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95:54:50 冷めた温もり

三人称視点



 「ん、んん?」


 ベッドの中、一人寝ていたなずなが目を覚ます。

 それは、単に睡魔が去ったというわけではなく、すぐそばにある温もりが消えていたのに気付いたからかもしれない。

 覚醒しきらない頭を働かせて、体は起こすことなく眼を動かしてあたりを探るが、彼女の求めている人物はどこにも見当たらなかった。仕方がないので気怠いながらも体を起こそうと腕に力を込め、上半身を起こす。


 ――ポスン


 「ん?」


 そこで、ベッドに何かが落ちた音がした。

 視線を落としてみてみると、それは端末である。

 無意識的に自分のポケットをまさぐってみれば端末は無い。


 「あれ……寝てるうちに飛び出ちゃったのかな?」


 手に取る。

 それは彼女の持っている者で間違いなかった。角っこが削れているので、それでわかった。

 なのでもう一度ポケットにしまいこんで辺りを見回す。しかし碧の姿はどこにもなかった。

 なずなはすぐに起きだして靴下と靴をはき、碧がいないか部屋内を探し始めるのだった。


 「碧さーん! 碧さーん?」


 狭い室内、ちょっと大声を出せば簡単に聞こえるだろう。

 しかし、返事はない。

 もしかしたら聞こえないのかなとなずなは考えて、シャワーのある方に行くが、やはりシャワーの音なぞ聴こえず、また碧もそこにはいなかった。

 それでも声を出しながら探し回り、ありえないだろうというような場所も探した。


 「どこにいるの、碧さん……」


 結果は残念なことになった。

 部屋内のどこにも碧はおらず、明らかに碧がどこかへ行ったことがわかる。

 だがどうして、自分の事を碧は起こしたり知らせなかったりしなかったのかがわからなかった。

 そうして不安が募ってきた時――


 ――『おめでとうございます! あなたは装置の解除条件を満たしました!』


 「きゃぁ!?」


 突然ポケットの中の端末が震えだし、同時に鳴り響いた機械音声に体が跳びあがる。

 焦った手つきでポケットから端末を取り出すと、そこには『Congratulation!!』と画面に表示されており、装置の外し方が表示されている。

 なのでなずなは案内の通りに端末と装置を接続させると、あれだけ不気味に着けられていた装置はいとも簡単に外れた。

 存外あっさりしてるものだなぁとかなずなは考えていた場合だが、それよりも碧の事を先に思い出した。急いで探しに行って知らせようと、走ろうとしたその時、報せを終えた端末から最後に使われていた機能が表示される。


 「あれ、わたしメモ機能なんて使ってたっけ?」


 画面にはメモの画面が表示されていた。

 さらにそこには、一つのファイルが保存されている。


 ――『なずなへ』


 たった一言だけだが、そこにはそう書いてあった。

 それを誰が書いたのかはすぐにわかった。碧だ。

 しかしどうしてこんなものを書いたのかと疑問に思って、なずなはファイルを表示した。


 「え?」


 そこには、信じられないことが書かれていた。

 それでも、途中で読むのは止めず、目は文章を追って読んでいく。

 最初の一文は、『ごめんね』だった。


 ――『ごめんね。

    突然いなくなっちゃって、なずなは驚いてるよね?

    本当にごめんなさい。でも、あたしはなずなを嫌いだから一人にしたわけじゃないの。それだけはわかって欲しい。ええ、好きよ。大好き。親友だと誇れるもの。

    あと、勝手にこの端末を操作しちゃってごめんなさい。こういうのは基本的にプライバシーがあるんだけど、あたしの端末はあたしで必要だから、こっちに書かせてもらったわ。

    それでね……えっと、その、なんて……いうのかな。もしなんだけどね、もし、これをあなたが読んでるならね、きっとあなたの首輪が外れてからだと思うのよ。あ、深読みする意味はないわよ? 別にあなたの条件はゲーム終了一時間前まで同階層に二十四時間以上いないってことなんだから、安心して。……ちょっと脱線したわね。それじゃ本題。

