、鈴白? 拗ねんなよー」
「どうせ……どうせ……」
「伊菜穂ー? んー、こりゃ駄目か?」
「おまかせ」
「お?」
ちょっと無視し過ぎたと、啓一と錫奈に背を向けて体育座りしながら床に『の』の字を書き始めた伊菜穂に啓一は声を掛けるも、反応しない。
そんな啓一が困ったそんな時、錫奈が立ち上がって伊菜穂の下へと歩いていく。
「わたくしはー、どーうせこんなのが似合うんですのよー。ぐすん」
「シロちゃん」
「むー」
不満を垂れ流しながら、涙目になっている伊菜穂の正面に錫奈が立って名前を呼ぶ。しかし伊菜穂は意地でも拗ねることを続行するようで、錫奈から目を反らしながら頬膨らませるという、お前どこの小学生だよ、と突っ込まれる態度をとった。
しかしそこで挫ける錫奈大先生ではない。伊菜穂の心を癒したその実績は本物である。
「よしよし」
「あぅ……」
「で、でたぁー! スズの得意技、『なでなで』だぁっー!」
変な解説役と化した啓一の事を放っておく。
錫奈が座っている伊菜穂に目線を合わせるように屈むと、彼女の顔を見ながら、頭を撫で始める。
柔らかく、優しく、丁寧に。
顔を見られて年下の子に撫でられればそりゃあ伊菜穂も恥ずかしい。かといって、まだ伊菜穂のご機嫌メーターは下の方。『の』の字を書くことは無くなったが、まだ頬は膨らんだままである。
そこで、錫奈は次の行動へと移った。
「あ、あれは!? まさか伝家の宝刀――」
「ぎゅー」
「――『ほうよう』だぁっー! これを喰らえばさすがの鈴白選手も陥落するかぁー!?」
「うぅ……」
「よーしよし」
「ここで合わせ技だとぉ!? これは本気だ、本気で落としにかかっているぞぉー!」
「にゅぅ……。わ、わかりましたわ! もう大丈夫ですわスズっ!」
「オチたぁー! 勝者、柏木錫ぅ奈ああああぁー!」
もう一度言うが、変な(以下略
抱擁。そしてそこからのなでなで。
泣いた子供、愚図る子供、その不機嫌という感情を解消するための奥義である二つを喰らい、さらに行った人物は錫奈であるからには、もう伊菜穂は白旗を上げるしかなかったのだった。彼女の顔は真っ赤っかである。
その言葉に安心したのか、もうしばらく錫奈は伊菜穂を抱きしめており、伊菜穂の赤みは首まで広がっていた。
そして十分満足したのか、錫奈は抱擁を解くと最初にいた場所に腰を下ろし、機嫌の方もどちらかというとよくなって伊菜穂も向き直る。体育座りのままで。
「ふむ」
「どうしたんですの?」
「いや……まぁいいか」
「はぁ?」
その状況を観て、啓一の視線は一瞬とある場所へと向かいながらも、即座に離す。
そして見られているという自覚があった伊菜穂は啓一に尋ねはしたのだが、啓一は何も言うことは無く、その態度に伊菜穂は首を傾げるしかなかった。
というわけで、どうして啓一がそんな態度をとったのかを一応解説しておこう。まず一つに、伊菜穂は服がない。そして、もちろん下着もない。だが彼女は男性である啓一の前でも一応話せている。別に彼女が痴女だったり露出癖があるわけではない。なぜなら、今彼女は啓一のジャケットを曲がりなりにも着ており、伊菜穂にとっては大きめであるジャケットは座り込んでいれば基本的に全身を覆えるだけなのだ。そう、基本的に。なので所謂女の子座りをしても全身を隠せているので大丈夫なのだ。だがどうだろうか、体育座りというのは膝を曲げ、身体へと寄せて座る形のことを言う。そうなると、着ているジャケットはいくら大きくても膝を覆うことは出来ず、自然と膝の横に落ちてしまうことになるのだ。
お分かりいただけるだろうか?
