79:40:33 共同戦線
三人称視点
独立性敵殲滅機械。
三種類によるカメラによって人間を捕捉し、特定の発信機で敵味方を判別、対象が敵であった場合機体の両端に備え付けられたバルカン砲を放つことで対象殲滅する。
独立性の下機体下部には移動性に優れたキャタピラを装着しており、これによって人の足では踏み込みにくい場所へと侵入することも可能である。また、大きさも五十センチに満たないことから小回りも効く。
操作はインストールした専用のプログラムを用い、リモコンによる操作や、限定的な命令を下すことである程度の自由な移動を可能にしている。
しかし機体のバッテリーが五時間と満たないこと、バルカンに装填されている銃弾はさほど多くないことがあり、実戦においては未だ普及していない。
それでも、この狭い空間の限定された時間、さらには複数を用意するということは、それだけで十分な戦力となるのだ。
「あらら、もう来ちゃったの? この子が終わったらすぐにアナタも殺してあげようと思ってたんだけど……まいっか、手間が省けたと考えれば」
「っ」
このように。
部屋の中央、その機械を操るのは斧寺桔梗。彼女の前方数メートルに右足を負傷して蹲っている撫子。最後に、つい先ほど部屋の扉を開けて入ったのが碧だ。
女は油断することなく二人に目線を向けながら右手で銃を構え、左手には端末を握っていつでも操作を可能にしている。
この二人が撫子が無事であり、碧が部屋に入っていきなり襲われなかったのは幸いにも桔梗が端末の操作によって自動狙撃を出来ないようにしているからだが、それでも操作一つで機能を再開させれば二人はあっという間にハチの巣になるのは必然的だろう。
「抵抗してもいいのよ? ええ、出来るならね」
「こっちが攻撃した時点でそれ動かす気満々じゃない」
「さぁ、それはどうかしら?」
うなじに嫌な汗をかき、碧は油断を見せないように桔梗と相対しているが、状況は酷いものだった。
彼女は現在本当に不意打ち的にこの場面に遭遇してしまったために銃を構えておらず、牽制を行うこともできない。さらには負傷している撫子がいる。あれほど殺すとのたまったが、さすがに目の前で殺されるというのはいやであるし、見捨ているというのもまた論外な話であった。
正味、ここにおいて碧が撫子を見殺せば事態はまだそう悪い方向には転がらない。撃たれる前に碧の身体能力なら部屋を跳びだして扉を閉め、嵐のような銃撃を凌ぐことが出来る。しかし、そうすればほぼ確実に撫子は死ぬ。
だからこそ、碧は動く事が出来ないのだった。
「そういえば、アナタすぐ後ろに扉があるんだから逃げればいいのに、どうして逃げないの? まさか、そこにいる子を助けようだなんて思ってる?」
「あら、あたしはさっきその子と殺し合いしてたのよ? どうしてそんなことをする必要があるのかしら?」
「そう、だったらさっさと逃げればいいじゃない」
苦し紛れの言い訳だ。そんなことでなんにも事態は好転しない。
だが、それは碧だけの話であり、桔梗にとっては碧がココにいてくれる方がさっさと事も済ませられるので逃げられるというのはまた面倒事でもあるのだ。
「そう、です……」
「撫子!?」
「私は足を怪我しています。この状態での脱出はほぼ不可能。それに私は碧さんを殺そうとしたんです。それどころか人も既に殺しています。そうなんですから――」
「バカでしょ!」
「っ!?」
「人を殺した? あたしを殺そうとした? ちゃんちゃらおかしいわね、はっ! たかがその程度で自分は死ななきゃならない人ですって? なめてんじゃないわよ……大体ねぇ、あんたどうせ殺したのだってまだ一人とか二人とかの数えるぐらいでしょ。こっちわねぇ、何度も殺されかけてるし、あんたなんかよりも多く、人殺してんのよっ!! あたしが……あたしの……あたしにとって一番の親友も、あたしは殺してんのよっ!!! そのあたしが今生きてんだから、あんたあっさり死ぬとか考えてんじゃないわよっ……!」
見捨てろと、撫子は言おうとした。
それを碧は大声を叩き付けて無理やり捻じ伏せる。感情のままに、激情のままに、心の中で人の事言えないなどと冷静に思いながらも、その言葉は自然と吐き出され、最後に一言は空気に溶けるように消え、眼からは一筋の涙が伝って落ちている。
「人殺したんならっ、その分生きなさい! それはあんたが言った言葉でしょ!? 殺した人間は、殺された人間の分だけ生き延びろって、言ったことは嘘?」
「嘘じゃ、ありません……!」
「だったら、諦めんなっ!!」
そう、何も考える理由などない。
いつも以上に自然と腰に手は伸び銃を構える。
後でまた殺し合いになろうとも構わない。それでも今は、この目の前にいる桔梗を退ける。そのためには、二人の協力が必要不可欠。
二人とも今この場で死ぬわけにはいかない。
お互いに救いたい命があるから。
碧は親友を、なずなを生かすために。
撫子は愛する人を、啓一を生かすために。
最後は不遇な死に会うとしても、絶対に、今だけは死なないと二人は決めた。
「あっはっはっはっはっ! なにそれ、青春ごっこ? でもそれいいわよ、ええ、盛り上がること間違いないわ。だったら、私はやっぱり悪役なんだから、やっぱり悪役らしく振る舞わないとねぇ」
――ウィーン ウィーン ウィーン
笑いを抑えきれなくなった桔梗は腹を抱えて笑う。
そして二人を見据えながらも自分の立場を示すように、左指を操作していき機械たちを動かす。
碧と撫子の状況はまったく改善していない。絶体絶命のままだ。
まずこの場所は逃げ場がない。それならばこの場から逃げるしかない。
ではどうやって逃げるか……その選択肢は、お互いに示し合せることもなく、行動によって表された。
「つぁっ!」
「はぁ!!」
――ヒュッ! ギィン!
