74:41:17 バリケード
三人称視点
「う~ん、忠邦さん、ここまたバリケードで塞がれてますよー」
「これ五つめかぁ……これさえなければすぐに上にも行けるんだけどなぁ」
天井高く積み上げられた、大小さまざまな石たち。どれも大の大人が二人がかりでやっと運べるかどうかのものなのだが、それよりも問題なのはまず下手に触れないということだった。
つまりは、有刺鉄線が石それぞれに巻かれ、さらにはそれらをまとめて雁字搦めにするという、悪質なものだった。
「んー、そうなんですけど、今から通れる階段を探すとなると、時間的に危ないというのが……」
「そうだった。すまない、なずなくん」
「いえいえいえ! そんなことないですっ。というよりも、わたしとしては忠邦さんがいなかったら寂しくてどうにかなってしまいそうだったんですから、わたしが感謝するとして、忠邦さんに謝ってもらう理由はないですよ!?」
「お互い様さ。こんなおかしな場所で平静を保ってられるのも、こうして安心できる人といられるからなんだから。一人だったら、何をしたか……」
「わたしたちこれでも、運がいい方なんですかね……」
「そうだね。最初の方こそ危機的な場面もあったけど、ここ数日は罠とかあるにして、命の危機に見舞われていないんだから、命があるだけ幸運な方さ」
少しだけ、空気が重くなる。
「……そうですね! よぉし、それじゃあ忠邦さん、少しだけここらへんを探索しましょう!」
しかしそこで、なずなが声を張り上げ、笑顔を作り、重くなった空気を吹き飛ばす。
忠邦はその状況にとっさについていくことは出来なかったが、なずなの想いは汲み取れ、話にのって彼もわずかだが笑みを浮かべてなずなに促していく。
「急にどうして?」
「はい、思ったんですけど、ここはたくさん武器とかがあるじゃないですか。その中にはほら、このバリケードを壊せるものがあると思うんです!」
鼻息荒く、名案を思い付いたと話し出す。
「けど、そういったのは使い方を間違えたら危険じゃないかい?」
忠邦はその話を理解しながらも、大人と常識の観点から、わざと否定意見を述べる。
それに対して、なずなは眼を光らせ、猫口になって笑い出すと端末を取り出して上へと掲げる。
「ふっふっふ~、それなんですけどね……なんと、わたしの端末には武器の取り扱い辞典が入ってるんですよ!」
『Weapon's Dictionary』という名の機能。それを、なずなはインストールしており、それの概要は手に入れた武器の使い方や手入れ、その他多くの事がわかるものだった。彼女自身武器を使うことはないだろうなぁ、等と思っていたためまったく関心もなく忘れてしまっていたのだが、ついさっきそのことを思い出した。
「そんなものがあるのかい?」
「はいっ! しかもすごくて、この端末に内蔵されているカメラで目的の物を写すと、該当したものを表示してくれるんですっ!」
驚きに目を見開く忠邦に、なずなはさらに驚かせようと忠邦に端末を見せつける。
端末には一見してカメラの機能があるように思えないが、なずなが機能を起動させると、裏面の一部が開き、カメラが姿を現した。
「どうですか、これ!」
「本当にカメラがあるね……」
「というわけで、一緒にここら辺にある部屋を探索して武器を手に入れましょう! それで、あのバリケードをぶっ壊していきましょう! おー!」
テンション高く盛り上がり、なずなの掛け声に忠邦も小さくだが、声を上げる。さすがにちょっと恥ずかしかったようだ。
ともかく、二人はバリケードを中心として部屋を探索していく。
それが三十分か一時間かの後。
「忠邦さん忠邦さん、これって、爆弾じゃないですか!?」
一つの小部屋の木箱から、なずなが手の平サイズの爆弾を取り出して忠邦を呼んだ。
向かい側で別の箱をあさっていた忠邦はなずなの声に振り返ると、近づいてくる。
「確かに……たぶんこれは、映画とかだと手榴弾と呼ばれるものだね」
「手榴弾ですか?」
「うん、手で投げるタイプの時限式爆弾さ。爆発力よりも、爆発した際の手榴弾の破片で相手を傷つけるものもあるようだよ」
「へー、結構詳しいんですね……って、それはこの機能使えばいいじゃないですかー」
