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80:15:51 最後の夜

三人称視点



 「あんたも、もう終わりよ」


 一方で碧は、このゲームにおける監視者、ゲームマスターである桔梗を見下ろしていた。

 手には血に塗れたナイフを持ち、倒れている桔梗は傷口を手で抑えてはいるが、既に手は真っ赤であり、止まることなく流れ続けている彼女の血液はそれが彼女の命のともしびを小さくしていることを表している。現に、桔梗の顔は真っ青であり、今更止血をしたところで助からないだろう。

 それでも、桔梗は痛みに暴れることも、死ぬということに悲しんでもおらず、力弱く口端を上げて天井を見たままだ。


 「そぅね……寒いわぁ。手の先から、感覚が薄れているのよ。まさに死、っていうものを今私はたいけんしているのでしょうね」


 独白なのか、視線は何を捉えることもない。ただ、死というものを冷静に受け止め、今自分の感じていることが生から死へと移行している状態など、どこか達観した声で呟く。


 「私はねぇ、もともとまともに死ねると思ってないわ。だって、人の命で成り立っている生命なんて、自分で殺して積んだ人の山のように、また別の誰かが、私よりも高く山を積んだ人の山になるだけだもの、そうね、いわばお山の大将よ。積み上げた頂点に立つ者は、新たな頂点の土台となる。それが、山を積み始めた者の運命さだめよ。逃れることなんてできないわ」

 「ええそうね」

 「だから、無様にみっともなく死ぬぐらいなら、潔く綺麗に死んでやるもの」


 溢れる溢れる。

 血が溢れる。

 最初は傷口の下にしかなかった血だまりも広がり、桔梗の体を覆うだけになり、やがては身体よりも広がって碧の靴を血でぬらす。

 それに、碧は不気味がるつもりもなく、ただただ、桔梗の事を見下ろしていた。


 「さ、もうすぐ私も死ぬわ。死体なんて放っときなさい。どうせ、ここで死んだものはみーんな行方不明になるだけなんだから、置いていけばいいのよ」


 諦観の瞳は、時間を経るごとに濁り、濁り。


 「あら、もう何も視えないわ……真っ暗ね。それに、私の声も遠くから聞こえてくるわ」


 感覚は薄れ、視界は閉ざされ、聴覚は遠くへ。

 ゆっくりと、ゆっくりと、桔梗の体は死へと近づいて行っている。


 「これで最後だけど……。ええ、さようなら」

 「………………」


 そして桔梗は目蓋を閉じ、穏やかに死んだのだった。

 碧は黙る。次に考える。

 どうしてこのゲームマスターは死ぬときに笑ったのかと。

 この女は一人であり、何も感じているわけではなかったはずだ。それなのに、どうしてこうも簡単に笑って死ぬなどということが出来るのか。

 碧自身、なずなを生かすためなら死んでみせようという覚悟は出来ている。その際に笑って死んでやるとも思っている。だのに、なぜこの女は最後の最後に安らかに死ねたのかだけが、碧にはわからなかった。

 ただ、今考え抜いたところでそう簡単に答えを見いだせるとは思えない。

 ならば、どうしようもないことを考えるよりも、自らの親友の様子が重要だ。

 碧は割り切ることで、桔梗だった屍を乗り越えて、なずなの下へと向かうのだった。


 「なずな……」

 「みどひっぐ、みどり、うぅ。み、碧さん……」

 「うん、うん。無事だった?」

 「はい……。忠邦さんが、守って、くれ……ました」


 碧ははっきりと忠邦が息を引き取る瞬間に立ち会えなかった。

 それでも、たった一人、碧の親友であるなずなは彼の最期の言葉を聞き届けた。そして、死を悲しみ泣いている。ならば、自分は傷ついたなずなを、癒すことしかできない。

 いずれ自分も場面は違えど、忠邦と同じようになずなを救うために死ぬということを棚に上げて、きっとどころではなく、自分が死ねばなずながまた泣いてしまうこともわかっている。それでも、それだけ、なずなという普通の少女を、元の日常に返してあげたいのだ。その思いだけは、碧と忠邦の気持ちは確かであると、そう確信できる。

