79:54:24 託すもの
三人称視点
時を遡って十分と少し前。
なずなと忠邦は六階層を彷徨っていた。
特に何かあるわけでもなく、見つける武器は見な取り扱いが危険であり、ひとたび間違えれば簡単に人を殺すような物ばかりだった。
それだけに下手に人と鉢合わせるというのは危険であると判断して、慎重に進んでいた。
「はぁ……」
「溜息は良くないことを運んでくるよ、なずなくん」
「そうなんですけど……はぁ」
ただ慎重に動いているだけあって大手を振って行動できないのは辛く、一刻でも早く碧と合流したいなずなとしては焦りが募るばかりである。
それを常に励ましているのは忠邦だった。根気や忍耐に関していえば、大人であることで彼は慎重なわけだが、それでも内心では焦りを感じているのも確かだ。それでも彼が励ましや冷静であれるのは目の前のなずなが忠邦以上に取り乱しているからで、もしなずなが落ち着いていれば焦りを表していたのは彼が先であっただろう。
「とりあえず、歩くしかないよ。それで一通り回ったら、もう一度同じことをするしかないさ」
「そうですね。ええっ、ちょっと弱気になりました。……あんまかっこ悪いところは見せられません、頑張りましょう!」
「はっはっはっ。うん、その意気だ。気分を明るくすればいいことあるさ」
落ち込んでいた気分を無理やりにでもあげ、元気をだすなずな。忠邦も彼女が明るい方が暗い気持ちにならないで済む。こういったときは、状況に流されてはいけないのだ。
それで歩いてまた十分。
地図には近くそれなりの広間のようなものが表示されており、そこへと向かおうと決めて歩いていたところで、それは聞こえた。
――「……た、げ――――た……!」
「これは、人の声でしょうか?」
「確かに……どうやら僕たちの行こうとしている場所らへんからみたいだ」
「行ってみましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってくれなずなくん!」
それは壁に反響してきた声でほとんど聞き取れない声であった。
それも進行方向の先から聞こえた声であり、なずなその声を聴いて忠邦も反応した時には体が動きだし、走り出していた。それに対して忠邦は静止の声を掛けるが、今回なずなはそんな言葉耳に入ることはなかった。また忠邦も、なずなが聞かずして走り出してしまったために、追いかけるため走り出した。
――「――けはさない……! ……に、ぜ…………ろす!」
声は大きくなる。
そしてこの時、なずなはこの声の主が誰かを確信した。
「なずなさん!」
そう、この声音はなずなのものだ。どうやら怒っているようだが、短気なところのある彼女ならば、怒っていても仕方がないとも思う。
走りながらも揺れる視界で端末の地図を確認すると、目的の広間はすぐそこ、この曲がり角を左に曲がって少し進めば出れる。
高揚感と、嬉しさがなずなのうちから湧き出でて、息を切らしても歩くことも止まることもなく、限界以上に走る。
そして、曲がり角を曲がろうとしたとき、嫌な音が響く。
――バララララララララッ!!!
「なずなさんっ!?」
火薬の破裂する音が一帯に響き渡り、なずなの声もその音に掻き消されて彼女にも聞こえるかどうかもわからない。
だが嫌な予感がし、見たくないが見なくてはならないからこそ、角を曲がり視界にその場を捉える。
「凄いわねぇ、よく避けたものだわ。でも、それで終わりよ」
遠方十数メートル、メガネを掛けた女性が、複数の機械を周りに置きながら、銃を向けていた。
そして銃を向けていた相手は、なずなの探し求めていた、碧の姿だった。
「あれって、撫子さん?」
ただ、碧を撫子が押し倒しており、彼女らの背後に多量の弾丸が転がっているのを確認すると、撫子が碧を助けるために押し倒したんだと視える。そして、彼女らに背を向けている人間が、今二人を殺そうとしているのだということも。
「なずなくん、今の音はっ!? なっ……!」
「さようなら」
遅れて忠邦も姿を現し、その光景を目に入れて驚愕をあらわにした。
しかしその間に、メガネの女性は碧と撫子に銃を向け、今まさに引き金に指を掛けている。
「ダメェッ!!!」
――パァン!!
それは反射的だった。
腰に提げていた銃を手に取り、何でもいいからと構え、引き金を引き、吐き出された銃弾は前方へと跳んでいく。
――ギィン!
