94:16:30 別れの言葉は交わされず
再訪者視点
「つぅー……つぅー……」
「ふふっ、よく寝ちゃって」
目を覚まして、身支度を整えると、まだ寝ている子のそばに行く。
――ギシッ
座った際の重みでベッドのスプリングが軋むけど、それでなずなは起きることは無かった。
相当疲れているのがわかる。それでも、悪夢にも苛まれることは無く、寝ていられるのは幸せな事なんだと思う。
「んん、んー……」
髪を撫でてあげると、笑顔を浮かべて眠る。
あたしが守りたかった笑顔が、そこにある。
そしてこの笑顔を見るのも、これで最後。
「ごめんなさいね」
謝るべきじゃない。
だけど、口を突いて出たのは謝罪の言葉。
あたしが結果的になずなを泣かせるのは自覚している。
それでも、あたしになずなを殺すことは出来ないの。
「あたしに出来るのは、これぐらいだから」
最後の時を一緒にすることは出来ないけれど。
もう、お別れになってしまうけれど。
どうか、このまま目覚めないで。
全てが終わったら、目を覚まして。
そして泣かないで。
「………………」
一度手を強く手を握り、なずなの温もりを確かめると、あたしは部屋を後にした。
――ガチャン
当てはない。
ただ遠く。
この場所から離れましょう。
もしすぐになずなが起きても、探し出せないように。
時間いっぱい、歩きましょう。
語る言葉は無い。
自責を唱えたところで意味はない。
未来を考えたところで……意味はない。
過去を振り替える。
普通とは言えない生活に送り込まれたのは、一年前で。
他人を殺し、親友を殺し、生き残った。
それから世界は大きく変わって。
赤く染まった手は見えないはずなのに時折見えて。
日夜寝れば見るのは親友の声。
――『どうせ碧も裏切るつもりなんでしょ!?』
何度も何度も、夢に現れては、目を見開いてあたしに叫ぶ。
誰も信じられなくなった眼で、あたしをにらみ、誰も信じず、自分を信じて。
守るためだからと銃をとり、生きるためだからと引き金を引く。
そう、別にそれを責めるのではない。
この場所において、人を殺していいのが当たり前のこの場所で、正気を保てることがおかしくて、狂気を孕むことが普通なのだから。
そして結局、あたしも彼女の狂気に呑まれて、その手に掛けた。
未だに覚えている。
――『やっぱり、殺した』
彼女の最期の言葉は、あたしに向けて、憎らしく、そうだった云わんばかりに、冷たい一言で。
それを聞いて、あたしは泣くしかなかった。
直後に、持っていた端末が、条件を満たしたといって、そうしてあたしの装置は外れて、結局あたしはゲームをクリアしたのだった。
それからすぐに、意識は途切れ、次に目を覚ましたのはどこかのビジネスホテル。
起き上がって辺りを確認すれば手元には一つの通帳。
自分の名前が刻まれたその通帳を確認すれば、そこには、目も眩むだけの、ゼロの連なった大金。
それを見た瞬間に、ああこれが、あたしの殺した人たちの、親友の金額なんだと思って、泣くしかなかった。
世間ではなんと行方不明ではなく、友人の宅に外出していたことになっていたらしい。そうと言われるだけの証拠もあって、泊まったとされている友人も確かにあたしを泊めたと言った。
そんな夢でも見ていたのかと思いたくても、学校に行けば、現実は目の前に突き付けられる。
朝のHR、担任が『伊崎沙希さんは、家庭の都合により転校しました』とだけ言って、彼女が死んだことなど一言も語られることは無く終わってしまった。
そして現に、その日の学校帰りに彼女の家へと行くと、そこに表式は無く、家からは人の住んでいる痕跡なんてまったくなかった。それこそ、一家全員が跡形もなく消えてしまったように。
しばらくは新聞やネットを調べても、あたしが強制されたゲームのようなものは一切書かれておらず、親友以外はロクに名前も知らなかったものだから新聞に誰それが死んだと書かれていてもわかるわけがなかった。
そして数週間、何することもなく、気が抜けて、落ち込んでいたあたしの下に、一通の手紙がやってくる。
――『君は君の親友を殺した者たちに復讐したいかい?』
その一文だけで、心音は聞こえるほどに跳ね上がる。
続きを読む。震える手をどうにか抑えて、一文一文字も見逃すことはしないように、読んでいく。
内容はただ簡素に、業務連絡のように、ここ最初のあたしが嗅ぎまわっていたこともわかっていたようで、今だとまったく行動をしていないようだがどうしたんだと煽る文もあって、怒りに紙を引き千切りそうになるが、理性でもって暴走することだけは抑えた。
そうして読み終えて最後の文。
――『君に、チャンスを上げよう。次のゲームは半年後だよ。楽しみにしているといい』
そうして、あたしの日常が変わった。
勉学に打ち込むのもそうだが、それ以外の間の時間を全て自分を鍛えることに集中させた。
道具の使い方、ナイフの扱い方、銃の扱い方。様々な事を吸収し、気分が挫けそうなときはあの手紙を読み直し、親友の言葉を思い出し、やる気を奮い立たせた。
大なり小なり怪我をして、それでもあきらめることは無く、磨いて磨いて磨き上げる。
そうして半年後、あの手紙の通りに、このゲームに帰ってきたのだった。
「これぐらい歩けば、十分かしらね」
やがて、一つの部屋に行きあたる。
端末を確認してみれば『95:54:43』と、残りも少ない。
最後を過ごすのは、こんなところでいいだろう。
部屋に入って、並べられた木箱たちをのけて、その間に座り込んで壁にもたれる。
端末を見ればもう一分を切った。
もうすぐだ。
もうすぐ、あたしは死ぬ。
「これで、いいんだよね?」
それは誰に問うたんだろうか。
死んだ沙希に対してなのだろうな。
天井を見上げて、目を瞑る。
もうすぐ十秒。
「九、八、七、六、五、四、三、二、一」
零。
――ビー! ビー! ビー! 『あなたは装置の解除に失敗しました! 首の装置を爆発します!』
「ばいばい、なずな」
それが、芹宮碧の最期の言葉となった。




