表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ろう  作者: 黒羽
6/13

始まりを告げる前奏曲



一年前。

麻央は高校入試という大きな壁に進路を塞がれていた。


なりたい職業も、夢もない。

麻央には全く将来への希望がなかった。

かと言って女の子のように、「来年は男を探して結婚」できるはずもない。

麻央が結婚するには少なくともあと三年の月日が必要だった。


それに結婚しても、女の子のように働かずに家事を営むこともできない。

女に仕事を任せて家事をする男、近年ではそう珍しいパターンではないらしいが、正直麻央の性分ではなかった。


母親は麻央の進路について、ろくに興味を抱かなかった。

麻央の容姿が元夫に似てきたことだけに気を尖らせていたからだ。


麻央は中学校の教師に相談を持ちかけ、ようやく受験する高校を決定した。


受験勉強の最中に、母親は麻央に対して嫌がらせをするようになった。


「不合格だったら家から出ていってもらうから」

「不合格になってよ」

「お前なんかいらないよ、邪魔だよ」


浴びせられる言葉は、麻央の心を傷だらけにしていた。


それに耐えきれなくなって、11月のとある夜、麻央は家を飛び出した。


走って、走って、母親の言葉を忘れるために走って。

邪魔な自分を忘れたくて。

誰も自分を呼び止めない。


……どれだけ走っただろうか。

麻央は町外れまで走ってきていた。


「…はぁ、はぁ………っ…」


乱れた呼吸を整えながら、近くにあった広場にふらふらと足を踏み込んだ。

明るく暗闇に光る街灯の脇にあるベンチに座り込んで、麻央は膝を抱えた。


走って乱れた呼吸が少しずつ落ち着いていく中で、麻央の高ぶった気持ちも冷めていった。夜風で冷めていく体と同じように。


一陣の風が広場を横切った。


ジャージを着込んでいただけの麻央は、その冷たい風に体を震わせると、ぎゅっと自分の体を抱きしめてうずくまった。



――――――「…おい」

「!」


うずくまった刹那、横から肩をたたかれた。


警察だったら面倒なことになるな、と麻央は内心ため息をついて声をかけてきた相手を見上げた。


「…………あ?」


そこには仏頂面の警察官がいるとばかり思っていたのに、全く違う人が立っていた。

だから、間抜けなつぶやきを漏らしたのだが。


麻央のすぐそばに、どう見てもサラリーマンの風体をした男が立っていた。

仕事帰りだろう、着ているスーツは優雅に着崩され、ネクタイはだらしなく首から下がっている。


若いとはどう頑張っても言えない。

しかし、おじさんというには若すぎた。


顔は不細工ではないが整っている方ではない。短い黒髪が印象的で、右耳にピアスがしてある。

見た目サラリーマンの男は、じっと麻央をみていた。

その口元が動いて、言葉を紡ぐ。


「…お前、こんな所で何してる?」

男の声は静かだった。

この場にある空気を崩さないように配慮したかのような、静かな声。


「別に……何も」


男の問いかけに、麻央は素直に答えた。

実際、ただ辿り着いた広場で見つけたベンチに腰掛けて、休んでいたにすぎない。

麻央の答えに男は、「そうか」、と風に混ぜるように呟いて、それからはっきりこう言った。


「…隣、いいか?」

「え?…あ、はいどうぞ」


男はドサッと麻央の隣に腰を下ろして、夜空へ目を向けた。

何故か麻央はぼんやりと男を見上げた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