表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ろう  作者: 黒羽
8/13

始まりを告げる前奏曲3



麻央が家に戻ると、案の定母親は居なかった。

そろそろ時計の針が午前一時を回る頃だ。


麻央は欠伸を一つして、布団に潜り込んだ。



―――……次の日の晩。


麻央は昨日と同じように、また家を出た。

何が目的なのか。

何処へ向かいたいのか。

答えることのない問いかけ。


きっと居場所を探しているんだろう、と。

麻央はそう仮定した。

家の中に、居場所がないから。

他の居場所を、探しているんだ。


麻央の足は自然と、広場の方へ向いた。

そこに行き着くのを、無意識に望んでいるかのように。


「……………あ。」


広場に着くと、昨日と同じように、男はあのベンチに座っていた。

男は麻央に気付かずに、空を見上げていた。

昨日と全く同じに、服装を崩して。

麻央は主人にそっとすり寄る犬のそれの如く、足音をあまりたてずに男に近付いた。


「……―!?…何だ、お前は昨日の……」


あまり足音を立てなかったにもかかわらず、男は麻央に気付いた。


「…いつもここに来てるんですか?」


麻央ははじめに浮かんだ疑問を男に投げかけた。

男は麻央の方へ目も向けずに答える。


「たまに、な。」

「…そうですか」


麻央は立ったまま空を見上げた。

今日もまた、星の少ない夜だった。



―――その次の日も、またその次の日も、麻央は広場に通い続けた。


毎晩、毎晩、勉強もせずに家を飛び出し、広場に迷うことなくたどり着いて、星を眺めた。

本当の目的は星でも広場でもなく、男に会うためだったと気付いたのは、とある日、また広場に出向いて男にこんなことを言われたときだった。


「……毎日毎日星ばっかり眺めて、若いのにお前暇なんだな」


羨ましい、と男は呟いた。

麻央はその呟きに、星から視線を男に向けた。


「暇なんかじゃないです」


それから、男の言葉を否定した。


「オレ、受験生なんですよ」


まじめにそう言ったつかの間、男が笑い始めた。


――――――「はははははっ!」

「っ!?」



男は腹を抱えて大爆笑に陥った。

…それにしても凄い笑いぶりである。

普段から面白いことを経験したことが無いかのような、豪快かつド派手な笑い方だった。


笑いすぎてむせ込んでも、構わず永遠と笑い続ける男を前にして、麻央は一瞬怪訝な顔をして、それからむっとした表情を浮かべる。


「…オレ、そんなに変なこと言いました?」

「いや、そーじゃないけど…………あははははははははっ」


男は笑いすぎで目に浮かんだ涙を拭いながら、息も絶え絶えに答える。

笑われた麻央は、幼い子供のようにむぅっと頬を膨らませてうつむいた。


「いやー、久々に笑ったな、あ、笑って悪かった」

「………………」

「悪い悪い、笑って悪かったな」


男はまだ笑いの余韻に浸りながら謝った。

当然、麻央はふさぎ込んでいる。


「……悪かった」


ふと、謝る男の声がまじめに、静かな音になった。

麻央が顔を上げた瞬間。

ぽん、と頭に、手が乗せられた。


「……ごめん、傷つけたな」

「!!?」


――――他人に頭撫でられた!?


麻央は一気に不機嫌さが吹き飛んだ。

ただ驚いていた。

それもそうだ。

頭に乗せられたのは男の手で、その手が上下左右に動いて、『撫で』始めたのだから。


「えっ、ちょ、やめてください!」

「は、何が?」

「それ……頭撫でるのやめてください!」

「え…………………何で?」


何でっ、て………

普通、他人の頭撫でたりします?


「いや……普通じゃないか?」

「ちがっ………てか、全然普通じゃないですけど!」

「ふーん……ま、お前が嫌ならやめるけど」



男はすぐに麻央の頭から手を離した。

麻央はぽかんと男を見つめる。


こんな人に、麻央は会ったことがなかった。

常識がないとまでは言わないが、どことなく人並みから外れた、抜けたような考え方の人間。


…それは麻央と同じで。


そのあたりから、麻央は男に興味を抱いていた。

もっと、男のことを知りたくなっていた。

それをするための会話がしたくて、広場にいって男に会って。


満たされていた。



「何で笑ったんですか?」


一応、聞いてみる。

男はまた空に目を向けながら、一言。


「受験生って、もっと勉強してるんだろ?この時期は」

「そ……そうでもないですよ?」

「そうか?俺の時はもっと勉強してたからな」


そんなことで笑えるのか……?

凄くくだらない………。


「で、お前は天文学的な道に進みたいのか?星ばっかり見てるみたいだけど」

「え、違います」


不意に質問されて、思わず否定してしまった。


「じゃ、何でいつもここに来てるんだ?」

「……………………」



暫しの、沈黙が流れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