つまり、単刀直入に言って体の下半身部分が丸見えだということなのだ。そして、そうなれば伊菜穂は下着をもっていない。身に着けていない。故に何も下半身を守るものは存在しない。そういうことなのである。それを啓一は言うべきか迷ったわけなのだが、もしそれを言ってしまえばいろいろとややこしいことになるので、発言を控えたということなのである。
名誉のために言えば伊菜穂はこれを自覚していない。先ほどの錫奈とのこともあったせいで思考が上手く働いておらず、いつも無意識的に行われていることも慌てたことで体が反応せずこうなってしまっただけなのである。ただそれに、気付いていないだけなのである。だからこそ、わざとじゃないのである。
「えー、まぁこれでここにいる全員は無事に装置の解除も成功し、あとは数十分を残した時間を過ごすわけだが、どうかしたいか?」
よって、啓一は意識を別方面に切り離すべく言葉を投げかけた。
もう命の危機に一応さらされることは無い以上、ゲーム終了時間である『97:00:00』までは何もすることがないというわけで。
そして、現在の時間が『96:29:18』であるため、残り時間三十分弱をどうするかということを聞きたかったのだ。
「ごはん」
錫奈は何か食べる意思を告げる。
「いや、スズ、朝食は先ほど食べましたでしょう?」
対して朝食はほんの一~二時間前に済ませた伊菜穂としては食べるという気分でもない。
「お昼」
「お昼……ですの?」
「(こくこく)」
「早くありません?」
「(ふるふる)」
「そうは言いますけれど……」
どうやら錫奈はお昼を摂ろうということだった。
それでも、少し早すぎると感じている伊菜穂の表情は苦い。
「まぁいいんじゃないか」
「ですが……」
「スズがやりたいのはお昼を摂るというよりは、お祝いをしたいというわけだろう。なぁ?」
「(こくこく)」
「そ、そうでしたの? それは、配慮が行き届いてませんでしたわ」
渋る伊菜穂を説得させたのは啓一だった。錫奈が何をしたいのかを見抜き、意図も理解した。
錫奈という少女は頭が良い。確かに子供ではあるが、そこらの同年代の者たちよりも考え方が違う。だからこそ、このゲームが終わると同時に今いる三人が散り散りなってしまうということがわかっているのだろう。だからこそ、少しでもここにいる者と楽しい思い出を作りたいのだ。そして、楽しい思い出として思い当たるのは、パーティー。つまりは食事を皆で盛り上げながらして締めくくりたかったのだ。
「よっし、そんじゃ食糧全部使うぞ。缶詰も何もかも、普通に食うんじゃなくて、調理しちまおう!」
とりあえずまた伊菜穂が落ち込まないように、啓一が声を張り上げて荷物を漁り始める。
「で、ではわたくしはコンロを準備いたします!」
「スズは配膳頼むぞ」
「ん」
「あ、そうだ。おい鈴白!」
「なんですの?」
「コンロ三台持ってこい!」
「なぜっ!?」
「無論、料理対決を行う! そして誰が一番保存食を上手く調理できるのかを競う! 意義はあるか!?」
「ない」
「んー、わかりましたわ。最後ぐらいはやってみせますわよ」
こうして、最後の食事の前準備が始まり、料理対決という突発イベントが起こるのだった。
見事確保してきたコンロ三台と鍋。結構余っていた缶詰たちを各々が次々に開封しては鍋に叩きこみ、火をつけて料理は進んでいく。味見をする者いれば、さらに料理を突っ込むもの、調味料で味を足していく者、思うように料理は展開された。
そして――
「完成だっ!」
「できた」
「できましたわっ!」
残りが十分を切ったところで、全員の料理は完成した。
「じゃ、時間もないんだ、さっさと食ってこうぜ。言い出しっぺは最初の俺だ」
「いただきます」
「いただきますわ」
まず最初に啓一の料理から。
主に魚の缶詰を叩きこんで蟹の身を突っ込んだりと、豪快な出来となっている。
別段見た目ヤバいというわけでもないので錫奈も伊菜穂も特に警戒はせず、料理を口にした。
「どうだ?」
「ぐっど」
「以外といけますわ」
「以外って……」
「でも味濃くありません?」
「それが男の料理ってやつだな」
「そういうものですか……?」
「(こくこく)」
不満は特になし。啓一の味付けは伊菜穂には濃いというものになったが、錫奈には受け入れられたらしい。
「そんじゃ次は……」
「ん」
「よし、それじゃスズでいくか」
錫奈か伊菜穂を選ぼうとしたら、錫奈が先に手を上げた。なので、啓一もその表明に従うことにする。
錫奈の料理は簡素であった。中身、『サバの味噌煮』。
「あれ、錫奈結構なんか入れてなかったけ?」
「ええ、わたくしもそれは見ていたのですけれど……」
ならばどうしてサバの味噌煮?
