02:53:34 プロ
三人称視点
「走れ!」
「でもっ、萩原さん!」
「いいから! 俺が少しでも時間を稼ぐ、その間にシャッターを下ろして2階に向かえ!」
状況は逼迫としていた。
前方はるか遠くから、やってくる者がいる。
それは男であり、敵であった。
向かってくるのは、藤袴修治。
それに気づけたのは偶然であった。
後ろから誰か来ることに碧が気づき、修治の手にしている凶器を撫子ははっきりと視覚に捉えることが出来た。
決して友好的ではないその雰囲気。そして、凶器であるサバイバルナイフを持って走ってくるものを見て、誰が安心できるだろうか。
撫子の言葉に反応したのは啓一。切羽詰らせた口調で4人に叫び、己は先ほど拾った鉄パイプを構える。啓一の見立てでは、あの影からして体格は自分よりも一回り大きく、さらに近づいてくる速さは体格に似あわないほどに俊敏。まだ階段さえ見つかっていないこの状況で、あのような追手から逃げ切る算段などほとんど存在しない。
なので、唯一自分だけが純粋な力勝負であればそれなりに相手になるであろう者がこの5人の中で自分だけだと判断し、時間稼ぎを打って出た。
そして、ほんの少しの時間稼ぎをすることで4人が助かる手段も考え付いていた。
「わかったわ。でも、くれぐれも立ち回らないで、生きなさい!」
「百も承知だ!」
それが、碧の端末にインストールされたチップのプログラム、『Control Shutters』。建物内に存在する防火シャッターの開閉を端末をリモコンとすることで操作することが出来るというものだった。ただ、この機能は使用電力が『中』に設定されているため、あまり多くは使えないものでもあった。しかし、それをこの場面で躊躇するわけにはいかない。
「は、萩原さん……私も――」
「駄目だ! 三条さんも、早く行って! 忠邦さんは怪我をしているし、峰垣さんは運動が得意じゃないんだ。三条さんと芹宮さんがいなくなってしまったら集団として行動が難しくなる!」
「………………」
「すまない。でも、ここで一人が足止めしないと、確実に安全とは言えなくなるんだ。だから、頼む……」
「絶対、生きていてくださいね……死んだりしちゃったら、怒りますからね!」
「わかってる。ちゃんと合流するさ」
立ち止まろうとする撫子を無理やりにでも説得させ、絶対とも言えない約束をする。そうでもしなければ、彼女は残ってしまうと思っただろう。だから、瞳に涙を浮かべる撫子に啓一はその涙を拭ってやり、後ろを向かせると弱く背中を押す。
撫子は最初こそゆっくりとした歩みではあったが、一度啓一の方を見やった後に、走った。
「頼むぞ、碧」
あの場で任せられるのは碧のみだ。なぜかはわからないが、彼女はこのゲームについてどこか常識的な部分だけでない、私的な怒りを持っている。それがどうしてかなどわからない。それでも、信じる分には啓一にとってそれで充分であった。
「………………」
修治は、もう啓一との距離がほとんど存在していない。残り10秒も掛からずに彼は啓一とぶつかるであろう。
その間に、一つ深呼吸。
構えは鉄パイプを両手で持ち、腰を捻りパイプが正面から身体に隠れるようにする。予備動作を必要とせずに振るために、最初から溜めた状態にし、さらにこの狭い通路であれば横線でのリーチのある攻撃ならば腕を伸ばそうともナイフは届かず、避けるには間合いの外で止まるしかない。
「らあぁ!」
だからこそ、この攻撃は必然足止めとなるはずだった。
「甘い」
だからこそ、啓一は目の前で起こったことが信じられなかった。
「啓一さぁん!!!」
シャッターが落ちてくるわずかな時間で、見えてしまった啓一の姿に撫子は叫んだ。
「かはっ!?」
タイミングはほぼ完ぺきといってよく、確かに鉄パイプは止まらない修治を捉えていた。
しかし、彼に鉄パイプは当たらず、空を切る手ごたえだけを得た啓一の目の前には、ナイフを構えた修治。バランスを崩した体で、目の前にいる者の攻撃を避けることなどまず出来はしない。
そして、狙い違わず彼のナイフは啓一の胴体へと吸い込まれていった。
その光景を、閉じたシャッターを前にして見ていた撫子は、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。
数分後、撫子の端末にインストールされている、生存者を随時知らせるプログラム『Player Counter』の数字が、13から12に減ったことを告げた。
・Player Counter――生存しているプレイヤーの数を随時表示する。消費電池量『極小』
・Control Shutters――施設内に存在する防火扉を自由に開閉することが出来る。消費電池量『中』




