10:33:41 追憶
主人公視点
自我が芽生えて最初に気付いたことは、自分の家が貧しいということ。
両親は共働きしていたが、高くない給料はひと月を満足に過ごせるかも不安になるぐらいではあった。
だからなのかはその時は知らなかった。ただ、今になって思い返せば、アレは親が自分たちが生きるために行ったことであるということ。
あのことを恨んでいるかどうか問われれば、今でも判断はつかない。
何せ、俺は金と交換されたのだから。
端的に言えば、売られた。
どうして貧しかった家の俺を買うなんて奴がいるのか甚だ見当もつかないものだったが、出会ってすぐにそれに気付いた。
俺を買った人間は男だった。買った理由は俺――というよりも子供を小間使いにするためじゃない。もっと原始的な、意味の無い本能の昂りを吐き出すための玩具として買ったのだ。
そして男は、いわゆる男色だった。
俺以外にも似た年齢の子供や、それなりに年を経た青年なんかもいた。ただそれなのに不思議だったのは、ここにいる人間は別段生活に不当なものを強いられているのではなく、最低限の衣食住。また、それなりの学習をしていたり、きちんとした健康を考えたトレーニングや作法なども学ばされた。
それは無論俺にも当てはまることで、人間一人が住むのならば最低限に満足できるだけの個室を与えられた。むろん、服も与えられ、あの生活ではありつけないような食事にも三食ありつけた。最低限の思考が出来るように勉学も受けた。身体も鍛えた。
そして、俺が買われた者であることを思い知らされることもされた。
最初は嫌だった。今でも嫌だ。それでも、生きるためには受け入れるしかなく、だからこそ俺はこの生活からいずれ抜け出せるように、また抜け出してからも最低限生きていけるように努力した。
ただ俺以外の人間は、皆この生活に順応していた。最初は嫌がった者もいるわけだが、生活しているうちに売られる前よりも厚遇な生活をしていることを理解し、またあの生活に戻されるわけにいかないからこそ男にすり寄った者もいた。
それはそれで咎める気にもならない。ただ、俺は飼い殺しのような生活をするぐらいなら、生きているという実感を持ったうえで、大変だろうと生きてやろうと思ったのだ。
数年後、そのチャンスはやってきた。
誰が起こしたのだが知らないが、火事が起きたのだ。
その好機を逃すことはなく、俺は火事に紛れ、窓ガラスから飛び出し逃走したのだった。
前準備もない逃走だったために、着の身着のまま。多少焦げ付いた服ではあったが、気にするほどでもなかった。
しかし、問題があった。
食糧を得る手段というのが無い。
いくら年をとったとしても、まだ働けるだけの年齢ではなく、さらには身分を保証する物まで持っていない。
寝床は常に路上や公園であり、困っていた食糧は主に公園の水や、夜になると捨てられる期限の過ぎた弁当やジャンクフードだったりした。
そんな生活をどれだけ続けていただろうか。
だが、その後に起こることが、俺の人生においての転機だったのだろう。
いつも通り夜空を見上げて就寝し。視界一面に広がるコンクリートに囲まれた部屋で目覚めた時が。
訳も分からず巻き込まれた、あのゲームが。
そして、全ての参加者を殺し、クリアした時が。
その後に、俺をそのゲームに巻き込んだ張本人である、アイツらが接触をしてきた時、が。
「ん、んん……?」
寝てた、のか?
駄目だ、寝起きで上手く頭が回らない。
どうしたんだ、俺は?
とりあえず起きてみるか。
「っ゛!?」
いってぇ!
そ、そうだ思い出した。
あの傭兵野郎に、刺されたのか。
「ま、実際にはさせてねぇけど」
そうだそうだ、ナイフは確かに避けられなかったが、刺されはしなかった。
正確には、めっちゃ鋭い衝撃が身体にぶつかった。
あれは焦ったぜ、さすがに戦い慣れしてるだけはある。容赦のない刺突だった。
おかげで刺された部分は内出血した。その代わり、あの野郎は再起不能レベルまで落とし込んどいたし、一番危険視されている奴は何とか出来たな。
「やれやれ、一人になれとは言ってたが、こうも体張る必要があるなんてなぁ」
「………………」
「ったく、無茶振り厳しいぜ。毎回毎回初心者っぽい危なっかしいプレイが観客に受けてるからってよ……」
「………………」
「………………ん?」
「………………?」
ん?
