79:09:18 鉢合わせ
三人称視点
最上階の六階。
そこに早く足を踏み入れたのは碧であった。
あまりにもあからさますぎる道を急ぎ足で進んでいき、正規のルートである階段通ったのは実際のところ三日目が終わるあたりであった。
そこから長い時間を掛けて探索にわたる探索を行い、地図と照らし合わせ、大体の場所を把握したところで、まず彼女は武装を求めた。
階を上がるごとに凶悪になっていく武器。もはや兵器と呼べるものまで存在している。
下の階で拳銃やらに驚くのとはわけが違う。毒ガスを当たり前とした、地雷にRPG……ひとたび使い方を誤れば自分の命さえ危うく、また人に対して正しく使えば確実に命を奪えるような物まで。むろん、その中には拳銃やナイフもあったわけだが、どうしてもそれらを見た後では玩具のような感想をもってしまう。
碧はその武器が階を上がっていくにつれて凶悪になることもわかっていた。
故に、下手に誰かに出会うより早く、武装を固め、また自分の陣地ともいえる場所を作り上げたのだ。
「……いよいよ時間も無くなってきたわ」
端末に表示されている残り時間は、残り二十時間を優に切った。
碧に残された装置の残りは首だけだが、碧自身まずこの解除条件をクリアすることを諦めている。そうなれば、必然的に彼女はなずなと忠邦がクリアすることに全力を尽くすのだが、その二人とはもう二日ほど一緒にいない。今では、生きているかどうかも怪しいぐらいだ。
「あー、ダメダメ! ちょっと動き回っておきましょう。いきなり面倒事に巻き込まれても動けないと意味ないんだから」
陣を敷いた場所に閉じこもっていたところで、状況は把握できないし好くもならないどちらかと言えば悪くなっていく。加えて、食糧は常に微々たるものしかないため、持ちきれずに置いてきた場所へと取りに行く必要もある。
なので必然外に出ることにはなるのだった。
「はぁ、どうもダメだわ……このままジッとしててもどうにもならないし、かといって動き回れば不要な争いを生みかねない。こりゃあ完全に悪循環かしらね」
部屋の外へと出て、目的の場所を目指し歩き出す。
端末の地図を確認せずとも付近は頭と経験に刻まれているので迷うことは無い。かといって他のプレイヤーに遭遇する確率もあるので最低限の武装もしている。
そう、だから気を付けていた。
別のプレイヤーと鉢合わせしないように、気を廻らせていたのだ。だからこれは、完全に碧だけのせいではなかった。
曲がり角、そこを曲がろうと視界を上げた瞬間、曲がろうとした角から、彼女は出くわした。
「撫子っ!?」
「碧さん……」
驚きのあまりに声を上げる。それは相手も同じであり、結局のところ互いは思わぬところで合流した。
ただこの時ばかり、碧は自分が一度でもゲームを経験したことを幸運だと確信した。
「あんた……人を殺したのね」
そう、初めて人を殺した人間にある、複雑の感情そして、証拠を持っているからだ。
疲れた様子で目に力は無いが、しかしその奥には強い信念のようなものがある。そしてその手に持つ日本刀。それが彼女の使っている凶器であり、殺した証拠としての袖口には血が付着している。
「ええ、そうです」
「どうしてそんなことをしたの?」
「仕方がないんです」
殺したことを認め、それを許さない碧は問いかけた。
撫子は一つの断りを入れ、碧は彼女の語る言い訳が自分が助かるためにやったと想定しただけあって、その答えはまた予想外だった。
「啓一さんを、救うためなんです……」
「は? なんで彼を救うために殺す必要があるの?」
「私のこの首の解除条件。それは、ジョーカーの持ち主を殺すこと……つまり、啓一さんを殺すことです」
「………………」
「でも、私にあの人を殺すなんてこと出来ません。でもその代わりに、私と啓一さん以外の人が死ぬことで、私はあの人を殺さなくていいんです。だから……私は人を殺すんです」
「それは、エゴよ」
「わかっています。でも、やるしかないんです」
「つまり、あたしも殺す?」
「はい」
「いいわ、来なさい。だったらあたしはあんたを殺してあげる。被害者としての正当防衛なんて言わないわ。あんたが間違ってるから、殺す」
「ありがとう、ございます」
――チンッ
――ガチャ
撫子の言葉を皮切りに、二人は武器を抜く。
撫子は鞘から刀を抜き、碧は銃を抜く。
二人の距離は約十メートル。そしてこの空間は刀を振るうのに適さない。
圧倒的に銃が有利であり、そのことなど撫子もまた、理解していた。
「ッ!」
最初に動いたのは撫子。
音は無く、手にした刀を体の影に隠し、走り出した。
一足で二メートルを縮め、もう二歩踏み込めば刀間合い。
しかしそれを、碧が許すということは無い。
「ハァッ!」
――パァン! パァン! パァン!