いや、如何なる調理法を用いてもサバを入れていないのにサバがあり、味噌を入れてないのに味噌煮なのか。甚だ疑問しかわかないが、食べるしかない。
「いただきます」わ」
少し不安を隠せないが、口に運ぶ。
錫奈は特にいうこともなく無表情だ。それが余計に不安を掻き立てる。
咀嚼咀嚼。嚥下。
二人の感想。
「「サバの味噌煮」ですわね」
まったく一緒。食感も味も、全部サバの味噌煮。それ以外は特にない。確かにうまいが、サバの味噌煮ということだった。
「そ、それでは、最後にわたくしですわね」
「そ、そうだな……」
言い知れぬ雰囲気になってしまったが、まだ最後の料理が残っている。
オオトリは、伊菜穂だ。
「こちらですわ!」
伊菜穂が蓋を開ける。
開けられると同時に、啓一が鍋の中をのぞき、絶句した。
「お前これ味見した?」
「無論ですわ」
「おいしかった?」
「ええ」
「………………」
中身、果物のオンパレード。
桃缶、パイン缶、アプリコット缶、小豆缶、その他諸々。
とにかく、仲良くぶちまけられ、存在していたフルーツ缶の中身全部を投入し、煮込まれてた結果がそこにあった。
啓一の見た目に関する感想を述べよう。率直に言って、グロイ。
保存用のあの甘い液体全部が混ざり、更には小豆まで。その半液体の中を浮かぶ様々な果物たち。おまけに立ち上る湯気は甘々しい。チョコレートまで溶けた状態で今尚固形から液体に変わっている。
「どうしましたの?」
「これは罰ゲームか?」
「し、失礼ですわねっ!?」
現に罰ゲームとしてこれを喰えと言われた方が納得できた。というよりも、もうニオイだけで彼は胸焼け寸前なんです。勘弁してください。土下座でもしますから。と言えた。というより言いたかったしたかった。それでも、断ったら確実に伊菜穂が傷つくのはわかるので、覚悟を決めるしかなった。
「毒を喰らわば皿まで……いただきます!」
「ちょ、今毒って言いましたわよね!?」
一つだけあったお玉で掬い上げ、容器に移して口へと放り込む。
甘い。
ひたすらに、甘い。
こってりねっとり、酸っぱかったりもするが、不協和音が酷すぎる。
「参りました」
「何に対してですのっ!?」
もう本当にそういうしかない。いっぱいまでならまだ耐えられるが、もうこれ以上は無理である。
「うぅ……わたくしの料理そんなに酷いだなんて……」
「いや、マジすまん。俺は甘いもん得意じゃないの」
「わかりましたわ……一人で食べます……わ?」
「甘味美味」
「スズ?」
案の定落ち込んでしまった伊菜穂が、自分の鍋だけを囲って食べようとしたとき、そこには鍋の中身を咀嚼しては嚥下し、また口に運んで咀嚼しては嚥下している錫奈がいた。相変わらず無表情で声もそっけないものそのものであったが、手を動かす速さは尋常ではなく、食べる速度もまた速い。言葉の通りに、あの甘いものを気に入ったということなのだろう。鍋の中身は、あっという間に消え去った。
「けっぷ」
「スズちゃん……」
「おいしかった」
「本当ですの? そこの薄情な方みたいに嘘ついてません?」
「(こくこく)」
「わかってくれるのはスズちゃんだけですのー!」
目頭に涙を溜めて、錫奈に抱き着く伊菜穂。
錫奈は伊菜穂を抱きとめて、抱きしめて、頭を撫でた。
「女だからわかるもん、か」
その光景を見て、啓一はそういうしかない。現に男である啓一にはおいしいとはこれっぽちもかんじなかった。しかし、女である錫奈と伊菜穂にはおいしいと感じたのだ。そこは個人間の味覚や、そういったことがあるということで、決着をつけた。
「ケイちゃん」
「どうした?」
感極まって泣きじゃくる伊菜穂を抱きながら、錫奈が啓一を呼ぶ。
「楽しかったね」
「……そうだな」
錫奈の言葉に、啓一は笑って答えた。
啓一が笑えたのは、最初で最後の錫奈の笑顔が見れたからかもしれない。そしてそれを、啓一は自覚することもなく――
――『ゲームオーバー! またのお越しをお待ちしております』
このゲームの幕は下りたのだった。
ゲームはこれにて終了。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。




