過ぎ去りし日
「優ちゃん、樹ちゃん、零ちゃん、ちょっとお出かけしてくるから。実央ちゃんたちのことはよろしくね。」
「まぁ、奈央と理央のことが少し心配だがな。」
ある日、母さんと父さんは、旅行へ行った。
僕が19歳の時―――――今から六年前。
僕の名前は、神山 優。
この家の長男だ。
そのころには、もうすでに、会社員として働いていたし、たった三泊四日の旅行。
二人には羽をのばしてもらいたいと思っていたから、ちょうどいい機会だと思った。
まぁ、樹や零は、小学生の高学年だし、平気だと思ってた。
「樹くん、零くん、真央ちゃんと賢くんと奈央ちゃんと理央ちゃんのお迎え頼めますか?」
「大丈夫だよ、兄ちゃん。」
樹くんがにっこり笑うと、それにつられて、零くんもにっこり笑う。
小学五年生にしては小さい零くんは、樹くんとよく一緒にいた。
「じゃあ、頼むね。」
「ラジャー。」
樹くんは、楽しそうに言う。
「気をつけて行くんだよ。」
「ほい。あっ、実央は、つれていこう。」
「湊もつれていこう。」
樹くんも零くんも楽しそうにランドセルを背負う。
「いってきまーす。」
「いってらっしゃい。」
そんな小学生四人の会話を見ながら、自分も準備する。
「奈央ちゃんと理央ちゃんの準備はOkで、真央ちゃん、賢くん?大丈夫?」
「優兄ちゃん、ちょっと待って。」
「賢、早く。」
二階から聞こえる二人の声がほのぼのしていて、嬉しい気持ちになる。
母さんは、いつもそんな気分なのだろう。
いつもどおりに過ぎた三日間。
四日目、父さんと母さんが帰ってくるべき日。
「遅いね~。父さんと母さん。」
「そうだね、兄ちゃん。」
「そういや、零くんたちは?」
「零は、奈央と理央と一緒に寝てる。」
「実央ちゃんは?」
「湊に勉強教えてた。んで、真央と賢は、零たちの近くで騒いでたから、ちょっと怒って、今、反省中だと思う。」
樹くんは考えながら、答える。
わが母ながら、いつでも、どこに家族がいるかを把握していて、すごいと思う。
「…にしても、もうすぐ10時だね。遅すぎるな…。」
「まぁ、いいけど、実央と湊と真央と賢に寝ろって、行ってくるわ。」
「零くんと奈央ちゃんと理央ちゃんを起こさないようにね。
「うん。」
リビングに一人。
静かだった。
まるで、僕以外ここにいないような錯覚に陥った。
一人、たった一人。
僕の愛する家族たちの声も聞こえない。
母さんも父さんもいない。
―――――――寂しいってことかな…。
なんとも言えない胸騒ぎを自分でごまかして。
「プルルルルルプルルルルル。」
電話がなった。
それが、悲しみの地獄へ向かうベルの音だった。
「ねぇ、兄ちゃん、本当なの?」
樹は顔を蒼くして聞く。
「うん。」
「どうやって、説明したらいいのかな?」
「まず、零と実央と湊には言うだろ。」
「うん。真央ちゃんと賢くんと奈央ちゃんと理央ちゃんには、死という言葉が分かるまで、黙っていようか。」
「そうだな。」
分かってる。
本当は全員に真実を話すべきだと思う。
だけど、うまく説明できる自信がないんだ。
「六年前か…。」
灰色の墓石の前でぽつりとつぶやく。
「ん?どうかしたか、兄さん。」
樹くんは、花を挿しながら言う。
「こら、賢、湊、遊ぶな~。」
「零兄ちゃん、がんば~。」
「ちょ、実央も手伝ってよ。」
「え~~~~~。」
零くんと実央ちゃんで、悪ガキ二人を捕まえにいく。
「ちょ、零兄、本気じゃね?」
「実央姉ちゃん、怖いって~。」
そのさまは、四人で遊んでいるようだよ、とは僕は言わない。
「真央姉ちゃん、おまんじゅう食べたい。」
「こら、奈央。これは、お供え物だから。」
「理央も食べたいって。」
「…優兄ちゃん、助けて。」
「あまったらね。」
「「やった。」」
奈央ちゃんと理央ちゃんは、同時に喜ぶ。
「はいはい、みんな、こっちに集合ね~。」
僕の言葉でぞろぞろと集まってくる。
あの日、父さんと母さんが死んだ、と言った日。
零くんも実央ちゃんも湊くんも、泣いた。
信じられなくて、そんな気持だって、僕にもわかる。
「優兄ちゃん、ボーっとして、平気?」
「兄さんは、いつもボーっとしてるだろ。」
「樹兄ちゃんひどくね?」
樹くんも零くんも実央ちゃんも湊くんも真央ちゃんも賢くんも奈央ちゃんも理央ちゃんも――――――僕も元気です。
父さん、母さん。
僕らは今日も元気です。
終わり