――パァン! ガィィン!
息の合った同時に動作。
碧は撫子の左近くにいた機械のキャタピラを狙い、見事に足を破壊に成功してバランスが崩れる。
撫子は桔梗の隣に存在した機械へと文字通り懐に隠していた小刀を投擲。目標のカメラを貫いた。
その際に撫子は小刀を投げながら後ろへと何振り構わず跳躍し碧に体へと小刀が刺さると同時に衝突。さらに碧はその衝撃を利用して後ろへと跳びながら、銃放棄したことで空いた手を扉に掛けておいて勢いよく閉じた。
――ガリリリリリリリッッ!!!
直後、扉へと無数の弾丸が突き刺さる音が鳴り響く。
それは二人が無事に逃げられたことであり、常識的に外れている撫子と、それなりの修羅場を潜り抜けてきた碧だからこそ、出来たことなのかもしれない。
「撫子、すぐに移動するわよ」
「はい!」
だが逃げられたからと安堵するのは早計だ。
今二人は絶体絶命の状態を抜け出しただけであって、危機が消えたわけではない。
このまま追いかけられないように撒くという選択肢もこの時二人には無く、なんとしてでも排除しなければならない。そうしなければ、自分の大切にしている者たちが犠牲になるのは絶対に阻止しなければならないということがあったからだ。
行動は迅速に。
休む暇なく走り出し、体をぶつけた痛みや撃たれた痛みはこの時ばかりは全く感じることは無かった。
移動すべきなのはまず広い空間。
出来る限り逃げ場が存在し、また障害となるものが必要であった。
「武器は用意するから、出来る限り弾除けになるものをばら撒いて。あと、あの機械対策にバリケードが必要になるわ」
「わかりました」
まず地理状況を碧が把握していたことにより場所を離れ、それなりに広い場所を確保した。
そこから碧はすでに武器がナイフしかなく、撫子は日本刀をあの部屋に置き去りにし、隠していた小刀も使用してしまい武器は存在しないことから、武器を調達する必要があった。
「残念だけど、そうもいかないのよ」
「ちっ」
「そんな」
しかし、その計画は桔梗が追いついたことでとん挫する。
息を切らせず、どのようにか桔梗はそこにおり、当然のように数の減った様子の無い機械たちは桔梗とともに併走してやってきた。
あまりにも早すぎる。
これでも全速力で引き離したはずなのだ。それなのに、こうも簡単に追いつかれることに違和感をぬぐいきれない。
「まさか……」
「あら、どうしたの?」
冷や汗をかきながらも、碧は一つの事に思い至った。
それはさんざん彼女の進行を阻んできたシャッター。
それはこの六階にも存在しており、無論シャッターの場所もそれぞれ数えていた碧は把握していたのだ。だからこそ端末を見ないでの移動はシャッターを目印に、曲がり角を目印にして移動していたのである。では、もしそのシャッターを自由に上下することが出来、さらにはそれによって道への誘導を可能にするのならば……それを出来る者は、一人しかいない。
「あんた、ゲームマスターね!」
「ゲーム、マスター?」
碧の怒りのこもった叫びに、撫子はついていくことは出来ない。しかし、言われた対象である桔梗はまたも楽しそうに嬉しそうに笑っているのだ。
「そうよ、ええ、私はゲームマスター。このゲームを監督し、操作し、このエンターテインメントを盛り上げる人間。よくわかったわねー」
「白々しい」
碧のその表情は親の仇を見るように、憎しみ一色。
このゲームによって人生を壊された碧にとっては、このゲームの関係者というだけで憎しみの対象なのだ。それも、目の前にいるのはゲームマスター。碧に親友を殺させるような悪趣味な真似をした者たちと同種の人間なのだから、その思いは一言でも表せるような簡単なものではない。
「あんただけは許さない……! 絶対に、絶対に殺す!」
「この状況を鑑みて言いなさいよ。それとも怒りで考えることもできない?」
「黙りなさい。あんたは、死んでも殺す」
「威勢のいいこと。でもま、それだけじゃ死ぬだけよ?」
「危ないっ!」
「きゃぁ!」
――ウィーン バララララララララッ!!!
桔梗の笑みが冷徹なものへと変貌した瞬間、撫子は咄嗟に碧を押し倒した。
直後碧の体が在った場所を銃弾が通り過ぎていき、撫子が押し倒していなければ碧はそこで死んでいたことが嫌がおうにもわからされる。
撫子は碧と違って落ち着いており、さらには桔梗の言動をずっと見ていたからこそ、このようなこともできた。
「凄いわねぇ、よく避けたものだわ。でも、それで終わりよ」
そう、押し倒したところで、決定的に隙が生まれてしまった。桔梗が見逃すことは無く、倒れている状態から復帰できていない状態であれば、もうこのままハチの巣にされる運命というわけなのだ。
「さようなら」
そしてそれは避けようの無いもので、近づいてきた桔梗が銃を構え、引き金に指を掛け――
――パァン!