んー?
どういうことだ?
ありのまま、今この状況を整理するぞ……。
俺が起き上がり、辺りを見回した時、周囲には誰一人いなかった。
しかし、今俺が独り言をつぶやいていた時、何かの視線を感じた。
そして視線を感じてみた方に視界を移すと、そこには一人少女が無表情で覗いていやがる。
いや、お前幻覚でも視えてんのか?とかそういうツッコミが入りそうなのはわかっている。しかし、しかし! 確かに今、俺の視界端には少女がこちらを見ているんだ!
「な、なぁ?」
「?」
「俺の今の独り言、聞いてた?」
「………………(こくり)」
おっふ。
まずい。これはマズイ。どれぐらい不味いかってーと、親に情事の最中を見られたぐらい不味い。経験が無いので知らないが。
どうする? 殺すか? いや、そうすると確実にあいつらはエンターテインメントとして失格レベルだと言ってくる。ならば、これを利用する必要がある。そうだ、この状況をエンターテインメントして組み込むしか手段が無い。では、どうやって?
「ぬぅ…………」
「………………?」
幸い、この少女は小首をくぁわいらしく傾げているだけで逃げ出す予兆はない。乱暴……今更ではないが、なんだかこの少女にやるというのはよろしくないような気がする。何がとは明言できないが、何かが。
とりあえず、仲良くなろう。そうしとけば、大体何とかなるはず。
「俺は、萩原啓一というんだが、君は?」
「……すずな」
「すずなか。それは、どんな漢字だ?」
「…………こう?」
いや、疑問形で言われても困るんだがな。
端末のメモ機能か。
なになに、『錫奈』か。こっちのスズか。
「えーっと、苗字は?」
「…………こう」
「これは……『柏木』でいいのか?」
「(こくこく)」
「そうか。再度で悪いが、どっちで呼ばれたい? 苗字と名前」
「(ふるふる)」
え、なに、もしかして名前も苗字も呼ばれたくないの? そうなの?
実はセーフそうに見えてアウト? じゃあなぜ名前を教えた?
「スズ」
「え?」
「スズ」
「スズ、と呼べと?」
「(こくこく)」
ほう、どうやら俺の選択肢は間違っていたらしい。まさか3つめが登場するとは考えていなかった。
しかし、うん、まぁ許容範囲内か。というよりも、ニックなネームで呼ぶっていうのは実は距離感は近いのかもしれないな。うん。
「わかった。俺は……まぁ好きに呼んでくれよ、スズ」
「………………」
「苗字でも、名前でもいいぞ?」
「………………。…………ケイ。…………ケイちゃん?」
「…………それ、俺の呼び名?」
「(こくこく)」
「ちゃん、無しじゃノー?」
「(こくこく)」
「……いい、だろう。スズ」
「ケイちゃん」
両手を広げてサー、こう、上目づかいで呼ばれるのはこう、保護欲を掻き立てられるけどさー。ねぇ?
いい大人が、少女にちゃんで呼ばれるって、ハズい。とんでもなく、恥ずい。
いやしかし、ここで無理に断るというのは良くないか。受け入れるしかないのか……。
「それで、うん、スズはさっきの話を聞いてたんだよな?」
「(こくこく)」
「それ、誰にも言わないと約束できるか?」
「…………うん」
「そう――」
「でも」
「ん?」
「ケイちゃん、一緒」
スズに、手を差し出される。
言葉からして、一緒にいてほしいということか。
確かに、まぁ一人でこの場所にいたというのは結構きついのは知っている。俺もそうだった。
ま、この子と一緒にいることで誰とも話さないというのならば、いいだろう。それに、スズ個人との間なら俺も遠慮なく振る舞える。
「ああ、いいぜ。一緒だ」
だから、握手をする。
スズの手は見た目通りに小さくて。見た目よりも、温かかった。
そしてこの時、初めてスズは無表情から、はにかんだ笑みを見せてくれた。
さて、こっからはゲームを盛り上げる行動に移りますか!
最初は……ゲームマスターを俺以外の手での排除としよう。
幸いに、ゲームは始まったばかりなんだから。