 汚れることを厭わず、碧はなずなを抱きしめる。

 なずなもなた碧の行為を拒むことは無く、碧の胸に顔を沈めるとまた遠慮なく泣いた。

 声をあげ、涙を流し、強く強く抱きしめる。碧も強く抱きしめられた分だけ抱きしめ返す。

 なずなが落ち着いたのはしばらくあとで、泣き止んだと同時に彼女は疲れて寝てしまっていた。

 だから碧はなずなを抱きかかえ、比較的安全である発砲禁止エリアへと向かい、起こさぬようにベッドに寝かせるのだった。


 「撫子……あの子は、どこに行ったのかしら」


 安らかに寝息をたてているなずなを眺め、碧はあの場にいたもう一人の生きているプレイヤー、撫子を思い浮かべる。彼女は途中まで確かにいた。間違いなく、碧は桔梗を刺し殺すときに押しのけたのが撫子なのだから、そこまでいたはずなのだ。

 それなのに、事が落ち着いてなずなをいざ運ぼうと思い、撫子がいることを思い出して振り返ってみれば、いたはずの撫子の姿はどこにもなかったのだった。

 いかなる気まぐれなのか、碧にもわからないが、啓一と撫子自身を除く全てのプレイヤーの殺害が撫子の選んだ道であり、あの場面において全員を殺すことなど、撫子には苦でもないはずだったのに。

 それでも、撫子は結果的に二人を殺さず消えた。油断をするわけにはいかないが、当面の危機は去ったと考えてもいいのだと、碧は判断した。


 「ん、んん……みどり、さん?」

 「起きた? なずな」

 「私……」

 「泣き疲れて寝ちゃったのよ。それで私が運んだの」

 「ありがとう、ございます」

 「いいのよ。それより、気分はどう?」

 「……少し楽になりました」

 「そう。無理はしないでね……」

 「はい……」


 なずなが目を覚ます。

 半覚醒状態なのか言葉もあやふやであるが、少しはマシになったらしい。


 「このまま眠る?」

 「はい。なんだか、疲れちゃって……」

 「ゆっくり休んで」


 頭を撫でて、寝かしつける碧。

 しかしなずなは不安そうな表情をして、碧に視線を向けた。


 「あの……」

 「なに?」

 「一緒に、寝てくれませんか?」


 それはお願いであった。

 そしてその意味を、碧は理解した。

 寂しいのだと。不安なのだと。一人は嫌だと。置いてかないでくれと。

 なずなは二度目の前で人が死に、そのどちらもが彼女のミスで、そして二人とも彼女を庇って死んだ。

 本来であれば、壊れてしまってもおかしくないのに。それなのに、彼女は時に明るく、時に真剣に、時に心配し、そのどれもが他人へと向けられ、自分を支え続けたのだ。


 「いいわよ」


 だから、碧に断る理由など無かった。

 靴を脱ぎ、ベッドへと潜り込む。

 布団の中はなずなの体温で温かくなっていた。

 碧の正面にはなずなの顔が。

 なずなの正面には碧の顔が。

 お互いが向かい合い、手を繋いで見つめ合う。


 「ふふ……」

 「安心できる?」

 「はい」


 微笑むなずなに碧が問うと、なずなは笑みを深くして、頷いた。

 しばらく見つめ合って、先に目を閉じたのはなずな。

 すぐに規則正しい寝息が漏れ出して、彼女が寝たことがわかる。

 つづいて、碧も瞳を閉じる。

 真っ暗な視界。しかしすぐそばからは温もりが感じられ、繋いだ手は離さないと握られている。

 碧も握り返し、意識を沈めていく。

 そこに去来したのは、もうすぐこのゲームも終わるということ。

 日を跨ぎ、次の日の太陽が半分以上昇ったところで、終了するだろう。

 そしてゲームが終わると同時に、碧は首の解除条件を満たすことは出来ずに装置は爆発して死ぬだろう。

 そしてそれは、またなずなを泣かせるということになるのだろう。

 けれどこれでいいのだ。碧は思う。


 「でも、ごめんね……」


 それでもなずなを泣かせてしまうことを思って、碧は小さく、今目の前にいる守るべき彼女に謝り、そのまま意識を手放すのだった。



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