68:39:26 因果応報
三人称視点
「ん」
「どうしたんだ、スズ?」
「人の声」
「人の?」
「うん」
何とも言えないほどに同じ風景を歩いている最中、突然錫奈が立ち止まった。
何でも、人の声が聞こえるらしい。
啓一はまったく気にしていなかったが、錫奈にそう言われたので、耳を澄ませてみる。
――『……ハッ! ………………んだなぁ…………。てっん…………』
すると、本当に僅かだが、男の声が聞こえてきた。それも、この感じでは荒れているように感じられる。
下手にプレイヤーに出くわすというのはあまり推奨することではないのだが、どうやら錫奈はその声が気になるのか、立ち止まったまま動こうとしない。
「気になるのか?」
だから、啓一は錫奈に向き直り、視線を合わせて質問する。
相変わらず何を考えているわからない瞳。だが、それは黒いからではなく、白いから。無垢であり、余計な思惑も、打算も存在しないからこそ、彼女の考える意図は眩しすぎて啓一には視ることが出来ない。
そうしているうちに、錫奈は答えを出していた。
「ん」
肯定。
小さく頷く。それが彼女の答えだ。
そして、それだけで十分だった。
「わかった。一応近くまで行こう。その代わり、途中からは俺一人で見に行く。いいか?」
その言葉にも錫奈は頷き、二人は早速声の発信源の方へと向かうのだった。
それなりに大きな声でまばらにしか聞こえないとだけあり、離れているのはわかる。加えて、建物の壁に反響して響くことではっきりとした方向はわからないものだが、迷うことなく、二人は歩く。
十字路や分かれ道、そういった場所に着くと、錫奈は右手を上げ、人差し指で道の一つを指さす。それが目指している場所ということなのだろうと啓一は判断して、錫奈の指す方向へと向かった。そして数十分。
――『……、もっ………かり動けや! んなんじゃいつまで……ても満足しねぇぞ!?』
「どうやら、この近くの様だな」
「ん」
最初に聴き取った声と同じ男のものが、はっきりとほぼ明確に聞こえてくる。
しかも啓一は今聴こえたセリフを鑑みて、御取込み中なのだがわかった。それも、両者が合意でないほうのである。
これは、錫奈に見せるのはいろいろとよろしくない。啓一はそう判断した。
「スズ、少しだけ待っていてくれるか?」
「ケイちゃん?」
「いや、もし危ない子となった時に、俺はスズを守れる保証もない。それに、スズに嫌なものを見せるのも個人的には推奨しない。だからさ、少しだけ、待っていてくれ」
不安そうな視線を向けてくる錫奈に、啓一は安心できるように、力強く心を込めて、本心で言った。
情から来るものかどうかの判断は彼に出来はしなかったが、そうしたかったのだ。
錫奈も、その意思が伝わったのか。
「わかった」
了承してくれた。
「あんがとな」
啓一はそのことに感謝して、錫奈の頭に手を置き撫でる。
錫奈は、それに対して嫌な顔はせず、目を細めて顔を綻ばせた。
一しきり錫奈の頭を撫でると、啓一は問題の場所へと、向かうのだった。
錫奈は近くにあった部屋で待っているようにしてもらった。
もし啓一以外の者が現れたときはわき目もふらずに逃げるように言い聞かせるのも忘れてはいない。
「ふぅー……」
小さく息を吐く。
扉の前。そこからはもう声もはっきりと聞こえている。それに合わせて、喘ぎ声やなどの、劣情を催すような音もだ。
啓一は出来る限り集中し、腰に掛けられている銃を手に取ると、セーフティを解除していつでも撃てるように準備。
そして、ゆっくりと、慎重に、扉を開けた。
――キィ
「っ!?」
最初の出だしで、背筋に冷たいものが走る。
しかし、一気に大きくなった部屋内の音に変化はなく、気づいていないようだ。
それに安堵し、啓一はゆっくり、ゆっくり、扉を開ける。
顔が覗けるだけ開くと、中を確認した。
「ドンピシャか」
中での内容は、想定していた通り。
男が、女に覆いかぶさって襲っている。
男は服を半分脱いだ状態だが、女は全裸だ。それどころか、女の服らしきものはどこにもない。
啓一はそこでこの状況はあそこの二人にとって最初ではないということも察しがついた。恐らくはあの男が凶器で女を脅し、その際に服を廃棄でもしたのだろう。そして、女は逆らうこともできずにこの状態。
「ゲスだな。いや、そんなこと言える立場でもないか……」
その光景に悪態をつくが、次に吐き出されたのは己への自嘲。
自分の所属している組織のゲームのは何度も出ている。その間に、女を犯したこともあれば、殺したこともある。そんな人間として腐ったことを既にしている啓一にとって、同じことをしている奴を咎めるというのはなんともおかしな話である。
