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28:30:10 日常

三人称視点



 「もお、どうして忠邦さんはそんなに意気地無しなんですか!」


 一つの小部屋に、女性の声が響き渡る。


 「そうは言うけど、下手に動くというのは危ないんだ!」


 対して、女性の前にいる男性が、声を荒げる。

 女性はなずなであり、男性は忠邦だった。

 お互いの表情は険しく、また声のそれも、明らかに喧嘩しているようにしか見えない。


 「それでも! わたしは今すぐに碧さんに会いに行きたいんです! だったらシャッターぶち破るtかいったていいじゃないですか!」

 「だから、下手にそういうことをして、罠が稼働してしまって怪我をするのがここでは致命傷になるんだ! いいかい、君は女の子なのだから――」

 「男の方とか女の方とか、子供だとか大人だとかどうでもいいです! というよりも、わたしはちゃんと考えているんですから!」

 「そうはいってもだね? 今の僕たちに何が出来るというんだ? ここでもし、人を殺すことをためらわないような人に出くわせば、あっさり殺されてしまうんだ。わかってくれ!」

 「それでも……わたしは、このままジッとなんてできないんです!」

 「僕だって同じさ! だけど、それでも身の程を弁えた方がいいんだよ!」


 声を荒げ、白熱していく暴論。

 お互い結構むちゃくちゃな事を言っていたりするのだ、それを気にしている様子などない。

 加えて、今にもどちらかが手を出したとしてもおかしくないような雰囲気である。


 「もういいです! だったら、わたし一人で進みますから!」

 「待ちたまえ、なずなくん!」


 そこで、なずなが忠邦に背を向け、部屋から出ようとする。

 なずなの行動に忠邦は、咄嗟に手を出してなずなの手首を掴んだ。


 「放してっください!」


 ――パァン!


 「うわぁ!」


 捕まれた驚きなのか、なずなは慌てた様に振り向くと、その遠心力を利用したまま、掴まれていない逆の手を開いて振り、それはものの見事に忠邦の頬へとクリーンヒットした。

 その衝撃によって忠邦は手を放し、しりもちをつく。反射的に叩かれた手を抑えているが、どけてみると綺麗な椛模様が出来上がっている。


 「うわわっ、ごめんなさい忠邦さん!」


 だがそこで、叩いたはずのなずなは慌てていた。


 「イタタ……こんなにスナップの効いたビンタは久々だ」


 対して忠邦は、叩かれたはずなのに苦笑していた。


 「あわわ……いくら芝居とはいえ、やり過ぎてしまいました」

 「いやいや、これぐらい思い切った方が、ストレスの解消にはもってこいだよ」

 「そうですけど……」

 「それよりも、これで君の右手の解除条件は満たしたのだろう?」

 「多分……これでいいはずです」


 ――『おめでとうございます! あなたは見事左手装置の解除条件を満たしました。この状態のまま、端末を装置に接続してください』


 なずなが答えたのと同時に、端末から無機質な音声が飛び出す。なずなと忠邦がこれを聴くのは2回目の事だった。


 「いやー、良かった。これはなかなかできることじゃないからね」

 「うぅ……ほんとすいません」

 「これで、なずなくんは両手が外れたということになるね。それに、まだこの階層にいられる時間はあるし、順調じゃないか」


 実のところ、今なずなが左手の装置を外したことで、彼女の両手には装置が無くなった。

 右手の解除条件はこの茶番劇の1時間前に達成したことで装置の解除に成功しており、この二人は着々と装置の解除に進んでいたりする。

 ちなみに、なずなの身に着けていた左手の装置の解除条件は、『口論の末相手の頬を引っ叩く』というもの。これを忠邦に明かした時はやはり驚きもしたが、そこで忠邦の発案したものはなずなをさらに驚かせた。


 ――「なら、お互いの不満を何でもいいから叫ぶんだ。それで、口論ように話を進めて、なずな君が一瞬でも驚いたりするアクションを僕が起こしたら、なずな君はその衝動のままに僕の頬を叩く。これいいじゃないかな?」


 と言ったのだ。

 なぜこんな案を咄嗟に出せたのか、なずなには謎である。

 それの答えを、忠邦は頬を掻きながら、恥ずかしそうに話していく。


 ――「いやね、僕の過程では円満な家庭を作るために、出来る限り相手の不満をぶつけ合って、スッキリするようにしているんだ。で、家内には手が出るようなら容赦なく引っ叩くといい、っていってさ。で、初めて口論になった時、彼女、引っ叩くんじゃなくて、僕の頬をぶん殴ったんだよね。その際に僕は鼻血を出して、それ以来は口論をしても殴るんじゃなくて叩くようになったんだよなぁ」


 なんとも、壮絶な事をこんな顔で出来るもんだと、なずなは感心した。


 「いやでも、本当に申し訳ない気分です……」

 「気にしない気にしない。喧嘩をしたら、最後は仲良くなるものさ。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃないか。だから、僕たちもこれでまた仲良くなれたということにしよう」


 忠邦は優しい笑顔を浮かべる。

 彼は本当に良い大人だった。なずながこれまで出会ってきた大人の中では一番良識的で、なおかつ相手のためにやさしく、厳しい。

 このゲームに関しても彼は本気で怒っているのがわかり、それがまた彼を良い人だというのがわかった。


 「わかりました」

 「うん。それじゃ、少し休んだら碧君を探しに行こうか」

 「はい!」


 忠邦の笑顔につられる様に、なずなも笑顔を返した。

 『日常』という言葉は、この二人にこそ、ふさわしい言葉なのかもしれない。

 しかし『非日常』を形にしたこのゲームにおいて、『日常』の象徴である彼女らは、最良の餌となることなど、知る由もないのだった。



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