過去話。俺がチーちゃんに若干の好意をもってた頃。
というわけで過去のお話です。
10年前。初めて俺とチーちゃんが出会ったときの話。
俺はお母さんの研究発表会に付き添った。
「ねぇ。今日何時くらいに終わるの?」
車の中で、そんなことを言ったのを覚えている。
「ん? 分からない。城峰さんと打ち合わせしてからだから」
この頃からお母さんは意味のわからないことを喋っていたと思う。だってこの頃は、その城峰さんってのが分からなかったんだから。
「ほら、着いたよ」
俺はお母さんの声で車から降りた。そこは帝國大学付属病院の近くの大きな公民館で、中に入ると記者とかカメラとかがたくさんあった。帝國大学は卓球はもちろん、頭脳もかなり高い。それに、病院に勤務できるのは、帝國大学医学部を卒業した人だけだ。そんなとこで働いているお母さんは凄いと思う。
お母さんは記者の軍団をすり抜けて『関係者以外立ち入り禁止』のゾーンに向っていった。俺も小さかったので、『立ち入り禁止』のところに入るのにドキドキしていた。
「失礼します」
お母さんは『村井 幸子さん 城峰 哲也さん』と書かれたプレートの飾ってある部屋に入った。中には、お母さんと同じくらいの男の人と、当時14歳だったチーちゃんがいた。今は24と15なんてそこまでの年の差じゃないと思うけど(実際は結構な年齢差だ)このときを考えるとすごい年の差だと思う。
「おはようございます。幸子さん」
「おはよう。どうですか、城峰さん。準備万端ですか?」
「もちろんですよ。今回の研究発表には、帝國大学の名誉がかかっていますからね」
お母さんと哲也さんは、楽しそうに世間話を始めた。
「利信は、そこいる千鶴ちゃんと遊んでなさい。千鶴ちゃん。餓鬼だけど、よろしくね」
「はい」
チーちゃんはこの時からハッキリとした性格だった。
「よろしくね、利信くん」
「えっと、うん。よろしく」
今思えば、チーちゃんの歳からしてみると、年下にタメ口を使われたのはイラっときていたかもしれない。そんな俺を許してくれたのには、感謝する。
「私は、城峰 千鶴ね。簡単に、チーちゃんって呼んでね。利信くんはぁ、トシでいい?」
「うん!」
このとき、俺がこんな簡単に頷いていなければ今みたいなことにはならなかったににさ。
「じゃぁ、行って来るわね。仲良くやるんだぞ、利信」
「分かってるよ」
お母さんはそう言うと、哲也さんと部屋を出て行った。
「……」
「……」
さっきまでも何も話していなかったが、お母さんと哲也さんの話で雰囲気的には悪くなかった。だが、その2人が居なくなった今。状況はとても悪い。
「チーちゃん。何か遊ぼうよ」
「いいよ。何したい?」
我慢できなくなった俺に、チーちゃんは嫌な顔見せずに言ってくれた。
「えっとねぇ。折り紙!」
特にやりたい遊びは無かった。ただ、テーブルの上に折り紙があったのと。さっきまでケータイで俺と遊ぶために折り紙の折り方のサイトを見ているチーちゃんを見ていたら、自然とその言葉が出たのだ。
「わっ! 本当? 何折る?」
「鶴」
「うん」
チーちゃんはそれだけ言うと、折り紙を丁寧に折り始めた。その姿を見て、俺は少し顔が赤くなるのを感じた。でも、当時はそれが『好き』っていう感情が分からなかった。意味しか。
1時間くらいが経ったころ。チーちゃんが最後の折り紙を折り終わり、次は何をしようかって決めていたとき。
「トシ。自分の住所わかる?」
唐突に俺に聞いてきた。俺はその時5歳だったが、住所程度なら分かった。
「うん、分かるよ」
「じゃぁさ。手紙のやり取りしない?」
「手紙?」
「うん。私がトシに送って、それをトシがまた手紙をかいて送るの。どう?」
本当は、メールって言いたかったんだろうけど。俺はこのときはまだケータイどころか、パソコンも使えなかった。だから、チーちゃんはあえて手紙にしたんだと思う。
「いいよ。面白そう」
「じゃぁ、住所書いて」
「うん」
俺はチーちゃんが渡した紙に住所を書いた。それをチーちゃんに渡すと、チーちゃんは満足そうに頷いて、笑顔になった。
「じゃぁ、明日手紙書くね」
「うん。でも何で手紙するの?」
我ながら、変な質問をしたと思う。でも、チーちゃんはそれにも丁寧に答えてくれた。
「私、トシのこと、好きになっちゃった♪」
「好きに……?」
「うん♪」
そう言うチーちゃんの声は、少し高かった。今ならからかっていたのは分かるが、この時の俺に理解できるわけがない。
「……じゃぁ、守ってあげる」
多分、観ていたテレビかなんかで、男の俳優が女性を守っているのを観て咄嗟に言ったんだと思う。自分でいったのに、幼かったからか、全然思い出せない。
「うん。守って♪」
その時のチーちゃんの顔は、凄く可愛かった気がする。