「誰っ!?」
しかし撃った弾は何にもあたることは無かった。
結果的にはなずなの放った銃弾は壁にしか衝突しなかったわけだが、そのおかげで女の引き金が引かれることは無くなった。その代わりに、メガネの女は突然の乱入者へと銃を向ける。
「なずなっ!?」
彼女の名前を呼んだのは碧だった。あまりに突然のことに、驚きは隠せていない。
「ど、どうしよう、外しちゃった……」
「へぇ、まさか伏兵がいたなんてね。でも、そんなんじゃいつまでも当たらないわよ!」
「ひっ……」
女に睨みつけられ、及び腰であったなずなは手を震わせて動けなくなってしまう。それはヘビに睨まれた蛙のように。
――ガチャン
力の入らないせいで銃を落としてしまうなずなであるが、そんなことを気にしてはいられなかった。
さっきともいうべきものが女からは発せられ、さらに自分に向けて女の持つ銃が、そしてその周りにある機械たちが、銃を向けた。
「どうやらただの子供だったようね。それだったら、死になさい」
それは宣言。
死の宣言。
女は端末を操作し、銃を向け――
――パァン!
――バラララララララララララッ!!!
「あ……」
無数の銃撃が、なずなに向けて放たれた。
「なずなぁああああああああ!!!」
碧の悲鳴が聞こえた。
ああ終わりなんだと、これで死んでしまうんだと、スローモーションで流れていく背景をみて、なずなは無意識に感じていた。死ぬ瞬間は世界がゆっくりになるというが、こういうことなのかと、彼女は実感する。
何も発することは無く、このままハチの巣にされて自分の命はあっさりと消え去るだろう。
目を瞑る。不思議と涙は溢れていなかった。
痛いんだろうということを覚悟して。
「なずなくんっ!」
「えっ?」
「がががががぁあぁぁあああああああああああ!!!」
「外したっ!?」
「きさまぁあああああああ!!」
「しまった!? ぎゃぁあああ!」
そのなずなの前に、影割り込み、全ての弾丸をその身に受ける。
想像していたことと違うことが起こったことで女は驚く。
碧は隙を見逃すことは無く、体勢を立て直すとナイフを構え、女を背中から突き刺していた。
「ただ、くに……さん?」
「くふっ、だい……じょうぶかい? なずな……くん」
結果として、なずなは死んでいなかった。
だがそれはなずなが死んでいないというだけの話であった。
忠邦はなずなを正面から抱きしめ、彼女に当たるはずであった凶弾を全て、彼は背中で受け止めていたのだ。
その光景に、何が起こったのかと、なずなは放心状態になっても、呟く。
「どうして……」
「僕はぐっ、ね……おとな、なん……だよ。大人はね……子供の未来をつくらなきゃぁ、いけないんだ……。だから、なずな、ぐぅん! 君は……いき、る、べき……子なんだ、よ……」
口からこぼれた血が、なずなの頬に降りかかり、顔を汚す。
だがそんな些末事、どうでもよかった。
喋るほどに忠邦の言葉は弱弱しくなり、抱きしめていた腕も力なく、今では忠邦が崩れ落ちないようになずなが全身で支えているほどだ。
忠邦背中には十数の赤い斑点があり、それは広がり、彼の着ているシャツをどんどん赤く染めていく。それによって、忠邦を抱きしめているなずなの手も袖も彼の血を吸って赤くなり、ぬかるんで、力を上手く入れることが出来なくなってくる。
「もう、もう喋らないでください忠邦さん! 本当に……本当に死んじゃいますから!!」
「いい、んだなずな……くん。どのみちこれじゃ、助かりっこないさ。ごほっごほっ! なぁ、なずなくん……一つ頼みを聞いてもらって、いいかい?」
「……はい。何でも、おっしゃってください」
力なく、腕を上げて自分シャツのポケットをまさぐり、彼は目的の物を見つけると、それをなずなの前に差し出した。
それは、もう彼の血で汚れてしまったが、一枚の写真だった。
四人家族が映し出されており、忠邦の両隣には女性が二人、彼の前には男の子が一人、笑って映っている。二人の女性は年がそれなりに離れていることから、恐らく忠邦の妻と娘なのだろう。
「これは……?」
「家族さ……。妻を、……この子たちに……ごめんと、言ってくれ……そして、ありがと……う、と……」
「はい……。はい……!」
「あり……がとぅ、なず、な……く、……ん」
忠邦持つ写真を受け取り、涙を流しながらなずなは頷く。
その言葉に安心したのだろう、忠邦は薄く笑みを浮かべ、静かに息を引き取った。
それと同時に、上げていた彼の腕も、腹の上へと落ちて、もう動くことは無くなった。
「う、うぅ……あああぁああぁぁぁ」
大粒の涙がなずな頬を伝って零れ落ち、亡き人となった忠邦の顔に落ちていく。
強く、強く抱きしめ、消えていく温もりを逃がさぬように、強く抱きしめて。
のどがかれるまで、涙が枯れるまで、なずなは泣き続けるのだった。




