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帰ろう  作者: 黒羽
10/13

二人の行進曲



――――――一年前のあの日を思い浮かべて、麻央はくすり、と笑みを浮かべた。


懐かしさが一気に胸にこみ上げてくる。

ぎこちない関係だった頃の二人の探り合いは、今では悠佳との大切な思いでの一つとして、胸の奥に大切にしまわれている。



メール通を初めてしばらくして、悠佳が広場に姿を現さなくなった。

始めは仕事が忙しくて来れないのだろうと思っていた。


……けれど、二日経っても三日経っても、悠佳は広場に来なかった。

さすがに不安を感じてメールしても、何通送っても返ってこなくて。


その時に、激しい絶望感と損失感を抱いた。

ずっとケータイを一日中握りしめて、返事を待って。


まるで彼氏からのメールを待つ彼女みたいな姿に、馬鹿馬鹿しくなったりもして。


それから一週間経って、ようやく広場に悠佳が来た。

くたびれたような表情を引きずって。


…そう。

悠佳は残業する派のサラリーマンだった。

一週間近く残業続きだったと、麻央の心配も知らずに疲れきった、でも達成感のある笑顔でそう教えてくれた。

その時に、麻央はこれほどにない安心をしたのを覚えている。


―――…静かな夜。

それを崩さないようにか、いつもはうるさく鳴いている虫達も小さな声で鳴き交わしている。


麻央はケータイを開いて、時間を確認した。


それから、ため息が口からこぼれそうになった時。


―――――「麻央!!」

「!」


低いのか高いのか微妙な声音が、広場に響いた。


そして二つある広場の入り口から、悠佳がスーツを翻して飛び込んできた。


「悪い、遅くなった!」


悠佳はそのまま麻央の方に走って来つつ言った。


「いいよ、別にオレが早く来すぎてただけだよ」


麻央は、目の前で立ち止まり、ゼイゼイと呼吸を乱す悠佳を見つめる。

朝の通勤ラッシュで鍛えた足腰だとはいえ、やはり体力の方が先に底を突くらしい。


「…じゃ、行くか」

「うん」


ようやくゼーゼー、ハーハーが収まった悠佳が呟いた。

麻央はそれに少し微笑んでうなずいた。

二人は広場で待ち合わせて、それから流れる形で悠佳の家に向かう。

いつものパターンだった。


「悠佳、仕事どうだった?」

「別に……いつも通りだよ。いくら不況だっつっても、あんな給料で残業付きなんてぼったくりだぜ全く」

「はは……」


仕事のことを聞けば、悠佳は愚痴る。

仕事経験のない麻央にとってはよく判らないこともあるが、悠佳が麻央に愚痴ることでストレス発散になるのなら、麻央はそれだけで満足していた。



―――悠佳に会えること。

それは麻央にとって、他には代え難い幸せと安心とを意味する。


悠佳はそれほど気にしていないらしいが、麻央にとっては大きな意味を持つ出来事だった。


「今日は遅いからもう寝ろ、明日また色んなことすりゃいいだろ」


家に着いた。

悠佳は古風なアパートに一人暮らしをしていた。


彼女はいないらしい。そして更に結婚する気もないらしい。


幸せな家庭を育むという望みは、三十代後半を目前にした悠佳には"どうでもいい"ものであった。

麻央はその考えをどうも肯定できずにいた。


そんな風だと、将来孤独死するよ?


そうからかってみたが、悠佳は至って平然としたもので、クス、と笑って答えた。


「それも面白いかもな。」


麻央にはこの悠佳の考えだけは理解できなかった。


「色んなことって、例えば?」


麻央は悠佳の布団に潜り込みながら聞いた。

悠佳はソファにごろりと転がると、軽く目を閉じて答えた。


「さぁな、お前がしたいことでオレが付き合ってやれるならしてやるよ」




麻央は布団に体を横たえ、同じように目を閉じた。

したいことはたくさんある。

何よりも悠佳に、わかってもらいたかった。

胸の内にある、この気持ちを。





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