それから、俺は何を話したか覚えていない。興奮していたからかもしれないが、記憶のそこで抹消したのだろう。
「トシ。……好きだよ」
別れ際に言ったチーちゃんの言葉は、嫌に頭の隅から離れない。
「……うん」
なんでこんなこと言ったのかなぁ。俺の返答に、チーちゃんは満足そうに頷いた。
「アンタ、千鶴ちゃんになんて言われたの?」
野次馬根性丸出しでお母さんが聞いてきた。
「なんでもいいじゃん」
マセた返答だと今思い出しても思う。
「あっそ」
それ以上追求することはなかったが、変な笑顔でしばらく俺をみていた。
これが、俺とチーちゃんが始めてあった日のこと。その5日後、チーちゃんが俺の家に来た。
「お邪魔しまぁ~す! お泊りにきましたぁ」
「いらっしゃい。今日は城峰さん、じゃなくてお父さんが仕事だからゆっくりしてね」
「はい」
中2だったチーちゃんは、服装はお洒落をしていた。でもあの時の俺はそれにドキドキすることは無かった。
「あっ。トシ。今日はよろしくね」
「うん」
俺は素っ気無く返した。けれど、俺は今の今まで凄く緊張していた。
「あぁ。部屋利信の部屋使ってね」
「え? いいんですか?」
「いいわよ。まだまだ餓鬼だから、変なものは無いと思うし」
「ですよね」
俺はまだ幼かったから、会話の意味はわからないが、内容だけは覚えている。
「えっ? 俺の部屋に来るの?」
「そっ。早く片付けなさい」
「お邪魔しまぁ~す」
俺は部屋に置きっぱなしの玩具を覚え出してすばやく片付けた。
「失礼するね」
「どうぞ」
俺はチーちゃんを部屋に入れた。チーちゃんは鞄を下ろすと、机を見た。
「あっ。手紙だ」
あの日の住所交換をいた2日後に手紙が届いたのだが、どんな返事が良いのか悩んだ末に、まだ書きあがってなかったのだ。
「酷~い。まだ1文も書いてないじゃん」
「疲れちゃってさ」
「保育園の分際で何言ってるのよ。私なんて卓球部で疲れちゃうのよぉ」
「大変だね?」
チーちゃんは俺の方を見ると、ケータイを取り出して俺と並ぶと写メをとった。
「!! 何するの」
「写真撮っちゃった♪」
そう言うとチーちゃんは少し操作すると「ほら」と見せてきた。そこには、さっきとった写メが待ちうけになっていた。
「いいでしょ?」
「何か恥ずかしい」
「もう、照れ屋だなぁ」
チーちゃんとそんな馬鹿みたいな会話をしていると、下から声が聞こえた。
「利信~!! 千鶴ちゃ~ん!! ご飯よぉ」
「は~い! いこ、チーちゃん」
俺はお母さんの声に反応すると立ち上がって部屋をでた。
「うん」
チーちゃんは俺に続いて部屋を出た。
その日の晩御飯はいつもに増して豪勢だった。ハンバーグにポテトサラダ、にんじんの甘煮etc……。俺の好きなメニューがテーブルに並んでいた。
「うわぁ! 美味そぉ」
俺は椅子に座ると『幼児用箸』を持った。
「いただきますしてからでしょ」
お母さんの声で箸を置くと、大声で俺は叫んだ。
「いただきます!!」
「いただきます」
追えに続いてチーちゃんも『いただきます』を言った。お母さんは人一倍に礼儀に厳しい。今となっては習慣になってる『うがい』『手洗い』も昔はできなかったものだ。
食事を終えた俺達は、テレビの置いてある位置に移った。
「チーちゃん何観る?」
本当は観たいアニメがあったのだが、そこは男としてグッと我慢する勢いだった。
「ん~。特にないかなぁ。トシの観たいのでいいよ」
「え、本当!?」
チーちゃんの言葉が嬉しくてリモコンを手にとった瞬間、最悪の言葉を浴びせられた。
「観たいのないんだったらお風呂入りなさい」
「……」
俺はしばらく黙った。お母さんの『~だったら』は『~でも』なのだ。ようするに、テレビがあってもお風呂に入れということだ。
「分かった。お風呂入ってくるね」
「千鶴ちゃんも一緒にどう?」
「へ?」「はい!」
俺の疑問を遮るようにチーちゃんが元気良く返事をした。思春期、だったよな?
お風呂。この日、俺の一大決心があった。子供だった俺にもわかることがある。『肉親意外の異性とお風呂に入る』それは、とても緊張する。そりゃぁ、今以上ではないとは思うけど、ねぇ?
「わぁ。広ぉい!」
家の風呂は普通の家よりも広い。これは自慢だ。
「……」
だが、そんなことに反応できない。だって、裸のチーちゃんが居るんだから。中学生を舐めちゃ困る。成長してるところはしているんだ。
「なぁ~に? 意識してるのぉ?」
全く、チーちゃんと一緒にいるとフラグが立ち過ぎる。まっ、俺はそんなこと関係ないけど。
「は、早く入っちゃおうよ!」
俺は入浴剤で水を濁らすと、飛び込んだ。
こんな思い出があるチーちゃんって……。羨ましがるなよ? 実際はそんな良いことじゃないんだから……。