プロローグ4
それからまた時間が過ぎる。
母親と自分の食器を洗い終えて、シャワーも浴びて、服も着替えて。
やることもなくただ麻央は動き続ける時計の針をじっと見つめていた。
時計の針はそれを読みとる者に今は午後11時だと告げていた。
麻央の指は固くケータイを握りしめていた。
黙って大人しく麻央の手の平に収まる白色をしたそれは、先ほどのように揺れたり音を立てたりしない。
ただ黙って、麻央と同じように連絡の時を待っている。
「…………………」
連絡を待ちながら、麻央は胸を高鳴らせていた。
久しぶりに悠佳に会える。
そして、非番なら明日も一緒にいられる。
そこまで考えて、麻央は妄想を振り払った。
これではまるで恋する女子高生である。
自分は男、これではいけない。
そんなことを思っていると、麻央の手のひらの中のケータイが突如暴れ出した。
「ぅ、わっ」
手のひらに伝わるケータイの振動に驚きながらも麻央はケータイを開く。
中には<着信>の二文字と、悠佳の名前。
麻央は思わず微笑みながら通話ボタンを押した。
「…はい」
『……麻央か?』
流れてくるのは、悠佳の声。
高いのか低いのか微妙な声音の、悠佳独特の声。
「うん、仕事終わった?」
『あぁ、終わったよ。でなきゃ連絡なんかしないだろ』
「………すいません」
『いや、良いけどな』
つっけんどんな言い方はいつもながら、声の調子を聞く限りは少しだけ不機嫌そうだった。
たぶん職場でのいざこざだろうと麻央はあまり気にとめないで、悠佳に言った。
「悠佳、じゃあいつもの場所で」
『ん?……あぁ、わかったよ。』
「また後でね」
麻央はニコニコしながら、通話ボタンを再度押し込んで電話を切った。
それから、ケータイをカバンに押し込んで、家のドアにかけてある鍵を手に取った。
「いってきまーす」
麻央は誰にともなくそう言って、真っ暗な夜の世界へと踏み出した。