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70:02:19 安堵の眠り

三人称視点



 「戻ったぞ、スズ」

 「お帰り、ケイちゃん」


 目的地の部屋に戻ってくると同時に、錫奈が啓一の傍までやってくる。

 その少女を見て、伊菜穂は呆けた顔をして疑問を口から滑らせた。


 「女の子?」

 「ああ。スズ、自己紹介は自分でしろよ」

 「うん。……はい」


 伊菜穂の言葉には啓一が答え、錫奈に自己紹介を促すと、彼女は啓一と初対面でしたように端末を操作し、画面を伊菜穂に向ける。


 「かしわぎ、すずな……でよろしいかしら?」

 「ん」

 「わたくしは、鈴白伊菜穂といいます。錫奈さん」

 「ん、シロちゃん」

 「シロ?」

 「あー、多分それが鈴白の呼び名だな。で、さっきも言ってたが、ケイは俺の呼び名だな」

 「そ、そうなんですの……?」

 「ああ。ちなみに、愛称で呼ばれている場合は愛称で返さなきゃならん。だから、スズと呼ぶ」

 「はぁ……」

 「ケイちゃん、シロちゃん」


 あまりに突然すぎて状況を把握できない伊菜穂を知らずか、錫奈はマイペースに指さし確認。どうやら、伊菜穂を錫奈は気に入ったらしい。それはそれでいいことだった。


 「お姫様抱っこ?」

 「そういえば……」

 「っ///」


 ただ、錫奈が一言発したことで、現在の啓一と伊菜穂は状況を思い出す。

 そういえば、しっかりと歩けない伊菜穂を抱えて啓一は来たのだった。

 伊菜穂はそのことを再度確認して、顔が一気に赤くなる。


 「悪かったな、鈴白」

 「い、いえ、こちらこそ、ありがとうございましたわ」

 「?」


 思い返してみれば気恥ずかしい場面であり、片方に恥ずかしがられると連れられて恥ずかしさがやってくる。気まずい雰囲気が出来上がってしまう。


 「あー、それよりもだな……スズ、綺麗な布と水、用意してくれるか?」

 「ん」


 その雰囲気を掻き消すように、啓一が錫奈に荷物を取ってきてもらう。それによってどうにか、微妙な空気は緩和された。

 先に行った錫奈の後を行き、近くまでやってくると啓一は静かに伊菜穂を降ろした。ただ立たせるのは避けるために、寝かせたのだが。


 「水と布」

 「よしよし。ついでで悪いが、鈴白の体、拭いてやれるか? 汚れてるのは気分が悪いだろうし」

 「ん」

 「おう、そんじゃ、俺は少し出てくる。ちょっと忘れもんがるからな」

 「行ってらっしゃい」

 「鈴白、スズにこれから体を拭いてもらえ。その間俺がいるとアレだし、ちょっと出てくる」

 「申し訳ございません」

 「気にすんな」


 そして啓一は錫奈に伊菜穂を綺麗にするように頼むと、部屋を後にした。

 部屋に残されたのは、錫奈と伊菜穂だけ。錫奈は水と布を持ち、伊菜穂は啓一のジャケットを羽織ったまま寝っ転がっている。


 「体、拭く」

 「あ、はい。よろしく、お願いいたします……」

 「ん」


 二人だけになって、最初に話したのは錫奈だ。

 手早く布を水で濡らして膝立ちになる。

 伊菜穂は、拭きやすいように羽織っていたジャケットを脱ぐと、上半身だけを起こした。

 合わせて、錫奈がタオルを伊菜穂の身体に当てる。


 「っ」

 「がまん」

 「そう、んっ、ですわね」


 さすがに水は冷たい。

 びっくりして声を洩らしてしまったが、錫奈は小さく一言述べた後に構わず体にタオルを這わせていく。

 痛くないように優しく、丁寧に。

 ただそれは、逆にくすぐったさも伴い、また誰かに主導権を握られている慣れない現象で、伊菜穂時折身を捩らせては同時に艶めかしい声を上げる。

 腕から肩へ、肩から背へ、背から腹へ、腹から胸へ。

 余すことなく上半身を拭き、一通り拭くと今度は下半身へと移行する。

 腰を、股を、太腿を、膝、脛、足首、足指。


 「くっん、あ、はぁ、ん///」

 「あとちょっと」

 「そう……はんっ、です……あふっ、わ、んにゅぅ!」


 錫奈の手つきは優しい。それ故に指の間や足裏を拭かれている時のくすぐったさは半端無いものになる。これならまだ、思いっきりでもいいから強くやってくれた方がマシだと、そう伊菜穂は感じた。


 「おしまい」

 「あ、はぁはぁ、ありがとう、ございました……わ」


 ようやく終わると、伊菜穂は一気に力が抜けて倒れ込む。

 肌が発汗やらなにやらでピンク色になり、マラソンでも終えた後かの様に息は荒い。


 「だいじょうぶ?」

 「だい、はぁはぁ……だいじょう、ぶ……ですわ」


 少し不安げに、錫奈が顔を覗き込んでくる。それに、伊菜穂はどうにか返す。

 実際のところそこまで大丈夫でもないのだが、錫奈に気を遣わせないためのものだった。


 「それで、あの……少しだけ、眠っても、よろしいかしら?」

 「ん。おやすみ」

 「はい。おやすみ……なさいませ」


 ただ気が抜けてきて、伊菜穂へと睡魔が襲ってくる。

 一応断りを錫奈に入れると、彼女は気にすることなく片づけを始める。

 その光景を最期に、伊菜穂は安堵の下意識を手放した。



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