始動
【新生】なんて名前が少し変わったくらいで、卓球の技術が上がったら苦労しないのは、まぁその通りなんだけども。気分だけでも違くなれば大丈夫。
「ほら、次いくぞ!」
「はい!」
声を張り出す。普通のことを、改めてしっかりとやる。それが、俺たちが自分たちに課した練習法だった。 今やっている練習のことを、俺は『多球トレーニング』とよんでいる。言葉通りの、トレーニングなんだけど。まず、大鉄先輩がかごに入った球を次々と打ち出す。それを、俺がフットワークを使いながらも、自分のイメージと同じフォームのドライブ、もしくはスマッシュを打つ。きつくなったらツッツキでも可だ。ようは、時と場合にあったことをできるかどうかを見極める練習。俺は、体力を一気に消耗するこの練習は、正直苦手だ。でも、苦手なんて理由は関係ない。
「右、ドライブ! 左、スマッシュ」
いきなりの宣言に、俺は体を言うとおりに動かした。
「みっ……ぎ! ひだ、り!」
右に一気に脚を伸ばし、打ったら直ぐに後ろにずれる感覚で左に戻る。しかも、左に動く間にラケットを後ろに降ろす。……ダメだ!間に合わない。
「くそっ!」
「まだ球はあるぞ。次だ」
次はどこだろう? なんて考えるようなことはしない。ボールを1つじゃなくて2つ見る感覚で、台全体を見通す。
「右、斜め左に2つ……」
頭で考えていたら、自然と口に出た。大丈夫、冷静だ。見た感覚で動けば、直ぐに体に負傷がでる。自分の拾える範囲内の球を、取る。ムリだって判断したら、……取らない。
「ラスト、そうだな、5球」
「……」
もぉ、「はい!」なんて掛け声は無駄だ。次からの5球は、神経をすり減らさなければ、拾えない。
「右回転、左方向。下回転ネット際。ナックル、台中央より若干後ろ。上回転、右斜め上。ナックル、右」
残りの5球を全部口で指名する大鉄先輩。最後の球には気をつけないと。
「右、左、下、ネット……!」
2球目までは楽に返せた。次、ナックル。無理矢理回転を掛けて……。フリック!!
「おりゃ」
そして、その流れでそのまま右斜めにラケットを置く。上回転の球は、手をおくだけでも返せる。問題は、最後……!
「ぐっ……!」
ただの上回転。にも関わらず、重い。回転の影響も少しはあるだろうけど、問題はスピード。かなりの速さでラケットに当った瞬間、ラバーが千切れる錯覚に陥った。でも、それくらい返せないと、大鉄先輩のスマッシュなんて返せる道理がない。なんとしてでも、返す。頭から流れた汗が、目に入った。痛い、染みる。
「くそ……!」
それでも、何とか返した。球は、俺の掛けた下回転を無情に追い返し、上回で回っていた。
「どうだ? 少しは、慣れたか」
「まぁ、……はい」
「そうか、嬉しい限りだよ」
慣れるなんて簡単なわけなわけないのに、大鉄先輩は聞いてきた。
「先輩」
「ん?」
「先輩って、基本、意地悪な感じですね」
「なんでだ?」
「いや、何かそう想っただけで……」
こうして、【新生】と名の付いた俺たちの練習は幕を盛大に開いた。目標は1つ。帝國大学への、『完全勝利のみ!!』。