    なずな、もしあんたがあたしを探そうとしてるなら、やめなさい。あたしは貴女の事が好きだけど、ここでお別れなの。今後会うことも出来ないわ。不安にならない欲しいのは、別に死ぬわけじゃないわよ。本当に、安心して。

    それでね、どうしてあたしを探してほしくないかって言えば、その、まぁいろいろあんのよあたしにも。だからね、あたしの都合に巻き込まないためにも、離れ離れになった方がいいと思ったから、離れただけ。だから、あたしとなずなは、いつまでも、親友だから。

    ゲームをクリアしたら、なずなは元の世界に帰る。つまり日常に帰れるわ。それで、あなたはすべきことをしなさい。忠邦さんの言葉を、受け止めた結果を実行してきなさい。それが、あの人に出来る最大のお礼よ。いいわね?

    最後に、それでもなずな、いつかまた会える日を。

    じゃあね。

    芹宮碧より』


 文章の所々が、碧らしさのある文だった。

 しかし、そのことはどうでもいい。なずなにとっては、これまで一緒だった碧と別れてしまうことが悲しかった。

 確かに日常に帰ることは出来るが、ここでの日常は、忠邦や碧がいて成り立ったものなのだ。しかし忠邦は自分の身代わりになって、最後の一人であった碧まで姿を消してしまえば、どうすればいいというのか。


 「ぐすっ……うぅ……」


 堪えようと思っても、涙は止まらず、嗚咽が漏れてしまう。

 こぼれた涙が端末の上に落ち、書かれている文章がぼやけてはっきり見えない。

 わかっている。碧のここに書いた文章の忠邦のことに関してもなずなはわかっている。

 あの後なずなは忠邦の持っている荷物を調べ、彼の家の住所を覚えた。そこまで遠くないために、行くことも可能だ。だから、何を言われようとも家族に知らせるということを決意している。

 そして碧のこの文章の意味も、なんとなくだが、わかった。

 彼女は男らしい性格ではあるが、ここぞという場面において、誰かのせいにするということはしない。そして、誤魔化す。文章なのだから別に迷った部分は消してしまえいいのではないかと思うわけだが、そこまで気が回っていないのもわかる。

 そう、わかってしまう。

 本当にこの文通りであればいいというのに。その通りに受け取れる自分であればいいのに。

 わかってしまうのだ。


 「どう……じでっ、ショーもない嘘づくんですがっ゛!!」


 涙が止まらない。

 意味が分かってしまうからこそ余計に涙は止まらなくなる。

 やがて床に崩れ落ち、泣きわめく。

 どうしようもないまでに、泣いて泣いて泣きわめく。

 外聞なんぞ知ったことか。見られようと知りもしない。ただ親友を、最愛の親友を失い、ひたすらに泣くのだ。それしかできない。

 探そうとも思った。しかし、もしそれで碧を見つけてしまったら、現実を突きつけられてしまったら、それこそなずなは、自分はどうすればいいのかと思ってしまう。最悪、その場で自殺するかもしれなかった。それでも彼女が碧を探しに行かないと決めたのは、忠邦の事があるから。彼に託されたことを遂行するために、死んではならない。だからこそ、ここで立ち止まり、泣いていればいいのだ。そうすれば、いつか自分は現実に帰っているのだ。そう、泣いていれば。


 「一人ぼっちは、寂しいんですよぉおおお!!」


 たった一人生き残されて。

 なずなが死ぬ瞬間など何度でもあった。

 現に、二度も死ぬことを確信した。

 そのどれもが、誰かの犠牲によって、生き延びた。

 そして、自分に負い目を与えないために死んだ人もいた。

 これだけで、三人の命の上になずなが立ってしまっているのだ。自らの意志の有無にかかわらず。

 それだけでも重い。なのに、これからはその重荷を背負い、生きるのだ。誰とも分けることはせず、ただ一人抱えて生きるのだ。

 忘れられるものなら忘れたい。だがそうすれば、自分のために死んだ人の死を無駄にすることになる。どうしようもないことの板挟み。そんなことを思いながら、なずなはひたすらに、ゲームが終わるまで泣くしかなかったのだった。



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