42:06:08 リセット
三人称視点
外ではまだ日もかけていない時間。
暗闇の中で動くものがいる。
明かりをつけず、音を殺し、傍らで寝息をたてている者に気取られないように、男は部屋から出た。
廊下にある、昼夜を狂わせる原因ともいえる明かりが、男の姿をさらけ出す。
女郎花和彦。
男の手には、二つの端末が握られている。
「へっ。ったく、誰が大人しく解放すると思ってんだよ」
和彦は自分のではなく、寝ている――より正確には気絶している――鈴白伊菜穂の端末にある彼女の首の装置の解除条件を映し出す。
――『20時間以上別プレイヤーと行動を共にする。なお、対象のプレイヤーと50m離れた状態で1時間たった場合、やり直しとなる。行動を共にするプレイヤーを登録するには端末同士を接続すればよい』
画面に映し出されたのはその文字であり、その右下には、残りどれだけ行動していればいいのかを数えているデジタルタイマーが刻々と減って行っている。
この調子では、残り数時間もしないうちに条件が達成されるだろう。
しかし、和彦としてはそうもいかなかった。
女として自分の欲の捌け口がいるというのは確かなのだが、それよりも自分の首の装置を解除するには、和彦もまた伊菜穂の存在が必要であった。
――『装置10個の回収。手段は問わない』
思い浮かべるのは、自分の首輪を解除するための条件。
装置とはすなわち手足首に装着されているもの。そして、和彦がこの条件を満たすには、自分以外のプレイヤーが最低二人必須である。
それも、一人分の装置は必要に加え、自分の外せる分4つ、最後に一つ入手する必要があるのだ。そして幸いにも、和彦もっともやっかいである一つだけの装置の入手には成功しており、あとは誰か一人分と自分の分を全て手にしたらいいのだ。
「逃げられるわけにはいかねぇんだ」
さらに運がいいのは、自分が銃を手に入れてからすぐに、伊菜穂を見つけた時である。
あの時は気づかれないように笑うのが辛いぐらいであった。
伊菜穂を殺してしまうのは簡単ではある。しかし、女として上玉だ。すぐに殺すには惜しいし、最悪でも遊んでから最後の最後に殺してしまえばいい。身ぐるみを剥げば寝首を掻かれることもない。
それが、和彦の考えである。
ただ、今伊菜穂の首の装置が外れてしまっては、いつ逃げ出すかわからない。そういった意味では、伊菜穂の首の装置の解除条件は和彦にとって最高のものであった。
「テメェには、まだまだ楽しませてもらうぜ」
50メートルは既に離れている。
そして、もうすぐで一時間も経過する。そうすれば、時間もリセットされる。伊菜穂はまた、20時間和彦と共に行動しなければいけなくなる。
――『50メートル以上離れた状態で、一時間が経過したため、時間をリセットします』
機械音声を発した直後、残り一時間も無かったタイマーが、再度『20:00:00』になる。
「あとは、また俺の端末を登録させるっと」
最初にやった要領で端末を登録すると、時間は動き出す。
それで、伊菜穂は視えない鎖に繋ぎなおされた。
「くっくっくっく。はーぁっはっはっはっ!」
堪え切れず笑う和彦。
楽しくてしょうがない。
面白くてしょうがない。
まだまだ遊ぼう。
まだまだ弄ぼう。
嗜虐的な笑みを浮かべ、口から紡がれる声は、静かな空間に木霊して消えるだけであり、それを聴いていた者は誰一人としていなかった。




