25:25:44 葛藤と決心
三人称視点
「………………」
三条撫子は歩いていた。
一人、歩いていた。
先刻までいた仲間たちとは、突然の出来事によって離れ離れとなってしまっていた。
しかし、彼女にとってそれは好都合でもあった。
「みんなに、嘘をついてしまいました……」
嘘。
そう、彼女はあの時、あの四人から離れたかった。
それは彼女が四人に対して嘘を吐いていたからである。
歩きながら、彼女は自分の持っている端末の『Ring』の項目を選択し、解除条件が表示される。
その項目の一番上、『Pillory』の解除条件をさらに選ぶ。
そこには、彼女の述べていた『ジョーカーの端末の破壊』は存在していなかった。
その代わりとして表示されていた物、それは――
――『ジョーカーの端末の持ち主の殺害』
「できません、こんなの……」
そう、殺害。
つまり、ジョーカーの持ち主である彼を――萩原啓一を殺す必要があったのだ。
撫子の述べたとおり、そんなことは出来ない。
啓一という男を殺すぐらいであれば、撫子という女は自ら死ぬことを選択する。
それほどまでに、撫子は啓一の事が好きになっていたのだ。
いつからと問われれば、『初対面』から。
あの底知れぬ落とし穴で、助けてくれた時からだ。
撫子自身、あそこで自分の命は終わると確信していた。それを、彼は文字通り救い上げてくれた。だからこそ、撫子は自分の命は啓一が所有している物だと信じている。
さらに彼は、短い時間であっても撫子を確かに身を挺して守ってくれた。
狂気に満ちた男が襲ってきた時も、彼は震えているだけだった撫子を引っ張ってくれた。
襲ってきた男が死ぬ瞬間も、彼は自分の身体を間に挟んで見えないように、聞こえないようにしてくれた。邪推というわけではないが、抱きしめられた時には鼓動が速くなり、顔は真っ赤に、それが気づかれていないかでさらに鼓動が速くなったのを今でも覚えている。彼の大きさを覚えている。
あれがなければ、疾うに精神のどこかがおかしくなっていたかもしれない。
彼の事が好きだということを自覚したのは、藤袴修治に襲われときだ。
あの時は啓一が死んでしまったと信じ、身体から全ての力が抜けた。
その後はみんなのおかげで持ち直すことが出来たものだが、それは単に、啓一が生きているということを妄信的に信じたためだ。
「啓一さんを殺すぐらいなら、私は――」
死にましょう。そう、言おうとしたとき、端末が音もならずに震えた。
同時に、画面が変わり、あの時以来見ていなかった道化師が姿を現した。
――『ジョーカーを殺したくないのかい?』
喋ることはせず、吹きだしに文字が表示される。
当たり前だ。自分が助かるために、自分を助けてくれた人を殺すなど、許される所業ではない。
――『なら、君にエクストラステージを行う機会を上げるよ!』
「え?」
撫子は疑問する。どうして、わざわざこんなことをするのか、さっぱりであった。
――『安心して、ルールは簡単! 君と、ジョーカーを除くプレイヤーを皆殺しにするんだ! こうやってね』
画面の道化師は身軽に動きながら、現れた別の人形を、ナイフで刺し、銃で撃ち、チェーンソーで叩き斬っていく。それを終えると、画面上部に『Game Clear!!』と表示された。
――『簡単だろう? 手段は問わない。殺さなくてもいい。最終的に、君と彼が生き残ったら、このゲームはクリアだよ!』
「そう、しなければ……」
――『ま、君が一人で死ぬか、君が彼を殺して生きるかだね』
「………………」
――『別に強制はしないよ。でも、君がこれをクリアすれば、もしかしたら彼にとってクリア難題なものも、クリアにしてあげられるんだ』
「っ!」
そうだ。
撫子は一つ考えていないことがあった。
それは、啓一がクリアできない場合だ。
もしそんな状況に陥っても、自分がこれをクリアできれば、彼は生き残ることが出来るのだ。
――『よぉ~く考えて、行動してね。ばいば~い!』
去っていく道化師のことなど、今の撫子にはどうでもいい。些末事だ。
「そうです。私はいいんです。でも、啓一さんが生きないと、ダメなんです」
「そうです、そうです。私の命はあの時啓一さんによって拾われたんです」
「だからこそ、この命は啓一さんのために使うのが最も正しい選択なんです」
「だからこそ、私は、やらなければいけないんです」
「だから、ごめんなさい」
「だから、皆さんごめんさい」
呟きながら、言葉にしながら、心中で、脳内で、正当化していく。
ごめんなさいごめんさいごめんなさいごめんなさい、と。
「私の命はいいんです。でも、あの人だけは死なせるわけにはいかないんです」
「ごめんなさい……ごめんなさい。恨んでもいいですから。だから……私は決めました」
涙を流し、嗚咽を洩らし、その瞳には固い意志が宿る。
「私は、皆さんを殺します」
そう宣言し、流れ落ちる涙を拭くことなく、彼女は歩き出した。
それが、自分のやるべきことだと信じて。
これはヤンデレとは言えないかもしれないです。