「でも、約束したしなぁ」
そう、約束がある。
先ほど錫奈とした約束。
彼女を別の部屋に待たせるためにした約束だ。
もし、目的の場所で非道なことをされている者がいれば、助ける。
別に馬鹿正直に守る必要は無い。どうとでも誤魔化せることだ。しかし、それはなんとなくだが啓一はしたくなかった。
「偽善者かよ」
そうとも偽善だ。
今から行うことは偽善である。
自分がそういったことをしておいて、他人が同じことをしているのを、武力でもって、止めるのだ。
自己中心的すぎて笑えてしまう。
「だけどま、約束は果たしましょう」
別に自己中心的でいいではないか。啓一は内心思う。『人間』なんてみんな自分を中心にして周りを振り回す。だからこそ、自分がやりたいからやる、でいいじゃないか。
だから、啓一はそのまま、部屋へと足を踏み入れた。
「おら、おら!」
「ひぅ、あひゅ、あん」
気づいた様子はない。
なんとも男はご執心の様で。
逆に、好都合。
銃を構える。
猿のように腰を振っている男だ。上半身がぶれ過ぎて、狙ったところに当たらないかもしれない。なので、狙いは支えとなっている足。そこへ向けて、引き金を引く。
――パァン!
「がぁ!?」
――パァン!
「ぐぁあ!!」
二回引かれたトリガー。
銃身から吐き出された二発の弾は狙い違わず男の両ふくらはぎを貫き、その痛みによって男は苦悶の叫びをあげた。
「づぁ……だ、誰だこのやろう!!」
足を撃たれたことで上体が倒れ、それでもどうにか腕で倒れ切るのを食い止める男。
だが男は女と繋がっているうえに足を思うように動かせないせいで、後ろを向くことが出来ない。顔を後ろに向けようとして叫んでいるだけで、脅威はほとんど感じられなかった。
啓一としてはこのまま男の腕を撃ち貫いてもいいのだが、それをすれば下にいる少女を起こすのが面倒になる。なので、まず啓一は男と少女を離れさせることにした。
「ふんっ!」
「がはっ!?」
下手に身動きが出来ないのを良しとして、啓一は全力で男の右わき腹を蹴り飛ばし、転がす。それと同時に男と少女を繋いでいたモノは外れ、男は仰向けになった。
「テメェ、いきなり、何しやがる!」
「あぁ? うっせな」
――パァン!
「ぎゃぁあ!!!」
反抗的な態度をとる男に、次は右の腕を撃つ。
男は撃たれた腕をもう一方の腕で押え、転がりまわった。
「はぁ、好き見せたお前が悪いんだろ」
――パァン!
「ああああああ!!」
ためらうことなく、さらにもう一発。
今度は左の肩を撃ち抜く。
これで、男は四肢を撃ち抜かれてまともに身動きが出来なくなった。
その状態であっても火事場のバカ力を警戒し、啓一は男の腹を抉るように踏み抜くと、力が抜けたところで腰に提げられている銃を回収し、とある場所の傍へと滑らせた。
「お前はいいのか?」
「え?」
銃が行ったのは少女のそばだ。
まだ彼女は状況を把握しきれておらず、呆けたままである。
それに、啓一はさらに続ける。
「お前、この男に犯されていたんだろ。今ならこいつは抵抗できないし、弱ってる。そんで、そこにある銃の引き金をその男の頭に合わせて引けば、お前を滅茶苦茶にした奴は殺せんぞ」
「あ……」
その言葉を受けて、少女はようやく理解した。
どうして銃が来たのかということと、突然自分を犯していた男を別の男は殺さずにいるのかということに。
「どうすんだ?」
「………………」
「やり、ますわ」
「よし」
少女は決意した。
体に力が入りきらないが、銃を手に持ち、立ち上がる。
見た目以上に、少女にとって銃は重かった。だが、これは人の命を奪う道具だ。つまり、この重さは命の重さともいえるのかもしれない。それにしては、軽い。少女は何となしにそう思った。
「くそぉおおお!! 殺してやるっ! 殺してやるぅっ!!」
もがきながらも、血走った目で男は暴れ、呪詛を吐く。
だがまともに動く事は許されず、時間を掛けて、少女は男の頭を撃ち抜けるだけの距離にやってきた。
「っ…………」
「なんだテメェ! 撃つのか!? あぁ? 撃つってぇのか!?」
男の視線は少女へと向き、怒りを込め、この状況であっても態度が変わることは無い。
対して少女は、銃を男の額に照準を合わせているが、腕は震え、銃口がブレている。
それだけで、この少女が人を撃ったことが無いのをわかる。そして、優しいものだというのがわかる。
自分を辱めた相手であっても、命を奪うことに躊躇いをもっている。
「くっ…………」
「おら、やってみろよ? オメェに俺が撃てんのかよ!?」
男の狂気に呑まれかける少女。
「お前は少し黙れ」
――パァン! パァン! パァン!
