92:12:29 解かれた鎖
主人公視点
――『おめでとうございます! あなたは見事解除条件を満たしました!』
「ふにゃぁん!?」
普通に残り時間を特にすることもなく部屋の中にいた三人に、突如機械音声が聞こえ、その音に対して一番近かった伊菜穂は可愛らしい声で鳴いた。
俺とスズも機械音声に対して多少驚きはしたが、それでも何度か聞いた音であるので、声を出すほどではないというだけの話で。
慌てた様子で伊菜穂は羽織っているジャケットのポケットをまさぐると、音の発信源である端末を起動して確認する。
まぁ確認しなくとも声は解除条件を満たしたと言っていたのだからその通りであり、端末に表示されている文字も同様の文だろう。
「どうだった?」
それでも、一応の確認として、俺は伊菜穂に問いかける。
「わたくし……首の装置を解除できますわ!」
「おめでと」
「おめでとさん」
満面の笑みを浮かべて、伊菜穂は声を上げる。
その笑みに水を差さない様にとも、純粋にほめるという意味でも、スズはいつも通りに言葉を発し、俺もいつも通りに言った。
「はい、ありがとうございますわ!」
それでも伊菜穂は嬉しいのだ。
自分を縛り付けていた、忌まわしい視えない鎖に繋がれていた首輪が外れることに。
その間に伊菜穂は端末の誘導に従い、端末と首輪を接続させる。
――カチャン
小さな音を立てて、装置は外れた。
その光景に、伊菜穂は息苦しさから解放されたように、安堵の息を洩らす。
確かに、あんなものを首につけられたら息苦しいし、外れたときはその長さがある分だけ解放感というものも大きいだろう。
「それにしても、いざ外れるとなるとあっさりしてますわね……」
「そんなものんだろ。外れる瞬間なんて、これを見てるやつらにとっては面白いものでもないんだから」
「そう言われると、本当にこれを見てる方々は腐っておりますのね……」
呆れるように、怒るように。どうしようもないものであるので何を喚いたところで意味はないのを理解しているのだろう。それは当然だ。こちらが何を言ったところで、ヤツ等はそんなことを言ったところで聞きもしないし、聞くとしてもそれは今回のゲームをどう見直すべきかだったり、もっと面白くできるか参考にするぐらいだ。
そして、ゲームしている側も装置が外れる瞬間――特に首の装置が外れる瞬間は、金が動く瞬間であるのだから、レートの低い者たちが生き残っては大本が負けてしまって面白くない。逆に、レートの高いプレイヤーが生き残れば買った客も笑顔であるし、加えてレートの低い死んでしまい、そのプレイヤーに賭けた客たちからは多額を巻き取れるのだから楽しいものだろう。それ以外にも、純粋にこのゲームの行方を楽しみにしている奴らもいることは確かなのだから、そこらへんはバランスが取れてるのかもしれない。ま、人の命で賭け事してる奴らなんざ基本的に享楽的で金が嫌というほどに有り余っている奴らなのだから、それで儲かれば泡銭というものだし、負けたところで少しは悔しいがまぁはした金だ。どうってことない。
客を楽しませるためなら手間を惜しまず、エンターテインメントを作り出す。こういったゲームで最も好まれるのは、裏切りだ。信頼していた人間同士が疑い合って、裏切る瞬間というのは、何とも滑稽に見えるのだろう。その評判だけはいつも良い。なんとも胸糞悪い話だ。
そして、それの片棒担いでる俺も胸糞悪い。
「さて、そうなると後はスズなわけだが……」
「?」
「ま、お前はこのままでいいか」
実際のところ、残る首の装置を外せていないのはスズだけなのだが、これも時間の問題だ。
スズの首輪の解除条件。それは『96時間の生存』という至極単純なものであり、今いきなり誰かが突っ込んできて殺しに来るかスズが突発性の心臓発作とか起こして死ぬなんてことが無ければ、無事に外れる。
で、俺の装置も全て解除は出来ているので、こういっちゃあれだが消化試合である。
無事に目標の一つだったゲームマスターも死んで、俺は五体満足で生きている。十分な成果だ。
といっても、生き残りは俺ら含めてあと五人。ここに三人いんだから、二人なわけで、それも予想はつく。というより確実に芹宮碧と峰垣なずなのコンビだろうな。
あいつ等もあいつ等で、ないとは思うが裏切りとかするタイプじゃない。特に、碧はこのゲームの経験者である節があるし、それはここで金銭が欲しいという感じじゃなかった。むろん誰かを殺したいというわけでもないだろう。でなずなは、アレは完全に碧に依存している。まぁ碧もそう仕向けているというのもあるんだろうなぁ。勘繰り深い奴らが見れば、騎士と姫で、俗っぽく言えば碧×なずなかもしれない。いや、あえて誘いでなずな×碧か? ん、逆?
「どっちでいいか」
「どうしたんですの?」
「ああいや、何でもない。くだらないことだ。ああ、ちょっと百合の花が見えただけだ」
「はぁ……」
伊菜穂もよくわからなかったようで、首を傾げているだけだった。
そりゃそうだ。女同士なんてことを知っているようには見えない。これで知っていてあえて隠しているとかだったら賞賛に値しよう。
ともかく、下らんことを考えている場合じゃなかった。
「っつーか、みりゃいいのか」
以外に意外な話、この端末はジョーカーだった。
全然機能使ってなかったから忘れてた。
たしか芹宮の端末は『A』とかだったな。
道化師をちょちょいと操作してー、終了。
「こいつは……」
ああ、こりゃひでぇ。
一番一緒にいたプレイヤーの殺害、ねぇ。ほんと、これ作った奴は反吐が出るレベルで最悪だわ。
そうすると……。
「あいつ、死ぬ気か」
聞こえない声で、それでも心の中でとどめることは無く、俺は呟くしかなかった。
残り三時間と余り。
それが、芹宮に残された最後の命なのだろう。
あいつは、どう最後は死ぬつもりなんだろうか。それは、死んだことも、死のうとしたこともない俺には、さっぱりとしてわからないものであった。