都合三発。
亜音速で吐き出された銃弾は三発のどれもが撫子の身体の一部を目指して真っ直ぐと空気を穿って進み、時間にして一秒足らずで撫子の体は貫かれて終わる。
――ヒュン ギンッ! ヒュン ギンッ! チッ ギンッ!
「普通当たるでしょ!?」
しかし結果はまったくの別。
二発が撫子の体の左二歩分ずれて壁へと埋まり、唯一碧から見て左にそれた弾が撫子の尾を引いた黒い髪の一部を千切っただけだった。
「銃は真っ直ぐにしか飛ばないのが欠点です。それなら、相手の指と手首、視線を見れば、避けることは可能です」
「そんなんっ、理論上でしょうが!」
体をズラしながらもさらに一歩進み、また近づいてくる撫子。
碧はそんなふざけた場面による動揺を無理やり捻じ伏せ、次の弾を今度は多く引き金を引くことで弾幕を張る。
――パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!
今度は固めて撃つのではなく、一発を撫子の中心にそえながらも、わざと撃った際のブレを利用して弾の間隔を横にずらす。これで、左右への回避は出来ない。
「だから甘いんです」
「もっと人間らしい動きしなさいよっ!」
距離が縮まったことで弾が着弾する時間も短くなったというのに、撫子は体を床スレスレまで屈め、弾をやり過ごす。さらに、その屈んだ際の力を溜め、解放することで一気に接近した。
「ハァッ!」
「させるかっ!」
下から上への、強烈な振り上げ。
手を後ろに構えているせいで初速は速く、切っ先は碧の体を綺麗に切り裂くように考えられている。
対して碧が選んだ行動は下がるのではなく、前に進み彼女の腕を抑えるという行動。それに成功すれば途中で最高速に達していない力を止めることが出来る。
――ガッ
得てして、その試みは成功。
撫子の曲がっている状態の肘を掴んで抑え、刀を振らせない。
「刀だけが武器ではありません!」
「な!? かはっ」
だが行動を封じられた撫子の対応も早かった。
肘を抑えられたと反応したときにそうそうに刀を放棄。
掴まれていた左肘を開いて捻って振りほどき、体の開いた碧の正面腹部に右の掌底を打ち込む。
鳩尾に見事叩きこまれたことで無理矢理肺から空気が吐き出され、痛みによって無意識下に涙目になる碧。
直後に碧は力を振り絞って後ろへと跳ぶことで致命的な結果をもたらさずに済んだが、それでも一時的に息苦しくなったことに変わりなく、体力を消耗したことも確かであった。
「大人しく死んでください、碧さん」
「そんな簡単に死ねる、もんですかっ!」
刀を拾い上げ構える撫子。
それに対して碧がとった行動は逃走だった。
息を整えることと距離をとる必要があったためだ。
「逃がしませんっ!」
「悪いけど、少し時間稼ぎさせてもらうわよ!」
――パァン! パァン! パァン!
「くっ!」
牽制代わりに三発銃を放ち、撫子の足を止める。
そこからは全速力で走り出す。
この場所の通路は全て頭に入っているため、道を間違えるということは無いが、目的の場所まで如何に撫子と距離を放せるかが問題だ。
「待ちなさい!」
「しつっこい!」
さらに銃弾を放って牽制をし、さらには予備にあったマガジンを銃に装填するのではなくばら撒いて足止めを行う。
これならば即席の罠になり、下手に動けば銃弾を踏んで転倒を狙える。
「厄介な……」
このおかげで撫子の動きは確かに鈍り、大きく距離を放すことに成功。
さらには目的の場所までたどり着き、準備を整えることにも成功した。
目的の場所とはもちろん、碧の敷いたバリケードのある部屋である。
碧が部屋に辿り着いて一分足らず、撫子もまたその部屋へと入り込んでくる。
「バリケード、ですか」
「悪いわね、万が一を想定して作っておいたんだけど」
バリケードの性質上、撫子は刀を装備しているためにその壁を壊さなければ後ろにいる碧には手が届かない。しかし、重火器を装備している碧はバリケードの所々にある穴から撫子を撃つことが出来る。
形勢が逆転した。
「手加減はしないの」
「手加減なんてあるほうがおかしいです」
「それも、そうね!」
――バラララララララララララララララララッ!!!
