始まりを告げる前奏曲4
言いたくない事柄ではないし、言えばいい。
それでも。
まさか、「あんたに会うためだ」なんて、ベタな恋愛ドラマのような台詞を口走れるほど肝の据わった麻央ではない。
だから麻央は、そもそも家を飛び出した原因から、男に話して聞かせてやった。
母親と父親のこと、今の家庭環境のこと、居場所を探してここに来ていること。
男は初めは興味深そうに、後にはだんだん複雑そうな表情で話を聞き終えた。
麻央は話し終えた後、唇を噛んでうつむいた。
そうしていないと、泣き出してしまいそうだった。
知らないうちに、辛い気持ちをため込んでいたのかもしれない。
男はしばらく何か考え込んで、それから「なるほどな、」と呟いた。
「わかったよ、やっぱりお前、真似するの好きだな。」
「はっ?」
男は複雑な表情はそのままに、そんな感想を述べた。
麻央は男の感想に虚を突かれていた。
今の今まで、涙をこらえていたのが馬鹿らしくなってくる。
「…実はオレもな、居場所を探してるんだ」
「……あなたも?」
男は複雑な表情から一転して、言った。
「そ。世界は広いってのに、オレのために空いてる場所なんて一つもないんだ。だから、0.5の確率でも何でも良いから、オレが居ても良い場所を探してるんだ。」
お前も、そうなんだな。
男は言って、笑った。
「……そうですよ。」
麻央も答えて、明るく笑った。
涙がこぼれそうだったことなんか忘れたように。
男は、空を見上げる。
麻央も、空を見上げる。
やっぱり、星の少ない暗い夜で。
「…あの空になら、居場所がありそうだな。」
「あんなに星がないなら、きっと一つくらいはありますよ」
麻央と男は、顔を見合わせた。
それから、何も可笑しいことはなかったのに、同じタイミングで、声を上げて笑った。
何が楽しかったのか、何が面白かったのか、
判らないけれど二人は笑っていた。
とても、楽しそうに。
ひとしきり笑って、息切れしながら、男が言った。
「そうだ、オレ達が居場所にならないか?」
「…え?」
男の言っている意味が分からずに、麻央は聞き返した。
「オレがお前の居場所になる。で、お前はオレの居場所になる。
…そしたら、二人ともちゃんと居場所ができるだろ?」
「…………………」
「ま、早い話、格好付けずに言ったら、友達になろう、って言ってるんだよ。」
麻央は男の言葉に目を見開いた。
友達に、なろう、って?
今、そう言った…………?
「あ、嫌ならかまわないんだ。でも、オレはお前のこと聞いて似たようなことで悩んでるし、気が合いそうだから言ってみただけなんだ」
男は麻央が黙っているからか、慌てて訂正した。
麻央は、首を横に振った。
「……いえ、あの……是非、友達になってください。」
こんな結末を、望んでいた。
誰か、誰でも良いから、自分のことを気にかけてくれる人が欲しかった。
たどり着いたこの広場で、男に出会って。
男に、興味を抱いて。
男に、会いたくなるときもあって。
ようやく、手に入れた『友達』の存在に、そのときの麻央は人生全ての幸せを手に入れたかのように、とても幸せそうに微笑んでいた。
…こうして、麻央と悠佳は知り合った。
それから麻央は、悠佳のことを少しずつ知っていく。
名前は霜塚悠佳。
年は36歳で、見た目の通りサラリーマンで、残業をする派の極度の面倒くさがりのB型。
麻央は悠佳のことを知っていく一方で、自分のことも悠佳に教えていった。
それから間もなく、二人は文通ならぬメール通を始めたわけである。
……そして、二人の関係は今に至る、と言うわけである。