「はっはっはっ。でもほら、種類名がわかったのはいいことだよ。ほら、携帯でも写真を使いすぎるとすぐにバッテリーが無くなっちゃうからね。その分お得だと思えばいいんじゃないかな?」
「あ、言われてみればそうですね。それじゃあ、しゅ、りゅ、う、だ、んっ、と。……あ、出てきました出てきました!」
「どうだった?」
「はい、忠邦さんの言っていたタイプですね、形とかだと同じタイプですし、ピンもありますから。あ、比較的には使いやすいみたいです。ただ、起爆はピンを抜いてから五秒後。投げたら五十メートル以上離れるか曲がり角一つから二つ分は離れてないと危ないみたいです」
「これなら、あのバリケードを崩すぐらいは出来そうだね」
「そうですね! さっそく行きましょう!」
「ああ、ちょっと待つんだなずなくん!?」
情報を手に入れて、現状を打開できる手を得たのだが嬉しいのか、なずなはさっそく手榴弾を片手にもう片方には端末と、こんな場所であっても危険人物扱いされる姿で出ていこうとする。それに忠彦は慌てて静止した。
「どうしたんですか、忠邦さん?」
「いやいやなずなくん、それは危険だよ。というよりも危険な人の典型例だよ」
「……はっ、言われてみればそうでした!」
「良かった……。どうやら手榴弾はピンさえ抜けなければそうそう起爆することもないみたいだから、バッグにでも入れて大丈夫だと思う。それと、これを持っておくといい」
「拳銃、ですか」
この時忠邦がなずなを止めたのは二つの理由から。
一つ目は、無論なずなの格好が危険人物だからだ。もしあの状態で誰かと出会えば、明らかに警戒心を持たれるし、過激なものなら襲ってくる。それだけは避けたかった。
二つ目は、いま忠邦の手にある二丁の拳銃。片方はオートマチック、もう片方はリボルバーだ。どちらもホルスターに収められているが、鈍く光るそれは一般人であれば手に取るのを躊躇うもの。これを、忠邦は先ほどの箱の中から見つけ出し、なずなへと渡すためだった。
「うん。ここからは僕たちには扱えるようなものがほとんどなかったけれど、他の人たちなら使えそうな危ない武器がたくさんある。それに、僕たちに敵対心が無くても、それが他の人には当てはまるではないからね。下手に襲わせないためにも、こういった武器を持つだけでもしたほうがいいと思う」
忠邦は真面目に、なずなを見据えて諭す。
銃に苦手意識があるのはなずなだけではない。ただの一般人であり社会人である忠邦も同様だ。可能な限り、こういった物とは縁を持ちたくなかった。それでも、護身のために必要なものだと彼は割り切って、銃を手にしたのだ。
「ただ、なずなくんに無理矢理持たせるという気はない。嫌なら、はっきり言ってくれほしい」
「………………」
なずなは忠邦を見つめた後に、銃へと目を向ける。
そして、決めた。
「そうですね。持ちます」
「無理してないかい?」
「やですねー、そんなこと言ったら忠邦さんだって人の事言えないじゃないですかー! だから、二人で重荷は分けあいましょう。こういったときこそ、お互いを頼るのが大事なんですから!」
笑顔で、明るく、なずなは語る。
無理しているということは一目でわかる。だが、なずなもまた忠邦が無理しているというのをわかっている。だからこそこの優しい少女は、責任を押し付けるという考えを、捨てた。
碧と一緒の時は頼ってばかりだった彼女だったが、忠邦と行動するうちに頼ってばかりではなく、また自分も頼って欲しいと、頼られる人間になりたいと、そう思ったのだ。
忠邦はその意思をのみ、何も言わなかった。
そして銃と一緒にあったザックに銃弾を入れ、なずなは手榴弾を入れる。
忠邦は比較的扱いやすそうに見えるオートマチックの銃をなずなに手渡すと、自分の腰にホルスターを装着した。なずなも端末をしまうと、同様に腰へと装着する。
「それじゃあ、行きましょうか!」
「そうだね」
そうして部屋を後にした二人。
その数分後にこの付近では大きな爆発音が響き渡り、道の妨げとなっていたバリケードは崩れ去り、無事階を上ることに成功した者たちがいたのだった。
・Weapon's Dictionary――武器の使用方法などを調べる機能。写真認証による検索システム有り。写真による解説や、動画も完備している。バッテリー消費量:小~大
・ザック――リュックサック。




