二人の行進曲4
――――「……おはよ、悠佳…」
そう言って麻央が起きてきたのは、もう昼下がりだった。
「おはよう………って、お前……」
悠佳は呆れてものも言えない。
しかし若い麻央にしてみればそれが当たり前なのだろう。
年寄りは早起きなのだと、どこかで聞いた覚えがある。
認めたくはないが、やはりもう三十代、年寄りなのだろう。
「お前さ…寝言、言ってたぞ。」
眠たそうに欠伸をする麻央に、悠佳は今朝のことを思い出して言った。
麻央はぽかんとした表情を浮かべる。
「寝言?」
きょとんとそう問い返される。
どうやら本人は自覚すらないらしい。
「ああ。お前な、今朝………」
言い掛けて、やめる。
自覚のない奴に言っても言うだけ無駄だろう。
「え、なに?なに?教えてよ、気になる…!!」
しかし本人は元より好奇心にかられてしまっていた。
悠佳の上着の裾をつかんで強く引きながら、麻央は騒ぎ倒す。
「教えてよ、悠佳!」
「あー、分かった、教えてやるから服引っ張るな!」
麻央が騒ぎ立てることに、悠佳はいつも負け腰になる。
仕方なく折れた悠佳は、麻央に寝言の内容を教えてやった。
「お前、ずーっと〝悠佳〟って、オレのこと呼んでたんだぜ」
麻央はしばらくぽかんと口を開けて、それから少し頬を染めた。
「そ……っ、そんなこと言ってないから!」
「覚えてないくせに何で断定できるんだよ…」
麻央は言葉に詰まりながら、口をきゅっと引き結んで、悠佳に近づいた。
「言ってない!!ぜーったいそんなこと言ってない!」
「言ってたからな?しかも結構デカい声で!」
「言ってない、言ってない、言ってない!!」
麻央は否定するだけでは足りなかったのか、首を横に振って言い倒した。
「…………っ…」
悠佳は思わず吹き出した。
春から高校生だという目の前の少年の、あまりにも幼稚な否定の仕方に笑ってしまう。
「ちょ………、わ、笑わないでよっ悠佳!!」
麻央は笑われたことに対し、否定するのを忘れて怒鳴る。
しかし悠佳は一度笑いの中に取り込まれればそう簡単に元には戻らない。
爆笑を始めた悠佳を麻央は睨みつけ、それでも効果がないと判ると視線を逸らしてうつむく。
「………笑いすぎ」
呟いてから、麻央も笑った。
何も可笑しくなかったけれど。
悠佳と一緒に、笑いたかっただけだけれど。
何かを、共感していたかったから。
愛する気持ちの代わりになる、何かを。
望むのなら、愛を共感したい。
麻央はまだ、悠佳に告白する勇気を、持つことができていなかった。