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60:58:45 強制

三人称視点



 「さてと、おい女、テメェはそこにいな」

 「え……?」

 「いいか、ココから動くんじゃねぇ。オレは今からコイツの時間をリセットしてくる」

 「そんな……!?」


 夜も深みを増す頃、和彦は立ち上がり伊菜穂に言う。

 対する伊菜穂の声は弱弱しく、声にも覇気がない。

 しかし、自分の首の装置をまたもリセットされるというのを聞けば、反論する。


 「あぁ? なんだよ? 文句あるならはっきり言えよ」

 「っ」

 「おぉおぉ、なんだまだ反抗的な眼つきは出来るみたいだなぁ? だったらもう少し反論できなくしとけねぇと、逃げられたら困るからなぁ? やっぱ調教は必要だよなぁ、ん?」


 下卑た笑みを和彦は浮かべ、へたり込む伊菜穂の傍へと近づく。

 伊菜穂は和彦が近づいてくることを恐れ、体を震えさせ、逃げ出せるものなら逃げ出したかった。しかし、男の手には自分の端末があり、さらに腰にぶら下がっている銃に目がいき、抵抗のしようはないかった。

 明かりを背にし、影を帯びて一層恐怖を掻き立てる男の笑み。

 伊菜穂にはどうしようもなく、脅えることしかなできない。

 そして、和彦の顔が伊菜穂の目の前まで迫り、その狂気としか思えない、獣の瞳と相対する。

 目を離すことは出来ない。離せば何をしてくるかわからない。闇のようにどす黒い瞳を見ているだけで伊菜穂は泣きそうになるが、それでも我慢した。


 「オレが帰った時、ここにいなかったら問答無用でこの端末はぶっ壊すいいな?」


 和彦が、小さく、凄味の効いた声で言う。


 「はい……」


 伊菜穂は、それに頷くしかなかった。


 ――ガチャン


 扉が閉まる。

 同時に、この部屋から和彦は消えた。

 それだけで、伊菜穂の心は幾分か軽くなる。

 いつ壊れるかわからない心。いや、とっくに壊れてるかもしれない。

 何せ、あの男が伊菜穂に行うほとんどを、今の伊菜穂は反抗することが無い。ただ従順に、痛めつけられたくないから、酷い目にあいたくないから、伊菜穂は従っていた。プライドなどない。生きるためには必要ない。犬のようであろうとも、生きている限りは生きたい。


 「う……ぐすっ、……あぁ、あぁああああ」


 堰を切るように、嗚咽が漏れる。涙があふれる。

 残っている自分の何かが、自分を守るように感情をあふれさせる。

 恐怖、怒り、悲しみ、不安、絶望。

 負の感情や思考を出来る限り吐き出すように、泣いて、泣いて、洗い流す。

 今でこそ精一杯なのだ。

 希望を持つならば、解放されたい。だが、そんなことが起こるなど伊菜穂の中では微塵も信じていない。例え誰かが伊菜穂を和彦の手から解放したとしても、男であればまたも弄ばれるだろう。女であっても、こんな状況で生かす人間がいるとは思えない。


 「うわぁあああああ、すんっ、うわぁぁああぁあああ」


 自分の体を守るために。

 自分の心を守るために。

 危害を加えられないように従順に。

 壊されないように発散し。

 そしてその状況を鑑みて、さらに泣く。

 彼女の涙と嗚咽は、しばらく続くのだった。



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