「ぐぉぁあああああああ!!!」
しかし、啓一は呑まれることは無い。
第一、人を傷つけることも殺すことも躊躇わない。
無差別に放たれた三発の銃弾は男の腹を、肩を、足に穴を穿つ。
「大体、お前は人間を撃ったか? 脅しただけじゃないのか? 奪っただけじゃないのか? ……ならよ、いずれはお前自身が撃たれ、脅され、奪われることも承知じゃないのか? そんな覚悟もなくお前はこの女を襲ったのか?」
「何言ってんだテメェ……奪われたらなぁ、奪われた奴が悪いんだよ」
「そうっ、かい!」
「がぁあああああああ!!」
尚も態度を崩さない男。啓一は、傷口を蹴り飛ばしてさらに苦痛を与える。
「お前はどうする? 奪われたんだ。帰ってくることは無いが、お前は奪わないのか? この、男から」
「ぅ……」
「決めろ。奪うのか、奪わないのか」
「う、うぅ……。……撃ち……ますわ」
「そうか」
少女は、啓一の瞳を見て、どもりながらも答えた。
自分の意志を言葉にしたことで、少なからず勇気を持つ。
未だに腕は震えているが、既に男を見ても怖くはなくなっていた。
「………………」
それが数秒なのか、数分なのか。
少女は遂に引き金に指を掛けて――
――パァン!
引き金を引かれた。
「え?」
「やっぱ気が変わった」
硝煙が、少女の持つ銃から立ち昇る。
しかし、その銃には、少女以外の手があった。
大きな手。男性の手。
少女の掛けた指に重なるようにして男の指は掛けられている。
「どう、して?」
「別に意味はない。ただ、俺がこいつを殺したかったんだ。だから、こいつは俺が殺した」
質問する少女に、男は簡素に、言い訳のようにも聞こえるように答えると、少女から離れる。
「でも……」
「引き金を引いたのは俺なんだ。お前はそこに指があっただけ。つまり、お前が殺したんじゃない。ほら、そこから離れろ、足が汚れんぞ」
「……はい」
促される様に、少女は頭を撃ち抜かれて絶命した男から離れる。
少女は何も身に着けていないため、靴も無論ない。そうなれば、足が男の血で濡れる。
「今更だが、名前は?」
「鈴白、伊菜穂ですわ……貴方は?」
「萩原啓一」
「あの――」
「これを羽織っとけ」
「あ……」
伊菜穂が喋ろうとし瞬間、彼女の体に、温かなものが包み込んだ。
それは服だ。
先ほどまで啓一の羽織っていた、ジャケット。
中はひと肌で温かく、この温かさを、伊菜穂は二日と少しばかし振りであるが、長い間触れていないもののように感じた。
「若い女が服を着ていないというのは良くない」
「ですが、これは萩原さんのですし、汚れてしまいます」
「構わん。別に安いジャケットだ」
「です――」
「ああ、ああ、もういい。それよりも、移動するぞ」
「移動?」
「そーだ。連れを待たせてる。それに、ここに長くいんのも良くねぇだろ。さっさと行くぞ」
「わ、わかりましたわ」
啓一はさっさと歩き出す。伊菜穂も、啓一の後を追う。
「きゃ!」
「あぶねっ」
ただ、ほとんど体力が無い伊菜穂はすぐに足の力が抜けて転びかけるが、啓一はどうにか受け止めた。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、あー……ちょっと失礼すんぞ」
「え、あ、きゃ!?」
まともに歩けないと判断したんだろう。
啓一は一言断ると、伊菜穂の返事を待たず、彼女を抱きあげた。
いわゆる、お姫様抱っこである。この場合はお嬢様抱っこともいえるだろうが。
「大人しくしてろよ」
「は、はい……」
軽い動きで歩き出す啓一。
されるがままの伊菜穂の頬は、幾分赤くなっていたのだが、それに啓一は気づかなかった。
そして、二人は部屋を後にし、遂に伊菜穂は、地獄から抜け出したのだった。
残された部屋には、全身に小さな穴を開け、ただの肉の塊となった元男だけが、取り残されるのだった。