同時、空間を劈く銃声。
碧の手にしているのはアサルトライフルであり、秒間に何十何百と弾が吐き出される。
「っ!」
撫子もこうなることを最初から想定していたために咄嗟に開け放っていた扉に隠れ、銃声が鳴りやむのを待つ。
背にしているぶ厚い鉄の扉とコンクリートの壁がけたたましい音を立てては壁を抉り、扉は歪み、床には無数の弾頭と薬莢が金属音を響かせて落ちていく。
それは数十秒の短い時間であったが、聴覚をマヒさせるには十分すぎる時間であった。
「これは……どうしましょうか」
部屋の外で、撫子は考える。
バリケードがある限り碧に攻撃を仕掛けるのはほぼ不可能と言っていいだろう。かといってバリケードを壊す時間を、碧が与えるわけがない。そうなれば、碧が邪魔する前にバリケードを破壊する必要があるのだ。
「ん……これは」
腰に巻いていた小物入れに違和感を覚え、中を探る撫子。そして掴んで出来たものは、大まかな分類としては手榴弾であった。ただ、それは炸裂式の手榴弾ではなく、焼夷剤を仕込んだ手榴弾……つまりは焼夷弾と呼ばれるものだ。
ただ、そんなことを撫子は知識としてなど知らない。それはテレビなどで見る、手榴弾という分類の兵器だということしか知らない。
なので使い方はお遊び知識であるピンを引っこ抜いて投げる。それだけだ。
ただ、今回の場合ではそれだけで充分であった。
「やっ!」
その通りに撫子は行動し、焼夷弾がバリケードに当たるように投擲した。
放物線をえがいて宙を舞い、バリケードへと入り込み、それはぶつかり合って内部へと入り込む。
「やばい!」
当然そういった武器があるのを知っている碧の行動は俊敏である。
バリケードを張ったところで爆発物を使えばバリケードなどあっという間に吹き飛ばされて下手をすれば爆発の際に吹き飛んできた破片などで重傷を負うし、ガスであれば空気に入るので意味はない。だから、真後ろにある扉を開いて退避を行う。
そして碧が扉を開けて部屋から脱出しようとした瞬間、撫子の投げた焼夷弾は起爆し、バリケードは一瞬にして塵に変わり、部屋の温度は急激に上昇。間一髪として、碧は巻き込まれずに済んだのだった。
「つぅ……なんてもんぶっこんでくんのよ、あの子! というか絶対にあれがこうなることになると想定しないで投げたわね、絶対に」
部屋から飛び出し、体を起こしながら碧はぼやく。
眼前には未だ苛烈に燃え続ける光景であり、急激に燃えることであの部屋の中の温度は相当なものになり、また酸素はなく、一酸化炭素が一深呼吸で中毒死できるぐらいにはヤバいだろう。というよりも、あまりこの場に留まっているのも危険だ。
「これで自滅してれば運は良いけど……」
多分それはないと判断し、碧は巻き込まれないようにさっさとその場から去るのだった。
仕方は無い。それなりに近くにある大きな広間を目指して行動を開始するのだった。
「でも、こうなるとまともな武器がないわね……」
ほとんど武器は、あのバリケードの近くにまとめていたせいで、先ほどの火災によって使用不可能になった。なので、ある武器は身に着けていた拳銃一丁とコンバットナイフのみ。銃に関しては弾数が残り九発と、心もとない。
「撫子は、確実に近接は強い。でも、銃は下手に打てば無駄にしかならない……」
どこにあんな実力が秘めていたのかさっぱりであるが、現に撫子は銃弾にまともに当たることなく避けている。そうなると、必中の場面以外において拳銃はほとんど役に立たないということ。残された手段はナイフによる近距離だ。これはある意味肉迫しておけば刀を振るうよりもナイフの方が速い。その弊害として、あの刀を最低でも一度は凌がなければならない。
「さてどうしたものか……」
呟き、扉に手を掛け開けた瞬間――
――パァン!
「なっ!?」
突如銃声が鳴り響き、そこにいたのは、足を押えてうずくまる撫子と――
「あら、もうひとりお客さん?」
拳銃を手にし、さらにその周りには複数の小型のロボットを侍らせた、一人の女性がいた。




